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SDGsと先住民族の権利①〜「誰一人取り残さない」はリップサービスでしかない〜

[基本情報]#先住民族  #人権 #SDGs #世界の先住民の国際デー

先住民族、先住民、先住の民、少数民族…と聞くと、どんなイメージをお持ちでしょうか。「SDGs(国連持続可能な開発目標)」を推進する上では考慮しなければならない、最も脆弱なライツホルダーのひとつですが、日本では、「先住民族の権利」を身近な人権課題として議論するのが難しいかもしれません。

8月9日の「世界の先住民の国際デー(International Day of the World's Indigenous Peoples)」の前に、先住民族に焦点を当てて、いくつか記事を書いていきます。今回は、まずは基本的な定義・概念を見ていきましょう。

「先住民族」とは?

「先住民族」とは、国際労働機関(ILO)の「 独立国における原住民及び種族民に関する条約(第169号)」では、以下のように定義されています。

1 この条約は、次の者について適用する。
 (a) 独立国における種族民で、その社会的、文化的及び経済的状態によりその国の共同社会の他の部類の者と区別され、かつ、その地位が、自己の慣習若しくは伝統により又は特別の法令によって全部又は一部規制されているもの
 (b) 独立国における人民で、征服、植民又は現在の国境の確立の時に当該国又は当該国が地理的に属する地域に居住していた住民の子孫であるため原住民とみなされ、かつ、法律上の地位のいかんを問わず、自己の社会的、経済的、文化的及び政治的制度の一部又は全部を保持しているもの
2 原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる。

しかし、こうした「先住民族」の定義が、国際的に認知されていないことが、彼らの権利が尊重されない原因になっています。日本語で考えると、似たような使われ方をする「少数民族」というキーワードもあります。どんな違いがあるのでしょうか。

「先住民族」と「少数民族」の違い

英語の"indigenous people"や"native people"という言葉は、日本語の公式文書では「先住民族」と訳されることが多いです。一方、"minority group"や"ethnic minority"を表す「少数民族」と訳しています。

これらを混同して使えない理由として、「求めている権利の違い」が挙げられます。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の定義をもとに、少し解説したいと思います。

まず、「先住民族」と「少数民族」の共通点は、以下3つです。

●自分たちが暮らす社会の中で非支配的な立場にある
●その文化、言語、宗教的信条が、多数派や支配的なグループと異なる
●「自分たちのアイデンティティーを保持し、促進したい」と考えていること

次に、「先住民族」と「少数民族」の相違点を、権利ベースで見てみましょう。

<少数民族として求める権利>
●少数民族は、「伝統的に、集団としての存在が保護され、アイデンティティが認められ、公共生活に効果的に参加し、文化的、宗教的、言語的な多元性が尊重される権利」を求めています。

<先住民族として求める権利>
●少数民族が求める「伝統的に、集団としての存在が保護され、アイデンティティが認められ、公共生活に効果的に参加し、文化的、宗教的、言語的な多元性が尊重される権利」に加えて、「土地や資源に関する権利の認識、自己決定、自分たちに影響を与える問題の意思決定に参加する権利」も主張しています。

彼らの権利を尊重するために策定された国連宣言の内容も、確認してみましょう。

<民族的又は種族的、宗教的及び言語的少数者に属する者の権利に関する宣言(少数者の権利宣言) (1992年12月18日採択)>
●「国家の計画や計画において、意思決定に参加する権利や、少数民族に属する人々の正当な利益を考慮に入れること」を国に求める。

<先住民族の権利に関する国際連合宣言(2007年9月13日採択)>
●「先住民族に影響を与える可能性のある開発事業を行う前に、先住民族と協議し、協力して、先住民族の自由で、事前のインフォームド・コンセントを得ること」を国に求める。

「自由で、事前のインフォームド・コンセント」とは、英語で"free, prior and informed consent"を表し、FPIC原則と言われます。土地・資源の権利(強制立ち退きを受けない権利も含む)や自己決定の権利とともに、先住民族の権利として重要で、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」に反映される原則です。現在も、国際援助機関、各国政府、企業による先住民族の意思を無視した開発プロジェクトが多いため、全てのステークホルダーは、影響のある場所に住む先住民族との協議を行い、プロジェクトの意思決定プロセスに先住民族も参加することを義務とする原則です。

SDGsの推進にあたっては、先住民族も少数民族も、どちらも権利を尊重されるべき主体です。それぞれが主張している権利を理解し、重要なキーワードを区別して使っていくことも、彼らの権利を尊重する方法です

本記事では、「ビジネスと人権」をテーマにして解説するために、企業活動によって侵されやすい「土地や資源に対する権利」を求める「先住民族」に焦点を当てていきます。

では、次に、どれくらいの「先住民族」が世界に存在していて、どんな暮らしをしているのか、見ていきましょう。

先住民族の7割はアジア、8割は中所得国に

現在、世界の人口の6.2%・約4億7,660万人(ちょうど米国とカナダを合わせたくらいの人口規模)の先住民族が、世界90カ国以上に暮らしています。90カ国のうち、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に批准している国は、23カ国しかありません。つまり、多くの先住民族が、自らの人権が保障され得る法的枠組みの整っていない環境で生活しています。

<先住民族の分布状況>
アジア・太平洋地域に70.5%、アフリカ地域に16.3%、ラテンアメリカ・カリブ地域に11.5%、北米に1.6%、ヨーロッパ・中央アジア地域に0.1%の先住民族。
約8割にあたる3億8,700万人は中所得国に、16%は低所得国に、2.7%は高所得国に居住。低所得国では全人口の10.1%が先住民族。
●最近の傾向として、都市に住む先住民族が増加中。アフリカ地域は82.1%、アジア・太平洋地域72.8%、ヨーロッパ・中央アジア地域は66.4%の先住民族が地方に居住。一方、ラテンアメリカ・カリブ地域に住む先住民族の52.2%、北米の69%は都市に居住。(ILOレポート、2019年)

「都市に住む先住民族が増えている」とは自らの意思で移住した場合もあれば、政府・企業の開発プロジェクトによる強制移住の犠牲者になっている場合もあります。もしくは、国家の経済システムから阻害されていることが理由で、収入を得るために移住したり、より高いレベルでの教育を受けるために都市で暮らす人も多いです。

先住民族の移住が進むことで、他の民族との交わりが増え、同一民族のみで構成される家族は減少します。それは、必ずしも「私は先住民族です」というアイデンティティを持つ人ばかりではない、ということを意味します。これが、先住民族の統計データを取るのが難しいところです。様々な人種が混ざり合うことで、「私は先住民族にルーツがあります」という人は増えていますが、先住民族かどうかは、一人ひとりの帰属意識によるものです。

日本の先住民族である、アイヌ民族や琉球・沖縄民族

日本の先住民族といえば、「アイヌ民族」や「琉球・沖縄民族」ですが、日本政府は、1997年の「アイヌ文化振興法」のもと、アイヌ民族を先住民族と認めましたが、琉球民族は認定していません。

これに対し、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)、国連自由権規約委員会、国連人種差別撤廃委員会、国連人権委員会など国連の専門家は、何度も日本に対し、琉球・沖縄民族も「先住民族」だと認めること、アイヌ民族に関する既存の法的枠組みが不十分であること、と日本政府に勧告しています。

「誰一人取り残さない」はリップサービスでは?

SDGsの本質は「人権」です。ゴールやターゲットにたとえ明示的に「〜の権利」と言及されていないとしても、内容は人権尊重を意味しています。その「人権」には、もちろん先住民族の権利も含まれますが、2030年までに先住民族の権利が保障されるようになるのでしょうか。「誰一人取り残さない(leave no one behind)」と誓っていますが、先住民族の人びとはどう感じているのでしょうか。

”(誰一人取り残さない)この偉大な共同の旅に乗り出すにあたり、我々は誰も取り残されないことを誓う。人々の尊厳は基本的なものであるとの認識の下に、目標とターゲットが すべての国、すべての人々及び社会のすべての部分で満たされることを望む。そして我々は、 最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する。”(持続可能な開発のための 2030 アジェンダ外務省仮訳

先住民族の代表者たちは、SDGsについて、「先住民族が自分たちの領土を確保した上で、国際機関・各国政府・企業が主導する開発プロジェクトが、先住民族が同意のもと、持続可能な条件で行われない限り、"誰一人取り残さない"というSDGsの誓いは、リップサービスのままである」と批判しています。(持続可能な開発のための先住民族メジャーグループによるポジションペーパー, 2020年7月リリース)

多くの先住民族は、自分たちの存在の"Invisibility(不可視性, 見えない存在)"を国際社会に主張してきました。多くの国の公共政策において、「先住民族とは誰か」といった定義が浸透せず、政策立案者は適切な統計データの収集や先住民族のための政策設計に対処できていません。それによって、格差が是正されず、貧困状態にある先住民族に対し、救済措置が取られていません。

つい先日行われた、持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム(HLPF)2020では、ペルーの先住民族ケチュア族の女性活動家タルシア・リベラ・セアは次のように語っています。

”(先住民族の権利が無視されたまま進められるような)これまでの経済開発の方法を変えていくために、先住民族のコミュニティはこれまで以上に団結し、正義を求めて戦わなければなりません。企業は、経済的な利益を得たいのであれば、人権尊重の倫理基準を採用すべきです。水や空気は私たちの生活資源であり、先住民族から土地を奪取する活動をやめるべきです。”(動画配信:Delivering results for not leaving indigenous peoples behind: COVID-19 responses and beyond、2020年7月7日

まとめ

人権侵害に苦しむ先住民族の人びとの多くは、企業活動が自分たちの人権を脅かしていると認識しています。代表的な産業としては、採掘産業、農業、道路や河川など大規模インフラ、水力発電ダムですが、最近では再生可能エネルギー開発の現場でも先住民族の土地が奪われています。(詳細な事例は、追って紹介します)

現地政府が「ビジネスと人権に関する指導原則」で求められる義務を果たしていない場合でも、企業は「(いかなる状況においても)どこで活動を行う場合でも、適用可能なすべての法令を遵守し、国際的に承認された人権を尊重する」ことが求められています。

先住民族の権利を尊重するために、企業としては、「誰一人取り残さない」という誓いを実行すべく、彼らが政府に認められていない権利がある状況であると理解し、本来守られるべき権利とは何かを理解して、言動を起こすことが重要です。

Social Connection for Human Rights/ 鈴木 真代

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