種のためという誤解

進化生物学や生態学の研究者の間でよく話題になるのが、"種のための行動(本能)"という誤解である。古くは、ディズニー映画でレミングが増えすぎたときに集団自殺をして種が絶滅することを防ぐとされた。日本の大学生を対象としたアンケートで、「生き物には、自分と同じ種族(仲間)を保とうとする性質があるか」という問いに対して、90%が肯定し、「生き物には、自分の子孫を増やそうとするよりも、自分と同じ種族(仲間)を保とうとする性質があるか」に対して、50%が肯定した(山野井ほか 2018)。さらに、レミングの「自殺」に関して、『種のため』との意味に解釈した学生は40%に及んだ。

 おそらく、生物の社会行動について問えば、『種(仲間)のため』という解釈をする割合はもっと多いだろう。そのひとつが、種にとっての利益である。たとえば、ミツバチの働きバチが産卵しないで女王バチを助けるのは、それが種にとっての利益を高める、種の存続のためだ、という議論である。しかし、これは間違いである。仮に、自分の繁殖を犠牲にして他者を助けるという社会性を獲得した集団が、社会性を持たない同種の個体よりも高い個体数増加速度となったとしても、社会性集団の中で自分自身の卵を産む突然変異が生じた場合に、そうした個体の増加を阻止できない。その結果、社会性は崩壊する。なぜ働きバチが女王バチを助けるのかという理由については血縁選択(Hamilton 1964)による仮説がもっとも説得力がある。
血縁選択説は、自分の遺伝子を最も多く残すことができるような行動が進化するというものである。生物は自分の子供を通じて遺伝子を残すだけでなく、兄弟姉妹など血縁者を通じても遺伝子を残すことができる。血縁度の大きさは、自分と子供の間では1/2、自分と兄弟姉妹の間では1/4なので同じ人数であれば自分の子供を残す方が有利だ。しかし、ハチやアリでは半数倍数体といって、メスが人と同じ2倍体なのに対してオスは1倍体である。その結果、血縁度は母と子の間では1/2だが姉妹(働きバチ)間では3/4となり、自分の子を産むより姉妹の世話をする方が有利になる。

私たちは生活を共にする家族でなくても、親戚に特別な対応をとる。さらに血縁関係がなくても居住地に本拠を置くスポーツチームを応援する傾向がある。オリンピックがその最たるものであろう。これらは文化的な背景によるものであるが、そうした思いが生物進化を理解する妨げになっている。

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