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Art と Science 漆工芸をささえるカシューナッツ

 金継ぎは、うるし(本うるし)を用いた日本の伝統文化の一つですが、最近は合成うるしを用いた現代版金継ぎが各所で行われていますね。
 合成うるしは、金継ぎだけでなく、日本の漆工芸を支える重要な塗料です。名前から、オール人工物なのかと思っていましたが、実はカシューナッツの実からとれる液が主原料であることを知りました。なので、合成うるしは、カシュ―塗料とも呼ばれます。

 合成うるしは、生物学的にも化学的にも、本うるしととても似ていることを知り、興味深くて感動しきりです。


カシューナッツもウルシ科の植物

 まず本家の本うるし(合成うるしと区別するため本うるしと書きます)は、ウルシの木(ウルシ科)の樹液です。ウルシの木に傷をつけて樹液を採ることを漆掻き(うるしかき)と呼ぶそうですが、ゴムの木からラテックスを採る手法ととても似ています。うるしの樹液にはこの他に、酵素ラッカーゼが含まれます。このラッカーゼの酵素反応によりゆっくりと重合し硬い樹脂になります。

うるしの樹皮に写真のように傷をつけ、樹液(本うるし)を採取する。
樹液の取り方はこれが世界標準?

 これに対して、合成うるしカシューナッツの実の殻から採取した液(カシューナッツシェル液:Cashiew Nuts Shell Liquid;CNSL)を主原料とし、これに重合開始剤(ヘキサメチレンテトラミン)を混合したものです。そして最近知りましたが、カシューナッツもウルシ科の植物なのです。

カシューナッツの実は2段構造の不思議な形。下部を割ると可食部の核(カーネル)とその周りを包む殻(ナットシェル)になっている。ナットシェルは食べられないのだが、そこから採取するのがCNSL。上部のカシュ―アップルは地元ではジャムにするそう。

カシュ―ナットシェル液を発見したのは日本人

 合成うるしはニセモノと表現されることもあるようですが、9割のうるしを中国からの輸入に頼っていた戦後日本のうるし不足を解消した、うるし産業の救世主と言われています。CNSLは1948年に現在のカシュー株式会社の初代社長がうるしの研究で渡米した際に、偶然うるし液に酷似したこの液を発見しました。その後、戦争を乗り越えてカシュ―塗料(合成うるし)を発明、特許を取得したそうです。 

両者とも主成分はフェノール類

 うるしの樹液とCNSLは、同じうるし科の植物から得たということにとどまらず、両者の主成分も化学的に非常に似ています。具体的に見てみます。
 ウルシの樹液の成分は、ウルシオールで、2つのOH基を持つフェノール類です。フェノール類とは、ベンゼン環に直接OH基(ヒドロキシ基)がついた芳香族化合物です。側鎖の炭素数は15。0〜3個の不飽和結合を含みます。このウルシオールがかぶれの原因です。

 一方の、カシューナッツ殻液であるCNSLは約90%のアナカルド酸と10%のカルドールです。アナカルド酸は加熱によりカルダノールという物質になります。ウルシオールに似て側鎖R'の炭素数は15。1〜3の不飽和結合を持ちます。このカルドールとカルダノールが樹脂を形成する単量体です。
 

ウルシオールと、カルドール、カルダノール、分子の形が酷似していますね!

つながり方も似ている

  これらフェノール類の分子がつながって、最終的に三次元の網目構造を持つ緻密な樹脂(ポリマー)となるところも以下のように似ています。本うるしも合成うるしも、フェノール類がつながってできた樹脂、つまりフェノール樹脂の一種なのですね。

<本うるし>
 酵素ラッカーゼにより、ウルシオールどうしが重合していきます。側鎖Rどうしも空気中の酸素により酸化されてつながり、網目構造をつくっていきます。

<合成うるし>
 ホルムアルデヒドHCHO(硬化剤のヘキサメチレンテトラミンの分解で生じる)により、カルドールとカルダノールが重合します(図の黄色部分)。側鎖R'どうしもつながり、こちらも三次元網目構造を持つ緻密な樹脂になります。

 合成うるしは、本うるしよりも塗装作業が楽で、出来上がりも本うるしに劣らず、耐久性は本うるしをしのぐほど優秀です。さらにカシューナッツの非可食部分を無駄なく活用しており、SDGs的にも素晴らしい塗料です。
 年末年始、漆器を見る機会が増えると思います。ぜひ美しいつやと光沢を観察してみて下さい。 

 


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