![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/164426572/rectangle_large_type_2_3d4b69c0751b8631aae56c6ac96061a8.jpeg?width=1200)
NHK100分de名著『百人一首』第1、2回を振りかえって
◆はじめに
今月の「NHK100分de名著」は、日本文学研究者で翻訳家のピーター・マクミランさんを指南役に迎え、海外の詩と比較しながら『百人一首』の魅力を再発見していく、という内容です。
そもそも『百人一首』とはどのような作品なのでしょうか。
テキストの冒頭部分では『百人一首』の概要について次のように述べられています。少し長いですがそのまま引用させていただきます。
『百人一首』は、天皇や上皇の命令で編纂された勅撰和歌集の中から、百人の歌人の歌を一首ずつ選んだ歌集です。飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院まで六百年近くにわたる歌人の歌が選ばれ、時代順に並べられています。撰者は、平安時代末期から鎌倉時代の歌人・藤原定家とされてきましたが、近年の研究では、彼が選んだのは百一首からなる『百人秀歌』というもので、『百人一首』はその改訂版だともいわれています。『百人一首』は和歌の入門書として普及し、江戸時代にはかるた遊びとなり、現在まで親しまれています。最も広まり定着した古典の一つといえるでしょう。
『百人一首』が現在に至るまでこれほど長く親しまれていたことに改めて驚かされました。
本稿ではその魅力について番組内容を振りかえりながら考えていきます。
◆第1回振り返り
・和歌の持つ普遍性
『百人一首』に収められている多くの和歌は「普遍的な性質」(p.18)を持っているとマクミランさんはいいます。それらは「世界中のどの国のどの年齢の人が読んでも、簡単に理解できる」(p.18)上に現代の読み手からも共感されるような内容といえます。
第1回で紹介された和歌の中で最もそう感じたのが、四〇番歌です。
四〇 忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
平兼盛
隠していても、やはり態度に表れてしまったのだなあ、私の恋は。「恋をしているのでは?」と、人が尋ねるまでに。
自身の恋心が周囲に知られてしまうというのは、現代でも起こりうるシチュエーションです。平安時代の歌人もそのような思いを抱いていたのかと想像力を掻き立てられます。
◆第2回振り返り
・和歌の技法
第2回では「古典文学への入り口」と題して「和歌の技法、四季の歌、型の文化、恋の歌に注目して、古典の基本をおさらい」(テキストp.36)していきました。
この回で僕が注目したのは、『百人一首』の29番歌です。
二九 心あてに折らばや折らぬ初霜の置きまどはせる白菊の花
凡河内躬恒
心を込めて折るならば折れるだろうか。初霜が置いて、目を惑わせる白菊の花を。
この歌は、「目の前にあるものを、見た目が似ている別のものにたとえる表現」(テキストp.42)すなわち「見立て」という技法で詠まれたものです。これにより「見分けがつかないほどの美しい白の連なり」(番組内の発言より)が表されているとマクミランさんはいいます。
29番歌に限らず『百人一首』には31文字という制約の中で自然の風景を美しく幻想的に詠んだ和歌が数多く収められています。これらを通して、僕たちは歌人の卓越した感性を再確認できるのではないでしょうか。
次回は番組の第3、4回を振り返っていきます。