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【ジャパンSDGsアワード受賞企業】ヤクルトのサステナビリティ解体新書
1. はじめに
1.1 記事の目的とねらい
本記事は、**第2回「ジャパンSDGsアワード」を受賞した企業である株式会社ヤクルト本社(以下、ヤクルト本社)のサステナビリティ戦略・具体的なESG活動、および同社がなぜSDGsアワードを受賞するに至ったかを多角的に深掘りすることを目的としています。加えて、本稿ではGRIスタンダード(GRI1, GRI2, GRI3)**の概念に触れながら、ヤクルトが公表している活動情報を整理・評価し、読者の皆さまがサステナビリティ施策のベストプラクティスや具体的な実行手法を学べるように構成しました。
ヤクルト本社は、1935年に世界初の乳酸菌飲料「ヤクルト」を発売して以来、「人々の健康づくりに貢献する」企業として、その理念をビジネスモデルの中核に据えてきました。近年ではSDGs(持続可能な開発目標)やESG投資への関心が高まるなか、サステナビリティを経営の重要課題と捉える企業が増えています。ヤクルト本社がどのようにグローバルな健康課題、環境課題、女性活躍推進等に貢献し、SDGsアワードを受賞したのかを深く知ることは、他の企業や組織にとっても学ぶべき点が多いでしょう。
また本記事では、サステナビリティ報告において国際的なスタンダードになっているGRIスタンダード(特に「GRI1: 基礎2021」「GRI2: 一般開示事項2021」「GRI3: マテリアルな項目2021」)が果たす役割や、その内容を参照しながらヤクルトの事例をひも解きます。これにより、ヤクルト本社の取り組みが世界基準の視点でもどのように評価されうるのかを考察できるようにしています。
本記事が、企業のサステナビリティ担当者や責任者の方々にとって有益な知見となり、自社の戦略や活動計画をブラッシュアップする一助となれば幸いです。
目次
1.2 SDGsアワードの概要とヤクルト本社の受賞について
まず、ヤクルト本社が受賞した**「ジャパンSDGsアワード」について概観します。ジャパンSDGsアワードは、内閣総理大臣を本部長とする政府のSDGs推進本部**が、SDGs達成に大きく貢献している企業・団体を表彰する制度として2017年に設立されました。SDGsに資する優れた取り組みを国内で横断的に掘り起こし、広く社会に浸透させる目的があります。
ヤクルト本社は2018年12月に発表された**第2回「ジャパンSDGsアワード」において、特別賞にあたる「SDGsパートナーシップ賞」**を受賞しました。その受賞理由は、大きくまとめると以下のように報告されています。
乳酸菌飲料を通じた健康貢献
世界39の国と地域へ「ヤクルト」などの製品を展開し、プロバイオティクス技術を通じて人々の健康意識向上と疾病予防に寄与した。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」の達成に貢献。
ヤクルトレディによる女性活躍と社会課題への貢献
女性が子育てをしながら働ける就労機会として「ヤクルトレディ制度」を展開。国内外で多くの女性に経済的自立をもたらしつつ、地域の健康啓発・高齢者見守り活動にも寄与。
SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標8「働きがいも経済成長も」に貢献。
海外展開と現地コミュニティへの貢献
アジア・南米など途上国を中心に現地主義(現地生産・現地販売)を推進し、安全・安心な製品を提供しつつ雇用創出、女性活躍、健康教育を行った。
SDGs目標1「貧困をなくそう」や目標2「飢餓をゼロに」、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」など広範な目標に関連。
環境配慮型ビジネスモデル
生産工場での省エネルギー、再生可能エネルギー活用、プラスチック容器や包装のリデュース・リサイクル推進など、環境負荷低減への多面的取り組み。
SDGs目標12「つくる責任 つかう責任」、目標13「気候変動に具体的な対策を」に合致。
このように、ヤクルト本社は「世界の人々に健康を届ける」という企業ミッションを軸に、社会課題へ多角的に貢献している点が高く評価され、SDGsアワードの受賞に至りました。
1.3 GRIスタンダード(GRI1, GRI2, GRI3)との関連性
企業のサステナビリティ報告において、GRIスタンダードは世界的に最も利用が広がっている枠組みの一つです。日本でも多くの上場企業・非上場企業・自治体等がGRIに準拠する、あるいは参照する形でサステナビリティレポートや統合報告書を作成しています。
GRI1: 基礎 2021
サステナビリティ報告の目的・原則・重要な概念(マテリアリティなど)が定義され、企業が持続可能な発展にどう寄与しているかを透明性高く開示する意義を示しています。
GRI2: 一般開示事項 2021
企業のプロフィールやガバナンス、ステークホルダーとの関係、方針や実務など、全般的な情報を開示するための基礎項目が示されています。
GRI3: マテリアルな項目 2021
企業がサステナビリティ上の最も重要なインパクト(マテリアルな項目)をどう特定し、どのようにマネジメントしているかを報告するための具体的フレームワークを提示しています。
ヤクルト本社のSDGsアワード受賞理由を見ても明らかなとおり、同社は健康・ジェンダー平等・雇用・環境保全など幅広い社会的テーマにおいて顕著なインパクトを持ちます。その「インパクト」を正確かつ体系的に開示するために、GRIスタンダードを参照していくと、多岐にわたるヤクルトの取り組みを整理しやすくなります。
本記事では、GRI1, 2, 3の視点を導入することで、ヤクルトの事例をさらに掘り下げ、サステナビリティ担当者にとって有用な示唆を得ることを試みます。
2. ヤクルト本社の企業概要とサステナビリティの考え方
2.1 ヤクルト本社の創業・企業理念
ヤクルト本社は、1930年に代田稔博士が乳酸菌シロタ株の強化培養に成功したことに端を発します。1935年、福岡で乳酸菌飲料「ヤクルト」の製造販売を開始し、その後1955年に「株式会社ヤクルト本社」として法人化し、本格的な企業活動をスタートさせました。
創業者である代田博士は、「人々の健康のために、優れた乳酸菌を安価で提供し続けたい」という強い思いを抱いていました。この創業理念が現代にも受け継がれ、ヤクルト本社では以下の企業理念を掲げています。
「私たちは、生命科学の追究を基盤として、世界の人々の健康で楽しい生活づくりに貢献します。」
つまり、「腸内環境を整える乳酸菌という生命科学の恩恵を、より多くの人々に届けることで健康社会を創造する」という指針です。この理念は、SDGsにおける「健康と福祉」「貧困削減」「ジェンダー平等」など多様な目標に合致する考え方でもあり、同社のビジネスとサステナビリティは創業当初から密接な関係にあります。
2.2 事業内容と特徴:食品事業・化粧品事業・医薬品事業・国際事業
ヤクルト本社の主力事業は、なんといっても乳酸菌飲料「ヤクルト」や「ミルミル」、その他健康飲料、機能性表示食品などを扱う食品事業です。代田博士が開発した乳酸菌 シロタ株など独自のプロバイオティクス技術をコアとし、「腸内環境を整える」製品を世界各国へ供給しています。
加えて、ヤクルト本社は以下のように多角的な事業を展開している点が特徴です。
食品事業
乳酸菌飲料、機能性表示食品、お茶・ジュース類など幅広い飲料
独自の菌株を活かした商品開発(例:「Newヤクルト」「ミルミル」など)
化粧品事業
乳酸菌由来の保湿成分(シロタエッセンスなど)を配合したスキンケア製品
皮膚科学の研究・開発力を背景に、化粧品分野でも高い評判を獲得
医薬品事業
自社開発の抗がん剤など医療用医薬品を中心に展開
研究開発力を活かし、医療業界にも存在感を示す
国際事業
「現地主義(現地生産・現地販売)」を掲げ、アジア・南米を中心に世界39の国と地域へ進出
1日あたり3,164万本(2021年度)ものヤクルト類を海外で販売
これらの多角化事業によって、ヤクルト本社は健康というキーワードを軸にしながら、食品から医薬、スキンケアまで人々の生活全般を支える企業としてポジションを確立しています。さらに注目すべきは、「ローカルコミュニティに根差した販売モデル」や「女性の就労機会創出」「環境への配慮」など、事業のあらゆる側面にサステナビリティ要素を取り込んでいる点です。
2.3 腸内環境から広がる「健康社会づくり」とサステナビリティ
ヤクルト本社が他企業と一線を画すのは、「腸内細菌研究」という生命科学をバックグラウンドに、「プロバイオティクスの有用性を世の中へ普及させたい」との強い意志が事業の根本にあることです。現代では健康志向が高まり、「腸活」という言葉も一般に認知されるようになりましたが、ヤクルトは80年以上も前から「腸内の乳酸菌を増やし、病気の予防や健康維持をサポートする」という観点を徹底して追究してきました。
このビジョンは、**SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」**にも通じますが、さらに女性活躍や環境配慮とも結びつき、サステナビリティの文脈で重要な多角的な価値を創出しています。具体的には、後述するヤクルトレディの仕組みや、海外進出時の女性雇用創出、再生可能エネルギー電力の導入などを通じて、多方面でSDGsに貢献する企業として認知されるようになりました。
3. ジャパンSDGsアワード(第2回)受賞の背景と要因
3.1 ジャパンSDGsアワードとは何か
ジャパンSDGsアワードは、日本政府のSDGs推進本部が主催する表彰制度で、優れたSDGs達成の取り組みを行う企業・団体などを表彰しています。内閣総理大臣がSDGs推進本部の本部長を務め、各省庁の大臣が副本部長や構成員となり、SDGs推進を国家方針として進める一環として2017年に創設されました。
目的
SDGs達成に資する取り組みを行う企業・団体を奨励し、官民挙げてのSDGs推進を加速させる。
優れた事例を広く発信し、社会全体にSDGsの認知と行動を広げる。
表彰区分
最高位として「SDGs推進本部長(内閣総理大臣)賞」
他に「パートナーシップ賞」「特別賞」などが設けられ、それぞれ特徴的な取り組みが評価される。
ヤクルト本社は、2021年現在までに4回実施されているジャパンSDGsアワードのうち、第2回(2018年12月発表)で特別賞「SDGsパートナーシップ賞」を受賞しました。
3.2 ヤクルトが評価されたポイント
第2回ジャパンSDGsアワードでヤクルト本社が評価された理由は、既に本記事冒頭でも触れたとおり、同社の「健康づくり」「女性活躍」「海外雇用」「環境保全」など多岐にわたる社会貢献がSDGsの複数目標に絡んでいる点にあります。とりわけ際立った特徴として、政府発表資料などで述べられている内容を要約すると、以下の4点が挙げられます。
世界中へ乳酸菌飲料を届けることで「健康を当たり前に」
アクセスが難しい地域でも、ヤクルトレディや販売網を通じて継続的に製品を供給。
インド、ブラジルなどにおける女性スタッフの大規模雇用や健康啓発活動が好評。
ヤクルトレディ制度を中心とした女性雇用と地域社会への貢献
国内外で数万人規模の女性がヤクルトレディとして活躍、収入源を得て家族や子どもの学費を支える。
訪問販売時に健康情報を提供したり、高齢者の見守りを行うなど、地域の健康インフラとして機能。
先進国水準の品質管理や省エネ技術の海外移転
新興国でも安全性・品質基準を徹底し、現地の乳酸菌飲料市場をリード。
生産工場の省エネ化やプラ削減施策などが、現地の環境負荷低減にも寄与。
環境負荷低減への継続的取り組み
国内13工場の電力を再生可能エネルギー電力に転換するなど、CO2排出削減を加速。
プラスチック容器のバイオマス化・軽量化・リサイクル推進など、「つくる責任 つかう責任」(SDG12)にも対応。
これらの取り組みが総合的に評価され、「SDGsパートナーシップ賞」が授与されました。特にヤクルトレディを軸とした女性活躍モデルは、日本ならではの独創的なビジネスモデルとして高く評価されています。
3.3 受賞テーマ:「世界の人々の健康で楽しい生活づくり」への具体的貢献
ヤクルト本社の受賞テーマは、政府資料で以下のようにまとめられています。
「時代も国境もこえて 世界の人々の健康で楽しい生活づくりに貢献 ヤクルト」
これは同社のコーポレートスローガン「人も地球も健康に」と表裏一体の内容といえます。企業ビジョンにおいて、「健康」「女性活躍」「海外展開」「環境保全」という複数の社会的価値を包括的に実現するビジネスモデルこそが、ヤクルトがSDGsアワードを受賞した最大の要因です。
4. ヤクルト本社のESG活動を多角的に分析
ここからは、ヤクルト本社のESG(Environment, Social, Governance)活動を大きく3つの観点から整理し、深掘りします。サステナビリティ担当者にとっては、ESG全般を俯瞰しながら、どのようなマネジメント手法や具体的施策があるのかを把握することが重要です。
4.1 E(環境):脱炭素・資源循環・生物多様性などの取り組み
ヤクルト本社は、環境理念として「人も地球も健康に」を掲げ、1997年には「ヤクルト環境基本方針」を策定して以来、省エネや廃棄物削減などに長年取り組んできました。近年は環境問題がさらに深刻化するなかで、2021年には**「ヤクルトグループ 環境ビジョン2050」**を打ち出しています。これは2050年までにバリューチェーン全体で温室効果ガス排出量ネットゼロを目指す壮大な目標です。
4.1.1 カーボンニュートラルへの挑戦
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