りかせん

元半導体設計エンジニア、現在は理科教員の40代母です。東日本大震災を機に、未来を担う若…

りかせん

元半導体設計エンジニア、現在は理科教員の40代母です。東日本大震災を機に、未来を担う若者に科学をもっと!という思いから理科教員(専門は化学)に転職。現在は中高一貫校に勤務。暮らしの中にある身近なものたちを、ちょこっと理科的目線でみた記事を発信していきます。

マガジン

  • #先生と転職

    教員免許なしエンジニアから、中高一貫校の教員になるまでの波乱のあれこれをまとめています。転職して教員になった、反対に教員から転職された方々の記事もまとめていきます。なぜ、あのとき先生になろうと思ったのか、先生をやめようと思ったのか、そこにはひとつひとつ深い思いがあるはずです。

最近の記事

7月のやってみた アラフィフ母、今年も空調服を着る

 こんにちは。夏休みが終わりました。悲しいです。でも「せんせぇ〜、ひさしぶり〜」と手を振ってもらえるのはありがたいことです。  さて去年に引き続き、この夏も活躍しました、空調服。夏の合宿引率は、私の場合科学部なので、野、山、森、川とフィールドワークが多く、生徒たちはまだしも、40代にはこたえます!ひたすら暑い!そんなとき、常に首筋と脇に風を浴びながら動けるので、バテずに動けます、頼りになりました。  そんな相棒に感謝の意をこめて、今日は空調服についてちょびっと理科的目線も交

    • noteに書いたことは授業のネタになる

       noteを始めて1ヶ月経ちました!しかし記事があまり読まれません…笑  遅めに教員になったのでここ数年はインプット量の方が圧倒的に多かったのです。授業でのアウトプットはもちろん日々ありますが、何も制限のない中でのアウトプットが苦手なことに気がついて、とにかく今年はアウトプットの年にしようと決めました。はじめから面白い記事が書けるなんて思わずにはじめたので、これも想定内です♪  そんな中でもスキを下さる方々、本当にありがとうございます。励みになります。  読んでいただけたらウ

      • 【つれづれ】試験監督中にやること

         定期考査の試験監督中は、教員は生徒の様子を見守るために50分なり教室内にいるわけですが、実は試験開始したらけっこうヒマになってしまいます。だって、内職もできないですし。当然ですけれどね、不正防止や筆記用具落とした子、体調不良の子に気がつかなくなりますから…。片づけたい仕事は山ほどあるけれど、わが校は仕事してはいけない規定になっています。ただひたすら見守れと。  中1なんかは、おこちゃまなので、本当によく筆記用具やら試験問題やらバサバサ落とします(笑)。だから結構出番があり忙

        • 染め物にハマる① 紅花染め

          染め物はとっても化学  染め物って楽しいですよね。高校で有機化学に入ると、ほどなくしてオレンジ色の人工染料であるアゾ化合物を学びます。-N=N-の部分構造をアゾ基と呼びますが、この構造をもつ有機化合物はオレンジ色を呈するのです。それはそれで面白いのですが、実は実は、その後ろにちょろっと出てくる「天然染料」のコラムが実に奥深く美しいのですよ。動植物が生まれながらに持つ色(色素)が有機化合物であり、固有の構造をもつことに深く感動しきりの今日この頃です。いつか教科書のコラムだけで

        7月のやってみた アラフィフ母、今年も空調服を着る

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        • #先生と転職
          4本

        記事

          エンジニアから理科の先生になるまで②教員免許とらなきゃ!

          こんにちは。「エンジニアから理科の先生になるまで」第2回です。  よく、転職して教員になったという話をすると、「教員免許もってたんだね」と言われます。いいえ、持っていませんでした。大学生のころは教員になろうなんてこれっぽっちも思っていなかったのです。むしろ先生は苦手な人種ですらありました…。教員になろうと思ったとき、あ~取っておけば良かったと一瞬だけ思いましたが、使うかどうかも分からない免許を、忙しい現場の先生の手を煩わせて取るほどではないし、大学時代、他にやりたいことある

          エンジニアから理科の先生になるまで②教員免許とらなきゃ!

          エンジニアから理科の先生になるまで③大量の教科書に心折れる

          こんにちは。「エンジニアから理科の先生になるまで」第3回です。 のろのろスタート 免許取得に向けての日々がスタート。やる気に満ち溢れて始まったわけではなかった。3月に教科書がどっさり届いた。あまりの多さに圧倒されて、勢いで入学したことに少々後悔。やっぱりこれ無理かも…と心折れてつぶやいたら夫に、もったいないからやりなさいよ~♪と笑われ、のろのろスタート。 結局はじめは2年間で取るつもりが、2013~2016まで、3年間年かかってしまった。子育てしながら、仕事しながら(〆切

          エンジニアから理科の先生になるまで③大量の教科書に心折れる

          エンジニアから理科の先生になるまで①きっかけ

          こんにちは。りかせんです。 「エンジニアから理科の先生になるまで」第1回です。 思い出されるシーン 教壇に初めて立ったのが今から約9年前です。それ以降、なぜ先生になったの?と聞かれる機会が何度もありました。ホント、色々あってね … と、どこから話そうか思案するといつもあるシーンが思い出されることに最近気がつきました。それは、産休で里帰り中だった私が、生後1か月の次男と、3歳の長男とお昼寝をしようとしているところ。実家の和室には、母が昔使っていた立派な琴が壁に立てかけられ

          エンジニアから理科の先生になるまで①きっかけ

          【自己紹介】エンジニアから理科の先生になるまで

          はじめまして、りかせんと申します。34歳で会社を辞め、36歳で理科教員に転職しました。専門は化学です。31歳のとき、先生になろうと思った(なぜ思ったのかは別記事で)けれど、教員免許がなかった(!)ので、エンジニアを続けながら、通信大学で中高理科の免許をとりました。息子たちは当時は乳幼児、夫や母に見てもらいながら、講義をうけレポートを書き、30代半ばで20代の若者に混ざり、教育実習もしました。30代の勢いのあるうちに方針転換しておいて本当に良かった、と40代半ばになった今つくづ

          【自己紹介】エンジニアから理科の先生になるまで