左近介がやって来る
長女を出産した時、私は
「左近介がとうとう産まれた」
と恐怖した。
左近介。
手塚治虫の傑作「火の鳥」異形編の主人公である。
「火の鳥」は、不老不死の力をもたらす“火の鳥”を取り巻く(愚かな)人間模様を、過去現在未来に渡って描くオムニバスストーリー……って、名作すぎて説明するのも、という感じだけれど。
異形編のあらすじは手塚治虫公式サイトから引用したい。
さてこの先、完全なるネタバレになるので未読の方は要注意。
と言っても、上記ページにしっかり載ってますが。
この話のキモは「輪廻転生」。と、言うか、火の鳥全体が輪廻転生をテーマに描かれている。
異形編については、ダイレクトに言うと、左近介=八百比丘尼である。
つまり、左近介は閉ざされた空間の中で、八百比丘尼の代わりとして生きていたはずが、時と共に八百比丘尼そのものとなる。そして、若き日の自分・左近介が、八百比丘尼である自分を殺しに来る、という「自分殺し」の話なのだ。
私がなぜ、自分の娘を左近介だと思ったか。
美しかったからでは無い。
(いや、美しいけどね彼女は。生後2ヶ月の時夫と『横顔が吉永小百合に似てる』と盛り上がった)
男として育てるつもりも無かった。
これは私側に起因する感情で、多分「自分は殺されるべき親だ」と思っているからだ。
物騒な書き方をしたが、要は大人としての自分に自信が無いのである。
人付き合いが苦手なので、結婚式は夫も私も、友人を3人ずつしか呼ばず、列席者20名の小さな式になった。渋々参加、という顔をしないであろう人しか呼びたくなかった。
「やりたい」と思えば夜中までお菓子を焼いたり服を作ったりする。それと引き換えに家の中はしっちゃかめっちゃかである。
妊娠中、切迫早産で数ヶ月入院していた時は、人目はばからず大部屋の病室でメソメソ泣いていた。
仮病で仕事を休んで昼過ぎまで寝たことがある。1回2回ではない。
隣の課の人達の名前と顔が一致してないまま異動したことがある(いやほぼ毎回そう)。
だから、子供を産んだ時、
「いつかこの子は、私が母や大人として至らない人間だと気づき、軽蔑するだろう」
という気持ちが真っ先に来た。
あと、陣痛が終わったという爽快感も来た。
至らない大人はそのまま至らない母にジョブチェンした。
決定的な不道徳な行いはしていないが、よくないことを沢山している。
テレビを何時間でも観せるし、スマホをいじりながら子供と喋る。
こっそりポテチを食べている所を見つかったら「これ辛いやつだから」と言って追い払う。うすしお味である。
今日は夕方から映画「アダムス・ファミリー」を観始めたせいで、夕飯が遅くなった。アダムス・ファミリーは平日に観るボリュームではない。ゴメズ超格好良かった。早く2が観たい。
今は長女も次女も私を愛しリスペクトしてくれている(多分)が、いずれ
「さては母、ろくな大人じゃないな……?」
と気付くだろう。下手をすれば、軽蔑され見放されるかもしれない。それが私にとっての、「左近介に殺される」ということだ。
ちなみに、不思議と次女にはあまり左近介みを感じない。
長女は、美しい人だと思う。そして何やら「宿命背負い顔」をしている、と思う。新生児期から悟りきったような顔をしていて、その雰囲気は今も変わらない。もちろん子供らしい我儘も、おどおどとした気弱さもあるが、どこか「何か」を見つめている気配がある。
次女は、また手塚作品だけれども、キャラクターもルックスもピノコに似ている。ずっとポヨンポヨンしている。30分以上悩んでる様を見たことがない(長女がこの年齢だった頃は、日々悩んでいる様子だった)。「私は可愛い」という前提で生きていて、実際可愛い。
「火の鳥」の中では、八百比丘尼は、左近介出生の報に動揺し悲嘆に暮れるものの、いざ左近介が殺しに来ると、落ち着き払った様子で迎え、嘲笑いながら斬られる。
今、私は左近介こと長女(限定してごめん)に斬られることに怯えているが、これからの10年20年の間に自分の罪や至らなさを受け入れ……いや諦めを付け、綺麗に斬られることが出来るだろうか。
と、ここまで書いて思ったが、ピノコも、ブラック・ジャックを介して間接的に「切る」者ではあるな……。
全ての親が八百比丘尼なのか、私だけ八百比丘尼なのか。せめて、斬る側が痛まないよう、往生際は良くありたい。
ここからは完全に蛇足だけれども、針を置いたらあの海へ・町中華屋のマイコー のレオとたっちゃんも、19歳という1点を中心に廻る左近介と八百比丘尼である。(と、たっちゃんと私だけが思っている)
たっちゃんは怖かろう。
彼にとっちゃ、真剣を構えたかつての自分が懐いてきたようなものだ。
でも、それは主観的なものでしかないのだから、安心して幸せになって欲しい……
(私は作者であり読者というスタンスなので、自分で自分の作品の感想や考察を書きますし、キャラクターが実在の人物であるかのように扱います)
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