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RE-LIFE 第五章① 這い上がる人


長女の目線で綴られたRE-LIFEの概要は過去記事をご参照願います。

この話に出てくる「ロックカフェ」は、私が内臓疾患がほぼ完治してきた約5年前、偶然見つけた近所のカフェバーです。私はこのロックカフェで多様で多彩な人々と知り合い、地元コミュニティの一員になりました。

ミュージシャン、美容師、銀行支店長、町会長、大学生達、起業家、パン屋さん、早期リタイア組、ほんとうに様々な人々と知り合い、今に至ります。

そして、ここを拠点に、病気から復帰し始めた私はスモールスタートで社会復帰を始めていきました。

1 スモール・スタート 小さな貢献「週末主夫」

MANOCAさんのライブに参加した後から、父は更に変わっていった。
その頃には、心臓の疾患の経過観測も順調で、父も気持ちの持ちようが変わったのかもしれない。
そして、更にモチベーションを父に与えたのは、日々の「小さな成功」だったようだ。一番初めに父が始めたのは週末主夫だった。

家事を一切やらなかった父が、突然、週末は「主夫」を買って出た。

「今日は、パパがご飯作るからね!」

あんた大丈夫? こっちは期末試験あんだから、あんたの夕食で、おなか壊したらどうすんのよ!

はじめはそう思ったが、父の料理も、まあ悪くない。週末は働く母に代わって主夫を務める父。

うん・・・
まあ、それなりにきちんとした料理だ。

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私は、父が突然、週末主夫を始めた理由を私は知っている。リビングでの母と父の会話が聞こえてきたのだ。

「この体調だと、今の職場で働き続けるのは厳しいかもしれない。 退職も視野に入れて、準備しておこうと思う。ごめんね・・・」 と父。

「しかたないわよ。 まずは体を治さないと。いま考えても仕方がないし、重要な決断はそのあとにしましょう。私も働くし。」 と応える母。

はあ? あんた仕事やめるかもって正気? あんた会社の仕事しすぎて、こんな惨めな姿になったんでしょ? 会社になんとかしてもらいなさいよ! 家族5人でどうやって暮らすのよ、これから!

暫くして、母はパートを始めた。朝早くに起きて、父と私の朝食と弁当をつくり、その後は家事を済ませ、弟達を学校に送ってからパートに出かける日々。

そんな母を、父は少しでもサポートしたかったようだ。それで父が始めたのが、この週末主夫だったのだ。


でも私は悔しかった。こんな理不尽な現実を許せなかった。その複雑な気持ちは、常に父に向っていった。

あんたの自己満足な働き方のせいで、母はこんな苦労してんのよ! あんただって悔しくないの?会社じゃあ干されてんでしょ? あんなに会社の為に頑張ってたのに。

私は、更に父を避けるようになった。父に怒りをぶつけるしか方法がなかったのだ。


2 スモール・スタート 小さなプロジェクトのマネジャー


ある夕食の時。
その頃の私は、父と顔を会わせるのが嫌で、勉強を理由にして、わざと夕食に遅れて参加するようにしていた。
私が、遅れて夕食に参加すると、食事を済ませていた父が、また興奮気味にロックカフェでの出来事を母に話していた。

「ロックカフェに集まる人たちと、仲良くなってね。 今、僕が担当している訪日旅行者向け観光案内所について相談したんだよ。」
「その観光案内所で、スタッフのみんなが発案した無料の着物体験を拡充しようと思うって話したらさ、ロックカフェにさ、着物の着付けに詳しい人がいてさ。そのDEMIさんのアドバイスで、うまく進みそうなんだ。」

誰だよ? DEMIさんって。

「取り壊しが決まっている案内所だけど、閉鎖迄は利用しないともったいないしね」
と父。

あんた閉鎖する案内所で、リストラを担当してんだ・・・・
ついこの前は、東京駅前で話題の新しいビルのオープンを担当してたのにね。しかも責任者だったじゃん・・・・・

「観光案内所の業務委託してる会社の子達に、僕が施設閉鎖を伝えたら泣いてたから・・・ 閉鎖迄は彼女たちがやりたがってることは全てやらせてあげたいんだよ。」

父は、その頃、不採算施設の閉鎖を担当していた。閉鎖が決まった施設は全て、父が閉鎖担当者になるのだ。

そして、父は、そこで働いている人たちや委託先に「初めまして! 」と新任挨拶をして、そのあと直ぐに「申し訳ありません・・・施設は間もなく閉鎖します。」と頭を下げて辞めてもらう交渉をさせられていたのだ。

私は、そのころ16歳だった、私に、そんな理不尽な仕事も社会人は当然こなさなくてはいけないということは理解できなかった。出来るわけがない。そうであっても、あまりに理不尽だ。

あんたが作った施設じゃないのに。。。なんであんたが、施設を作ったやつらが適当にやった口約束の為に謝ってるの? あんたは、いつもそうだ・・・ そんなんで命を削る義理なんかないでしょ・・・・

私は、理不尽な対応を受けている父が、能天気な話をしているのに耐えられず、夕飯の殆どを残して部屋に戻った。

「あれ? 郁奈。ごはん食べないの?」 

あんたのせいだよ・・・ あんたのせいじゃないけど、あんたのせいだ。


私の苛立ちとをよそに、父の、その「小さなプロジェクト」は順調に進んでいった。

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