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【ショートショート】 労働

夕暮れ時の閑散としたファミレスで、私はコーヒーをすすっていた。ふと視線をあげると、でっぷりと太った悪代官みたいな風貌の男と、東南アジア系の四十代の半ばくらいの女が入店してきた。女の顔には疲れと、深い皺が刻まれていた。

男は当然のように上座に腰をおろし、女はテーブルの上をせっせとアルコール消毒してから席についた。

話しぶりからすると二人は初対面のようで、どうやらこれから面接が始まるらしかった。ファミレスで面接?と少し疑問に思いつつも、質疑応答が始まった。

「前職は?」

カタコトで聞き取りづらかったが、どうやら自動車工場のライン工として働いていたようだ。

「車は持っていますか?ふんふん、えーと、車は持っていないと……」

「運転はできますか?えー、はいはい、免許も無しと……」

「では、バスでの通勤は可能ですか?できない?電車の方がいい?なぜ?」

一応、敬語を使っているが、その物言いはどこか不躾で、相手を見下しているのが透けて見えた。それにもかかわらず、必死に受け答えをしている。しかも言葉がまだ不自由なようで、何度か聞き返しては質問に答えていた。

段々と私はやるせない気持ちになっていった。労働など消えてしまえばいいのに......

しかし、ここで私がでる幕などない。政治家でもなければ富豪でもないのだ。情けをかけるほどの余裕も度胸も覚悟もない。

やがて質疑応答が一通り終わったようだった。しかし最後に顔写真を撮らねばならないらしく、その場で撮影を要求されていた。

スマホのカメラを向けられ、ぎこちない笑顔を浮かべた後、安っぽいシャッター音が店内に響いた。

私は心の中で、ここはファミレスだぞ、と呆れながらも面接がようやく終わるようで安堵した。

そして、最後に女が口を開いた。

「本日はありがとうございました。結果は、後日お知らせしますね。」

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