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【ジャパンSDGsアワード受賞企業】大川印刷のサステナビリティ解体新書
第2回ジャパンSDGsアワード受賞企業・大川印刷のサステナビリティ戦略を徹底分析
目次
1. はじめに
1.1. 記事の狙いと背景
近年、持続可能な社会の実現に向けて、企業によるSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが急速に注目を集めています。世界規模で進む気候変動への対応や社会的格差の是正、そして企業のガバナンスや透明性への関心が高まりを見せる中、経済・環境・社会の三側面における企業の責任が一層求められています。
このような潮流の中、日本政府は国内企業がSDGsの達成に貢献する取り組みを奨励し、その成果を表彰する「ジャパンSDGsアワード」を開催しています。なかでも第2回ジャパンSDGsアワードで注目を集めたのが、中小企業でありながら環境負荷低減や社会課題への取り組みを本業と高次元に結びつけた株式会社大川印刷です。
本記事では、大川印刷がSDGsアワードを受賞した背景や評価ポイント、そして具体的に行っているサステナビリティ施策の数々を、企業のサステナビリティ責任者・担当者の皆様が学び得るような形で多角的に分析していきます。また、GRIスタンダード(特に「GRI 1: 基礎2021」「GRI 2: 一般開示事項2021」「GRI 3: マテリアルな項目2021」)の視点から、大川印刷の取り組みをどのように評価し、改善すべきかといった示唆も提供します。
1.2. 大川印刷の基本情報
大川印刷は、1881年(明治14年)に創業された老舗の印刷会社です。本社を神奈川県横浜市戸塚区に構え、従業員数は約40名規模。印刷物の企画・デザインから製造までを一貫して手掛けるソーシャルプリンティングカンパニー®として、近年は環境負荷低減や社会課題解決に本腰を入れています。
横浜市という大都市圏に立地しながらも、地方自治体・官公庁・地域企業との連携に積極的であり、さらにWWFジャパンやパタゴニア日本支社など環境意識の高い企業・団体と取引するなど、幅広い顧客網を築いています。本業である印刷サービスを活用しながらSDGsを中核に据えた経営を行い、再生可能エネルギー100%印刷やCO2ゼロ印刷など革新的なメニューをいち早く導入したことが大きな特徴です。
1.3. SDGsアワード受賞とその意義
大川印刷が受賞した「第2回ジャパンSDGsアワード」では、政府(SDGs推進本部)が選考を担当し、優れたSDGs貢献事例を表彰しています。大川印刷は「SDGsパートナーシップ賞」を受賞し、国内外のロールモデルになり得る中小企業として評価されました。
この受賞は、中小企業であっても、本業を通じた環境・社会への貢献が十分に可能であること、さらにステークホルダーと連携しながらSDGsを推進する先進性を示したことを意味します。地方自治体からも「Y-SDGs認証」や「地域貢献企業認定」で最上位を取得するなど、横浜市をはじめとする地域コミュニティとも強固な協働体制を築いています。
1.4. GRIスタンダードの概要と本記事での位置づけ
企業のサステナビリティ活動を評価・報告する際、国際的な枠組みとして広く参照されるのがGRI(Global Reporting Initiative)スタンダードです。GRIスタンダードは、企業・組織がサステナビリティ報告書を作成するために必要な原則や指標を体系的に整理したガイドラインです。本記事では、特に2021年に改訂された以下の3つのスタンダードを意識します。
GRI 1:基礎2021
サステナビリティ報告の基本理念や要求事項を規定。報告原則の意義などがまとめられています。
GRI 2:一般開示事項2021
組織のプロフィールやガバナンス、方針、ステークホルダーエンゲージメントなど、報告に必要な一般情報についての開示事項です。
GRI 3:マテリアルな項目2021
企業がサステナビリティ報告において最も重要なインパクト領域(マテリアルな項目)をどのように選定し、どのように報告を行うかを示します。
大川印刷の事例を通じて、GRIスタンダード上の評価ポイントをどのように満たしているのか、あるいは不足があればどこを強化すべきかを考察することで、読者企業が自社の報告や実務に活かせるヒントを得られるよう構成しています。
2. 大川印刷の沿革とSDGsアワード受賞理由
2.1. 企業概要と創業の歴史
大川印刷は、1881年(明治14年)に創業し、140年以上の歴史を持つ老舗印刷会社です。創業当初は国内でも近代印刷が普及し始めたばかりで、開国後に急速に西洋技術が導入された時期にビジネスを開始しました。
長い歴史の中で関東大震災や戦禍、安価な海外印刷との競争、バブル崩壊など幾多の危機をくぐり抜けてきましたが、そのたびに環境経営や新市場開拓に舵を切ることで乗り越えてきました。
代表取締役社長である大川哲郎氏(6代目)は「ソーシャルプリンティングカンパニー®」という商標を掲げ、事業を通じて社会課題を解決することを企業目的と公言しています。単なる印刷業ではなく、印刷を「社会貢献の手段」と位置づける点が特徴です。
2.2. 受賞に至る背景
大川印刷が第2回ジャパンSDGsアワードを受賞した背景としては、中小企業でありながらSDGsを包含する包括的な企業経営に成功した点が大きいです。組織として環境に配慮した生産体制(CO2ゼロ印刷、再エネ100%、FSC®紙の優先利用など)を構築し、かつ社会的弱者(難民、障がい者など)への就労支援や地域コミュニティとの協働を推進しました。
このように、環境・社会・経済の三側面にわたってSDGsに取り組む総合力や、従業員主体のボトムアップ型推進が政府から高く評価されました。同時に、印刷業界自体がデジタル化や海外との価格競争に直面する中でも、価値ある印刷を提供することで新たな顧客層を得ている点も見逃せません。
2.3. 受賞理由の詳細
ジャパンSDGsアワードの選考過程では、主に以下のポイントが重視されました。
本業を通じたSDGs推進:印刷という事業活動を根幹に、環境負荷低減(CO2オフセット、再生可能エネルギー導入、ノンVOCインク導入など)と社会的課題の解決(難民雇用、障がい者施設連携など)を実践。
従業員参加型のイノベーション:全社的なSDGsワークショップやプロジェクトチームを結成し、雇用形態や役職にかかわらず意見を出し合っている。ボトムアップの文化が強い。
地域社会や官民連携のモデルケース:横浜市や神奈川県との協力スキームを活用し、RE100やゼロ・エミッションに向けた支援を得る。子ども向け工場見学ツアーなどで地域コミュニティへ貢献。
透明性と説明責任:CSR・SDGs報告会を定期的に開催し、SNSやHPでも積極的に情報発信。FSC認証やISO14001など、第三者認証を取得し、報告の信頼性を高めている。
これらは、「SDGs実施指針の5つの実施原則(普遍性・包摂性・参画型・統合性・透明性)」を体現する好例として評価されました。政府コメントでも「中小企業のロールモデル」として称されるほどです。
2.4. 中小企業ロールモデルとしての存在意義
多くの中小企業がSDGsやサステナビリティの重要性を認識しながらも、「リソースが限られている」「大企業ほどの影響力がない」などの理由で、取り組みが進まないケースが散見されます。大川印刷の事例は、それらの固定観念を打ち破り、「中小企業でも本業を通じて大きな社会価値を生み出せる」ことを示しています。
具体的には、環境配慮の印刷サービスを求める企業やNGOとの新たな取引拡大に成功し、自社の環境・社会インパクトを高めつつビジネスを成長させる好循環を築いています。また、従業員のモチベーションを高め、採用や離職率低下にも寄与するなど、人事面でも大きな効果がありました。
3. 大川印刷のサステナビリティ施策:全体俯瞰
3.1. 経営理念におけるソーシャルプリンティングカンパニー
大川印刷は、自らを「ソーシャルプリンティングカンパニー®」と位置づけています。これは、印刷業を手段として社会課題の解決に取り組むことを明確に打ち出す企業理念です。単に売上や利益を追求するだけでなく、SDGsや環境保全、地域社会への貢献を組織的に行っていく姿勢を示しています。
創業140年超の歴史を持ちながら、新しい価値観を柔軟に取り入れ、現代社会の課題に対して積極的にソリューションを提供する姿は、中小企業経営者のみならず、大企業含め幅広いステークホルダーから注目を集めています。
3.2. 主要なサステナビリティ領域の整理
大川印刷のサステナビリティ活動は、大きく以下の領域に分類できます。
環境負荷低減
CO2ゼロ印刷や再エネ100%印刷の提供、FSC®認証紙やノンVOCインクの採用、廃棄物削減やゼロ・エミッションへの挑戦など。
社会包摂・地域連携
難民や障がい者の雇用、地元コミュニティや子どもたち向け工場見学とSDGs学習支援、地域イベント・清掃活動への参加など。
従業員参加型のSDGs経営
社内ワークショップやプロジェクトチームを結成し、社員一人ひとりがSDGs目標設定に関与。働きやすさ改革やダイバーシティ推進にも注力。
ガバナンスと情報開示
ISO14001、FSC認証などの取得、CSR・SDGs報告会の実施、SNSでの活動公開、地方自治体や業界団体との連携による透明性の確保など。
こうした多面的な取り組みにより、環境・社会・ガバナンス(ESG)のいずれの観点からもバランスの取れたサステナビリティ経営を実現しています。
3.3. 本業を通じた社会課題解決
大川印刷の注目すべき点は、「社会課題解決のために印刷業を行う」という位置づけを明確にしていることです。例えば、排出するCO2をJ-クレジット制度でオフセットし、実質的にカーボンニュートラルな印刷を可能にしました。これにより顧客企業は「CO2ゼロ印刷」を利用することで、自社の環境配慮をアピールできます。
また、印刷素材としてFSC®認証紙を多用し、森林保全に寄与。ノンVOCインクの使用比率を96%以上(2019年度)にまで高め、有害物質の排出削減にも貢献しています。本業そのものがSDGs達成の手段となり、環境配慮を重視する顧客を獲得するビジネスモデルを築いています。
3.4. 環境面・社会面・ガバナンス面の三位一体
環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の3要素を統合し、企業として継続的に価値を生み出す体制が整っています。環境配慮だけに限らず、難民雇用や地域支援などで社会課題にも踏み込み、それらの取り組みを支えるガバナンス体制(CSR報告会、内部統制、ISO認証など)を確立。日本の中小企業の中でも先進的かつ統合的なサステナビリティ経営を行っているといえます。
こうした包括的な取り組みが、ジャパンSDGsアワード受賞をはじめ各種表彰や認証につながり、同社のブランド価値と顧客の信頼を高める好循環を生んでいるのです。
4. 【環境(E)】環境配慮印刷のリーダーシップ
4.1. CO2ゼロ印刷と再エネ100%の先駆け
大川印刷は、2016年に日本初となる「CO2ゼロ印刷(ゼロカーボンプリント)」を実現しました。印刷時に排出されるCO2を計測し、J-クレジット制度でカーボン・オフセットする仕組みです。これにより、印刷物に関わるプロセスで実質的にCO2排出量をゼロにできます。
さらに、2019年には自社工場の電力を100%再生可能エネルギー化し、「再エネ100%印刷」を実践。工場屋上に太陽光パネルを設置しているほか、バイオマス発電などの再生可能エネルギー電力メニューを利用し、事業活動で使用する電力を100%グリーン化しました。
これらの先進的取り組みは、国連の「クリーンエネルギー(SDG7)」および「気候変動対策(SDG13)」への具体的貢献として位置づけられています。
4.2. FSC認証紙とノンVOCインクの徹底
印刷の主原料である紙に関しては、違法伐採を避け、森林保全を推進するため、FSC®(森林管理協議会)認証紙を優先的に使用。2019年度には印刷物の約60%以上でFSC®認証紙を利用するなど、用紙選定でも環境保護に寄与しています。
インクに関しては、石油系溶剤ゼロのノンVOCインクを導入。2019年度に96%の印刷物で使用を達成し、揮発性有機化合物(VOC)による大気汚染の防止に大きく貢献。社員の作業環境改善にも効果をもたらしました。
4.3. 廃棄物削減とゼロエミッションへの道
大川印刷は廃棄物ゼロを目指し、2020年までに「ごみゼロ工場(ゼロ・エミッション)」を達成する目標を掲げていました。具体的には、排出される廃インクや現像廃液の削減、分別徹底によるリサイクル促進などを推進。社内プロジェクトチームが進捗管理を行い、廃棄物発生量削減に大きく寄与しています。
こうした取り組みは、循環型社会の構築というSDG12(つくる責任つかう責任)やSDG15(陸の豊かさも守ろう)にも通じるものであり、印刷業界内でも先駆的なモデルケースとして注目されています。
4.4. 国内外の環境イニシアティブ参加
環境大臣表彰や地方自治体の環境賞を受賞するなど、その先進性が国内で評価される一方、国際的なイニシアティブにも積極的に参加しています。
例えば、「気候変動イニシアティブ(JCI)」「RE100(再生可能エネルギー100%を目指す企業連合)」などに名を連ね、印刷業界や中小企業の立場から世界的な気候変動対策を後押しする姿勢を示しています。
5. 【社会(S)】人材活用と地域社会貢献の取り組み
5.1. 従業員主体のSDGs推進体制
大川印刷では、SDGs経営を本格化させるにあたり、全従業員参加型のワークショップを実施しました。社内横断的なプロジェクトチームを立ち上げ、社員一人ひとりが日常業務の中で感じる課題やアイデアを出し合い、それをSDGsの17目標と紐付ける取り組みを行っています。
この取り組みにより、ボトムアップ型で新たな施策が次々と生まれました。例えば、工場廃棄物削減を目指す「ゼロ・エミッション2020プロジェクト」や、再エネ100%を推進する「再生可能エネルギー印刷プロジェクト」などが社員発案でスタートしています。こうした取り組みが経営層の承認を得て、実践段階に移される仕組みが整っているのです。
5.2. 働きやすい職場づくりとダイバーシティ
大川印刷は「環境負荷を下げるだけでなく、そこで働く人々も豊かになれなければ本当の持続可能性とは言えない」という考えを持っています。そのため、SDGs推進が直接社員の働きがいやキャリア形成につながるよう、様々な制度や文化づくりを行っています。
たとえば、定期的な労使対話やアイデア提案制度が設置され、社員誰もがSDGs関連のプロジェクトを立ち上げられる体制があります。また、多様な働き方(パートタイムや子育て社員の在宅勤務など)に対応し、ジェンダー平等の観点から女性の管理職登用も推進しています。
これらの取り組みは、SDG5(ジェンダー平等を実現しよう)やSDG8(働きがいも経済成長も)に直結するものであり、社員の離職率低減や採用力向上にもつながっていると考えられます。
5.3. 難民雇用や障がい者支援の実績
大川印刷は、人材確保の観点のみならず、社会的弱者を積極的に受け入れることで多様性を高め、組織活性化を図っています。具体的には2019年頃から難民を雇用し、職場内で日本語指導や生活支援も行ってきました。これにより、SDG10(人や国の不平等をなくそう)を実践しています。
また、地域の障がい者支援施設とも連携し、雇用機会創出や製品製造の一部委託を行うなどの協業を進めています。これにより従業員にとっても、社会貢献を実感できる会社としての誇りが高まり、外部からの好意的評価も獲得しています。
5.4. 地域イベント・工場見学ツアー・教育プログラム
大川印刷の社会貢献は、地域コミュニティや教育機関との連携にも及びます。地元の小学生を対象にSDGs学習を兼ねた工場見学ツアーを実施し、環境に配慮した印刷の仕組みや再エネの重要性を伝える活動を継続しています。
また、地域の清掃活動や植樹プロジェクトにも参加し、近隣企業やNPOとも協力関係を築いています。特筆すべきは、工場周辺だけでなく、海外の森林保全活動への寄付や協力も検討するなど、ローカルからグローバルに意識を広げている点です。
6. 【ガバナンス(G)】CSR経営基盤と内部統制
6.1. ガバナンス組織と社長のリーダーシップ
大川印刷のサステナビリティを牽引するのは、6代目社長である大川哲郎氏の強力なリーダーシップとビジョンです。同氏は「事業目的は社会課題の解決であり、印刷はその手段の一つ」と明言しており、SDGsを経営計画の軸に据えています。
また、ISOやFSCなどの取得を早期に進めるだけでなく、CSR・SDGs推進委員会を社内に組織して、環境・社会対応のPDCAを回す仕組みを整備。取締役会など上層部だけでなく、中堅・若手社員も巻き込む体制を確立し、ガバナンスを強化しています。
6.2. ISO・FSC・Pマークなど外部認証の体系
ガバナンスの一端として、外部認証制度の活用が挙げられます。大川印刷は以下のような認証を取得し、第三者評価を受けていることから内部統制を強化し、ステークホルダーへの信頼度を高めています。
ISO14001(環境マネジメントシステム)
ISO9001(品質マネジメントシステム)
プライバシーマーク(情報セキュリティ)
FSC®森林認証紙(用紙調達)
これらの認証取得と維持には監査と是正が必要であり、自然と組織の統制力やPDCAサイクルが確立される仕組みになっています。
6.3. ステークホルダーエンゲージメントの体制
大川印刷は顧客企業、行政、地域住民、NPO、そして従業員まで、多様なステークホルダーと対話を重ねています。例えば、自社工場の再エネ化では横浜市の「Y-SDGs」認証制度でスキームを活用。地域に対しては工場見学や清掃活動、講演などを定期的に行い、社会的弱者の支援団体とも連携を深めています。
このように、マルチステークホルダーエンゲージメントを積極的に行うことで、さまざまな意見や情報を経営にフィードバックし、ガバナンスの質を高める好循環が形成されています。
6.4. リスクマネジメントと中長期ビジョン
創業以来、幾多の経営危機を乗り越えてきた大川印刷には、「継続すること」自体を重視する企業文化が根付いています。気候変動やデジタル化などの長期的リスクを見据え、環境経営への舵切りを行い、印刷需要減少リスクに対しては新市場開拓(環境配慮ニーズの取り込み)で対抗。
中長期的には2030年を視野に、スコープ3も含む完全カーボンニュートラル化を目指しています。こうした野心的なビジョンを社内外に共有し、ガバナンス体制の下で着実に実行に移すところが大川印刷の強みと言えます。
7. 政府や地方自治体、他企業からの高い評価
7.1. ジャパンSDGsアワードでの政府コメント
政府(SDGs推進本部)が公式に評価したポイントは、以下のようにまとめられます。
中小企業にもかかわらずSDGsを経営計画に包括的に実装:環境だけでなく、雇用や地域連携など広範囲に取り組む。
ボトムアップ型でSDGsを進めたインクルーシブな姿勢:社員の役職や雇用形態にかかわらず、プロジェクト参加を保証。
連携・協働の推進:横浜市など行政との連携に加え、他企業・NPOと共同プロジェクトを展開。
これらが「普遍性・包摂性・参画型・統合性・透明性」というSDGs実施指針の原則を満たしているとして、まさに模範的存在と位置づけられました。
7.2. 横浜市・神奈川県におけるトップランナー認定
大川印刷は横浜市の「Y-SDGs認証」で最高位(-supreme-)を取得しており、市長から直接「SDGs経営のトップランナー」として表彰を受けています。さらに、神奈川県の「かながわSDGsパートナー」にも登録され、地域貢献企業として最上位に認定。こうした自治体レベルの評価は、同社の地域に根差した実効性ある取り組みの裏付けでもあります。
7.3. 同業他社との比較優位性・差別化
印刷業界全体で環境配慮は徐々に浸透してきていますが、大川印刷ほど包括的にSDGsを経営に組み込んだ例は珍しく、多角的かつ先駆的な環境・社会対応が大きな差別化要因になっています。
2000年代から環境ISOやFSC認証を取得するなど、早期から環境経営に投資してきたため、技術力と実績に裏打ちされた信頼を得ています。さらに、難民雇用・地域連携・社員ボトムアップなど社会面でも他社と一線を画す活動が評価され、大企業や官公庁、NGOなどから印刷受注の拡大を実現しています。
7.4. 取引先からの信頼と新たな受注
大川印刷は環境配慮型印刷を通じて、多くの大手企業(崎陽軒やパタゴニアなど)や国際NGO(WWFジャパンなど)の受注を獲得。こうした顧客企業は自社の環境負荷削減目標を達成するため、サプライチェーン上のパートナー企業に環境配慮を求めています。大川印刷のように高い水準の環境対応を行っている企業は、サプライヤー選定で有利に働くのです。
このように、サステナビリティへの投資が企業価値向上と利益拡大につながる好例であり、同社にとって顧客基盤の拡大とブランド強化という大きなメリットを得ています。
8. GRIスタンダードから見る大川印刷の報告と実践
8.1. GRI 1:基礎2021 に基づく報告へのアプローチ
GRI 1:基礎2021は、サステナビリティ報告の原理原則を示す基礎となるスタンダードです。ここで示される報告原則(正確性、バランス、明瞭性、比較可能性、網羅性、サステナビリティの文脈、適時性、検証可能性)は、企業がサステナビリティ情報を開示する際に必ず参照すべき基盤といえます。
大川印刷の場合、外部認証(ISO14001やFSCなど)で裏付けられた正確な定量データの提示や、マイナス面も含めた情報公開のバランス、各種SNSやCSR・SDGs報告会を通じた明瞭な発信などを実践。業種や規模を超えて参考になる優れた体制を構築していると考えられます。
ただし、比較可能性の観点では、他社とのベンチマークがまだ十分行われていない可能性があります。印刷業界全体としての標準化指標や、SBT(Science Based Targets)など国際的枠組みを活用した情報開示が進めば、さらにGRI 1の原則を高い水準で満たせるでしょう。
8.2. GRI 2:一般開示事項2021 と大川印刷の組織情報
GRI 2:一般開示事項2021では、企業の報告実務や活動・労働者、ガバナンス、戦略・方針・実務慣行、ステークホルダーエンゲージメントなどが求められます。大川印刷は以下のように対応していると推察されます。
報告期間・組織概要:HPや報告会で創業歴や事業内容、従業員数などを明記。外部保証はISOやFSC、Pマーク取得という形で受けている。
活動・労働者情報:印刷事業の流れ、工場の稼働状況、従業員構成(40名程度で多様な雇用形態)を公開。ノンVOCインクやFSC紙調達などのサプライチェーン情報も一部開示。
ガバナンス構造と責任の移譲:社長のリーダーシップとCSR報告会の運営で、経営陣と現場をつなぐ仕組みを構築。従業員にSDGs実務を移譲するプロジェクトが存在。
方針と実務慣行:環境負荷低減や地域貢献などの方針が明文化され、社内外に公開。カーボンオフセットや再エネ導入に関するガイドラインも示されている。
ステークホルダーエンゲージメント:地域住民、行政、NPO、顧客企業、従業員などへの対話の仕組みがあり、苦情処理やインクルーシブな意思決定プロセスを重視している。
これらをさらに体系的に報告書としてまとめ、GRI内容索引を作成すれば、GRI 2の要求事項をより明確に満たすことが可能となるでしょう。
8.3. GRI 3:マテリアルな項目2021 と大川印刷のマテリアリティ
GRI 3:マテリアルな項目2021は、企業が「自社が経済・環境・人権を含む人々に及ぼすインパクトの中で、最も重要な(マテリアルな)項目」を特定するプロセスを示します。大川印刷の場合、以下の領域がマテリアル項目とみなされる可能性が高いです。
気候変動対策(CO2ゼロ印刷、再エネ100%)
資源循環・廃棄物削減(FSC紙、ノンVOCインク、ゼロエミッション)
ダイバーシティと働きがい(難民雇用、障がい者支援)
地域社会貢献(地域清掃、工場見学、横浜市との連携)
ガバナンスと透明性(CSR報告会、SNSでの情報公開、ISOなど第三者認証)
これらの項目ごとに、当該インパクトがどのように発生し、どのステークホルダーに影響を及ぼし、どんなマネジメント手法が取られているかを整理すれば、GRI 3に準拠する質の高いサステナビリティ報告が可能となるでしょう。
8.4. 大川印刷が取り組むデュー・ディリジェンスと苦情処理メカニズム
デュー・ディリジェンスとは、企業が自社活動や取引関係を通じて発生する実質的・潜在的なマイナスインパクトを特定・防止・軽減し、問題が発生した場合は是正措置を提供するプロセスです。大川印刷の場合、以下のようにデュー・ディリジェンスを進めていると考えられます。
印刷材料のサプライチェーン管理:FSC認証紙やノンVOCインクを選定する際に、違法伐採や化学物質リスクを防ぐ仕組みを構築。
難民雇用等の社会的課題リスクへの配慮:就業環境や労働条件を整え、就労者の人権を尊重。ハラスメント対策や相談窓口の設置。
苦情処理メカニズム:社内および地域コミュニティやNPOなどの声を吸い上げる仕組み(SNS、報告会、問い合わせフォーム等)を整備し、早期に課題を把握・是正する。
大川印刷は大企業ほど複雑なサプライチェーンを抱えていない可能性があるため、比較的スムーズにデュー・ディリジェンスを実践できていると推測されます。一方、今後スコープ3排出量削減や国際調達の拡大などに伴い、新たなリスク評価が必要になるでしょう。
9. 大川印刷が取り組むSDGsへの具体的連関
ここでは、SDGs17目標のうち特に大川印刷の取り組みと関連の深いゴールを例示しながら、具体的な貢献内容を整理します。
9.1. SDG7(エネルギーをみんなに そしてクリーンに)
大川印刷は工場やオフィスの電力を100%再生可能エネルギー化し、太陽光発電パネルも設置しています。加えて、印刷工程の省エネ・熱効率化なども推進することで、クリーンエネルギーの普及に大きく寄与しています。
9.2. SDG8(働きがいも経済成長も)
難民や障がい者を雇用し、誰もが活躍できる職場づくりを進める一方、再エネ印刷などの高付加価値サービスで印刷需要を開拓。経済成長と包摂的な雇用創出を両立させる実践例として評価されています。
9.3. SDG12(つくる責任 つかう責任)
FSC認証紙やノンVOCインクを使用し、印刷工程でのCO2排出をオフセットする仕組みによって、責任ある生産を実践。廃棄物削減・リサイクル率向上なども推進し、サプライチェーン全体での持続可能な素材利用を進めています。
9.4. SDG13(気候変動に具体的な対策を)
CO2ゼロ印刷や再エネ100%化が典型例。事業を通じて温室効果ガス排出削減に貢献するだけでなく、顧客企業にも排出削減の価値を提供することで、社会全体の気候変動対策を促進する役割を担っています。
9.5. その他(SDG4, SDG10, SDG15等)との関連
SDG4(質の高い教育をみんなに):子ども向けの工場見学ツアーやワークショップで、印刷業や環境保護について教育。
SDG10(人や国の不平等をなくそう):難民雇用・障がい者雇用を通じた社会的包摂。
SDG15(陸の豊かさも守ろう):FSC認証紙の利用による森林保全の促進。
10. 【深堀り1】環境側面におけるイノベーションと技術導入
10.1. 日本初のゼロカーボンプリントと太陽光発電
先述のとおり、大川印刷は2016年に「日本初のCO2ゼロ印刷」を打ち出し、2019年には工場の電力を100%再生可能エネルギーで賄うことに成功しました。太陽光パネルの設置量は決して大規模ではないものの、残りの電力をバイオマスや風力などのグリーン電力メニューに切り替えることで「再エネ100%」の達成を可能にしています。
これらの成果は、横浜市や政府の助成・補助制度を巧みに活用しながら、また地元企業との連携を深めながら実行されたものであり、地方の中小企業でも再エネ化を加速できる有力モデルとなっています。
10.2. 現場レベルの省エネ・省資源の仕組み
再エネ調達以外にも、現場での省エネ意識改革や廃棄物削減活動が重要です。大川印刷では、照明のLED化やエアコン温度管理などの基本的対策を徹底するとともに、印刷機械の稼働時間や廃版の管理などで無駄を削減する独自ノウハウを蓄積。廃棄物は可能な限り分別し、紙くずやプラスチックなどをリサイクル工程に回しています。
こうした小さな積み重ねによる省エネ・省資源の努力が、大きなコストメリットや環境負荷低減に繋がり、持続可能な製造プロセスを支えています。
10.3. サプライヤーとの協業による環境負荷低減
印刷プロセスの環境負荷を下げるには、用紙・インクなどの原材料メーカーや物流業者との協力が欠かせません。大川印刷ではFSC認証紙やノンVOCインクのサプライヤーを優先的に選定すると同時に、紙やインクの製造段階でのCO2排出量も把握し、必要に応じてスコープ3削減に向けた提案・協働を行う姿勢を示しています。
また、納品先の顧客が環境に配慮した製品を求める際には、サプライヤーも巻き込んで素材の改良やコスト調整を行うこともあると推察されます。これにより、バリューチェーン全体での環境負荷低減に取り組む意識が醸成されている点が特徴です。
10.4. 廃棄物・排出物モニタリングと削減KPI
大川印刷は、自社で生じる廃インク・廃液・紙くずなどの排出物量をデータ化し、削減KPIを設定してPDCAサイクルを回しています。工場見学や外部監査を通じて透明性を確保し、問題が発見されれば改善策をすぐに実行できる体制。さらに、社内スタッフが「ゼロエミッション2020」などの目標を掲げ、プロジェクトチームでモニタリングを進める。こうした社員参加型の運用が現場改善力を強化しています。
11. 【深堀り2】社会側面における包摂とダイバーシティ
11.1. ボトムアップ型SDGs推進プロジェクト
大川印刷のSDGs推進は、ボトムアップアプローチが大きな特徴です。社長や経営層のトップダウンだけではなく、従業員全員がSDGsアイデアを提出し、プロジェクトを発足させる文化が根付いています。
例えば、印刷工程での資源使用量削減を目指すチームや、社内向けSDGsクイズ大会を主催するチーム、障がい者採用を支援するチームなど、多様なテーマが存在します。チームのリーダーは必ずしも管理職ではなく、若手社員やパート社員がリードする例もあるとのこと。こうした意欲的な取り組みが組織全体のモチベーション向上に寄与します。
11.2. 人材育成と能力開発の仕組み
SDGsプロジェクトへの参加を通じて、従業員は印刷技術だけでなく、環境・社会課題に関する知識やリーダーシップスキル、プロジェクトマネジメント能力を身につけます。また、定期的な社内研修や外部セミナーへの参加を奨励し、自主学習を促す仕組みがあります。
人事評価にも、社会貢献の視点やSDGs関連の提案数・実行度を加味するなど、SDGs推進がキャリアアップにつながるインセンティブ設計がなされていると推測されます。このように、サステナビリティ活動と社員の成長をリンクさせる点が大川印刷の強みです。
11.3. 地域コミュニティとの連携モデル
大川印刷は、横浜市をはじめとする行政や地元の企業・NPOと定期的に情報交換を行い、社会課題の共同解決を目指しています。具体的には、再エネや省エネ支援のプログラム利用、障がい者支援施設が制作した小物の販売促進など、地域の多様なプレイヤーとパートナーシップを構築。子ども向けSDGs学習ツアーや地元行事への協賛を通じ、地元住民への情報発信にも力を入れています。
11.4. 社内外ステークホルダーの声とその反映
前述のとおり、従業員や地域住民、顧客企業、NPO等さまざまなステークホルダーとの対話から得たフィードバックを経営に反映する仕組みがあります。SNSや報告会で寄せられた意見を定期的に取りまとめ、改善策を打ち出すことで、新しいサービス開発や雇用制度の見直しなどが進められています。
このプロセスはステークホルダーエンゲージメントの実践であり、GRIスタンダード上も評価すべき要素です。インクルーシブな意思決定が企業の持続可能性を高める好例と言えます。
12. 【深堀り3】ガバナンス改革とレポーティングの透明性
12.1. 過去の危機と乗り越え方:ガバナンス強化の原点
大川印刷は長い歴史の中で、震災やバブル崩壊など多くの経営危機に直面してきました。大川哲郎社長が6代目として事業を継いだ後も、印刷物の海外流出やデジタル化の波で受注が減少する局面がありました。
同社はこうした苦境を逆手に取り、「環境経営で差別化を図る」「価値ある社会貢献印刷を強みとする」戦略に踏み切ります。この方針転換が現在のSDGs経営とガバナンス強化をもたらしたのです。
12.2. CSR・SDGs報告会やSNSを用いた情報開示
大川印刷は毎年「CSR・SDGs報告会」を開催し、環境対応や社会貢献の成果、さらには課題までを開示しています。また、FacebookやTwitter、YouTubeなどSNSを活用し、日々の活動や成功事例、従業員の声などを積極的に発信。オープンに情報を共有することで、社会からのフィードバックを得るだけでなく、社内の情報共有・問題意識の醸成にも効果を上げています。
12.3. リスクマネジメント・内部統制機能の全体像
ISOやFSCなどの外部認証は、環境・品質のマネジメントシステム構築と維持を通じて、リスク管理に大きく寄与します。さらに、同社はプライバシーマークも取得しており、個人情報保護やセキュリティリスクにも対策を講じています。
CSR報告会などで顕在化した問題や、社員・地域の苦情もガバナンス上の課題として扱われ、迅速に是正措置を講じるPDCAサイクルが組み込まれています。これにより、経営層と現場の連携が密になり、実効性の高い内部統制が機能していると推測できます。
12.4. RE100実現に向けた官民連携のガバナンス
横浜市が推進する脱炭素政策や、省エネ設備投資への補助制度などを活用して再エネ100%を実現した点は、官民連携ガバナンスの優良事例です。行政や関係機関との交渉・調整を経て、自社で負担しきれない初期コストや技術的課題をクリアしてきました。
こうした自治体との協働は、他の中小企業にも参考になるモデルケースであり、今後は地域を超えて同様のスキームが広がる可能性があります。
13. 今後の課題と展望
13.1. スコープ3を含めたバリューチェーン全体の脱炭素化
大川印刷は自社(スコープ1・2)のCO2ゼロ化を達成しましたが、今後はサプライチェーン全体(スコープ3)を含めた排出削減が大きな挑戦になります。紙やインクの製造工程、輸送工程などで排出されるCO2をどう削減・オフセットするかが課題となるでしょう。
サプライヤーとの協働や新素材の導入、さらに排出量を可視化する仕組みづくりなど、より高度なバリューチェーンマネジメントが求められます。これには投資や専門知識が必要であり、中小企業としては行政補助や他社との連携をさらに強化する必要があるでしょう。
13.2. デジタル化時代の印刷事業のゆくえ
印刷需要はデジタル化・オンライン化により、従来の紙媒体が減少する構造的変化が進んでいます。大川印刷は環境配慮印刷などで差別化を図ってきたものの、今後の市場縮小リスクには備えが必要です。一方で、環境負荷低減や社会課題への関心が高まるほど、大川印刷のようなサステナビリティ特化型印刷の需要は一定数確保される可能性があります。
印刷以外の新規事業(SDGsコンサルティング、デザイン開発、オンライン媒体とのハイブリッド製品など)を探る動きも期待されます。
13.3. 組織文化と次世代への継承
大川印刷の強みであるボトムアップ文化や社員の社会貢献意識は、トップのリーダーシップと社内風土によって支えられています。社長自身が大きな牽引力を持つゆえ、後継者育成や次世代への引き継ぎというガバナンス課題にも備える必要があります。
従業員がSDGs経営を自分事化できる教育や、長期的ビジョンを共有する場をどう継続していくかが、中長期にわたる企業存続の鍵となるでしょう。
13.4. 新規事業創造と多角的パートナーシップ
大川印刷はSDGsをビジネスチャンスの源泉と捉え、再エネ印刷やゼロカーボンプリントを開発してきました。今後も環境配慮や社会課題解決を軸に、新たな製品サービス(例えば、プラスチック代替素材への印刷など)が期待されます。
また、異業種や研究機関、NPOなどとの多角的パートナーシップを築き、新事業を共同で開発する動きが増えれば、印刷業の枠を超えた新市場創造も視野に入ってきます。SDGsアワード受賞で高まったブランド価値を活かし、外部連携をより一層強化する可能性があります。
14. 多角的評価:サステナビリティの質的・定量的分析
ここでは、GRI 1:基礎2021で示される報告原則も意識しながら、大川印刷の取り組みを多角的に評価します。
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