誰かの幼稚さが僕にとっての救いだ
市民図書館で何か面白い本を借りたいと思っていました。
そこで候補として思いついたうちのひとつが、金原ひとみの小説でした。
(彼女の作品の中でよく知られているのは『蛇にピアス』など)
以前に『蛇にピアス』を読んで面白いと思ったことを思い出して、他の作品も読んでみるかという流れです。
そういうわけで、どれにしようかとネットで雑に調べていると、たぶんwikipediaかどこかで『蛇にピアス』の評を見かけました。
誰の評で、どういう文脈だったかは忘れてしまいました。
(しかし、きちんと調べてここで引用するよりも、人の記憶のあやふやさとか錯誤とか、何が印象的で何がそうでもないかということを書いた方が、面白みがあると思ったので、調べなおさないことにしました。面倒だし)
ただ一つ印象に残っているのが、「"幼稚"な内容だが、……」という風にコメントされていたということ。
この幼稚という言葉が、どういう意味合いで使われていたのかは忘れてしまったし、詳しく説明されていなかったのかもしれない。
小説の完成度が低いという意味合いなのか、読みやすく砕けた文体に対して否定的なニュアンスで語ったのか、登場人物やその背景にある精神性に対する嫌悪感の表明なのか。何にせよ否定的であるようだった。
ともかく、自分としては幼稚という言葉だけが印象的で、それが頭の中で一人歩きし始めそうなくらいだった。
というのも、僕は幼稚と思われても仕方ないような行動を取っている人を見ているのがとても好きだからだ。異常なほど愛好していると言ってもよい。
その幼稚さによって、ただただ人に不快感しか与えていないならそれは悲しいのかもしれない。
しかし僕は、どんな形でも自らの幼稚さを公開してくれている人に救われてきたので、嫌悪感を持つどころか、むしろそれに好感を覚えることが多い。
この世界から幼稚さが駆逐されてしまったら、窒息して死んでしまうと思う。人の幼稚さに触れることで、自分の中の幼稚さが救われるような気分になる。
実際、自分は全く立派な人間じゃないし、ろくでもないことばかり考えてる。そういうときに、いい年して「うんち!」とか「ちんちん!」みたいなことを言ってくれている人を見ると、とても安心するのである。
追伸:図書館で金原ひとみの『アッシュベイビー』を借りてきました。まだ50ページしか読んでないけど面白いです。登場人物の行動に幼稚さを感じるので。
追伸2:ああそうだ、"「大人になったものだ」と実感した出来事"というお題があったことを思い出しました。
ぶっちゃけほぼないけど、何か書いておかないとハッシュタグを消されてしまうので、今から考えてみます。
……伝え方を選べるようになってきたことですかね。ただ正面から全力でぶつかるだけでなく、変化球を使ったり緩急をつけたりみたいな。
このノートで言うなら、幼稚さの公開を称賛するにせよ、金原ひとみへ言及するにせよ、様々な観点や語り口があるわけで。当たり前に他人は違う意見や感想を持っているわけで。(←ちょっと大人っぽい?w)
というわけで、NEXT >> 叩かれているネットアイドルの話
頂いたサポートは無駄遣いします。 修学旅行先で買って、以後ほこりをかぶっている木刀くらいのものに使いたい。でもその木刀を3年くらい経ってから夜の公園で素振りしてみたい。そしたらまた詩が生まれそうだ。 ツイッター → https://twitter.com/sdw_konoha