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雪国[Snow Country]①:冠詞theとaの使い分け

日本語で書かれた小説の英訳というジャンルにおける金字塔とも言うべき川端康成氏作・Edward George Seidensticker氏英訳作品の中から、代表作「雪国」の冒頭部分第一弾です。和英比較と注目ポイントの解説を通して、英語と日本語の仕組みの違いを意識してもらいながら、名著の英文をご紹介させていただきます。

いわゆる学校英語や学術英語で整理しきれていない部分を面白いと思っていただけると幸いです(閲覧して面白いと思った方は、コメントしていただけると、教材や答え合わせを今後公開する励みになります)。


[タイトル]雪国 / Snow Country

[本文:最初から](太字は私が入力)
❶国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
THE TRAIN came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay white under the night sky. The train pulled up at a signal stop.
 ※"THE TRAIN"は全て大文字になっていますが、特に意味はありません。
 ※冒頭の第1文は、絵に描いて和英の違いについて解説される文例としてよく用いられ、ご存知の方も多いはず。それ以外に、初出の名詞(句)にtheがつく点に注意。また、和文では汽車は3文目に主語として登場しますが、1文目では特に明示されているわけではありません。それが英文では、"the train"を1文目に主語として登場させている点にも注目(この点を無視した考察も多いようですが、何もないところから1文目の主語"the train"が創作されたわけではありません)。
 ※2文目は和英ともに実に詩的な表現で、考察はパス。

❷向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」
A girl who had been sitting on the other side of the car came over and opened the window in front of Shimamura. The snowy cold poured in. Leaning far out the window, the girl called to the station master as though he were a great distance away.
 ※この(葉子)は主要な登場人物の一人ですが、それでも初出だと"a girl"。一方で、冒頭の汽車は初出でも"the train"。単なる乗り物なのに、theでマーキングする必要があるほど重要?これが納得できるかどうか。後付けでなら私も何とか説明できる気がしますが、こうして使い分けされた英文を自分で書けるかと聞かれれば、そこまで自信はありません。
 ※"the girl called to the station master"の主語はsheでもいいように思いますが、現時点でShimamuraの性別が不明なのを考慮に入れたのかも。
 ※「駅長さあん、駅長さあん。」をSeidensticker氏は英訳せずに省略。「さあん」部分を英訳する難しさは理解できますし、和英間でセリフと発言者の表現方法の違いもあるようです。

❸明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。
The station master walked slowly over the snow, a lantern in his hand. His face was buried to the nose in a muffler, and the flaps of his cap were turned down over his ears.

❹もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。
It’s that cold, is it, thought Shimamura. Low, barracklike buildings that might have been railway dormitories were scattered here and there up the frozen slope of the mountain. The white of the snow fell away into the darkness some distance before it reached them.

❺「駅長さん、私です、御機嫌よろしゅうございます。」
“How are you?” the girl called out. “It’s Yoko.”
 ※"the girl called out"の主語がsheでもいいように思える点は❷と同じ。
 ※和文にはない"the girl called out."が英文で追加(和英間でのセリフ自体の微妙な違いにも注目)。別の記事「"The Old Man and the Sea"[老人と海]」を読んでいただければ分かると思いますが、英語の小説ではセリフの間に一定間隔で地の文を入れて発言者を明示する(主に主語で)のが基本のようです。ほぼ必須と言ってもいいかもしれません。英訳版「雪国」のこの部分でも、日本語にはない地の文をわざわざ入れるという手間をかけてまで発言者を明示しています。一方、「雪国」の日本語原文では、葉子と駅長の間の会話が地の文なしのセリフのみで10回以上続きます(どの小説でも必ずそうだとは言い切れませんが)、それで何の違和感もありません。セリフだけで性別・年齢・社会的立場などが伝えられる日本語ならではの特徴が英語との対比でよく分かる例だと私は思います。

❻「ああ、葉子さんじゃないか。お帰りかい。また寒くなったよ。」
“Yoko, is it. On your way back? It’s gotten cold again.”
 ※"is it."は"?"がついていないので付加疑問ではない点に注意

❼「弟が今度こちらに勤めさせていただいておりますのですってね。お世話さまですわ。」
“I understand my brother has come to work here. Thank you for all you’ve done.”
 ※和文では「弟」、英文では「兄弟」:日本語は弟か兄かの違いを区別するのが普通ですが、和英の文化の違い?


今回のご紹介は以上です。

川端康成氏による原文とエドワード・G・サイデンステッカー氏による英訳(特に英文での冠詞の使い分け)、いかがでしたか?

この続きの記事は以下をクリックしてご覧ください。

途中で言及した別記事「"The Old Man and the Sea"[老人と海]」はこちら


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