デジタルと人権①〜通信大手モビスター社のサイバーいじめ防止キャンペーン〜
[デジタルと人権/サイバーいじめ/企業の好事例]
コロナ禍で対面よりもオンラインでのコミュニケーションがますます増加する中、子どもたちがサイバーいじめ被害に遭うリスクが高まっています。本記事では、スペインの通信会社モビスター社が、2017年から実施しているデジタルにまつわる人権問題を防止するために行っているキャンペーンを紹介します。
サイバーいじめに対する通信会社としての社会的責任
モビスター社は、中南米やスペインなど17カ国で幅広く通信事業を展開するグローバルな企業です。
通信会社が取り組むべき社会課題は、インターネット・サービスへのアクセス権の向上、デジタル・リテラシーの向上、インターネット犯罪対策、プライバシーの権利や、サイバーいじめ、e-waste(電子廃棄物)など、数多く存在します。
そのうち、2017年以降、サイバーいじめ防止に特に注力してきました。モビスター社の広告キャンペーンの責任者は、こう語ります。
「通信業界としては、サイバーいじめ防止のための議論を換気し、インターネットを利用して、より良い生活ができるよう、社会全体のコミットメントを促したい」
(参照:MOVISTAR CONTINÚA CONCIENTIZANDO SOBRE EL CIBERBULLYING)
つまり、子ども達の間で携帯電話が普及することで利用率が高まった一方で、いじめや犯罪が増えることに対して、携帯電話を介して通信事業を営む企業として、副次的に発生した問題を解決に導くためあらゆるキャンペーンを展開しています。
これまでにモビスター社が実施してきたキャンペーンを紹介します。
1. サイバーいじめの被害者の長期的なトラウマを伝えるCM(2020年)
2. 被害者が声をあげ、親の気付きを促すCM(2018年)
3. インターネット犯罪に警鐘を鳴らすプラットフォーム創設(2017年)
1. サイバーいじめの被害者が抱える苦悩を伝えるCM(2020年)
2020年5月17日「インターネットの日」に開始した、”No Más Ciberbullying”(スペイン語で「サイバーいじめを無くそう!」)というキャンペーンは、消費者に対し、特に、学齢期の子どもや青年に対し、責任あるテクノロジー利用に関する意識啓発を行うことを目的としています。
子どもたちや青年達は、常にお互いにSNSで繋がっていることから、細心の注意を払わなくてはならない状況です。特に、COVID-19の感染予防のための隔離生活が原因でインターネット利用率は増加しており(例えば、アルゼンチンではCOVID-19によるロックダウン後、インターネット利用率が35%増)、SNSの利用時間も増加していることで、サイバーいじめに遭う確率が高まり、いじめが長期化することや、将来被害者がその影響に苦しむことが懸念されています。
本動画では、4人のサイバーいじめの被害者が登場します。(字幕を日本語にすると以下の通り)
・アウラは、誹謗中傷のメッセージを受け、その後9年間トラウマに苦しんでいます
・パブロは、未だに、携帯の通知が鳴ると恐怖に怯えています
・フアナは、いじめを受けて6年間経ちましたが、当時拡散された動画のことが頭から離れません
・フェデは、サイバーいじめが原因で8年間拒食症に苦しんでいます
2. 被害者が声をあげ、親の気付きを促すCM(2018年)
2018年には、アルゼンチンのデジタルエージェンシーWunderman社と提携し、「親や教師が気づかないことが問題である」とメッセージ性のあるCMを発表しました。10代の若者に助けを求めるよう促したり、親に子供がいじめられている兆候を認識することを強調し、このキャンペーンを機に、議論を巻き起こし、注意喚起を促すことを目的としています。
学校でのいじめが家庭での行動にどのような影響を与えるか、映像で表現しており、エンディングは親の視点と子どもの視点に分かれています。視聴者が自分の携帯電話を回転させて、同じストーリーを2つの異なる視点で見ることができる、インタラクティブな機能を使ったのが画期的だとして、技術的にも話題になりました。
3.サイバーいじめやインターネット犯罪に警鐘を鳴らすプラットフォーム創設(2017年)
デジタルトランスフォーメーションが進む中、生活の利便性が当たり前のように向上しましたが、ヨーロッパではその技術的進歩による不確実性のうち、「プライバシーの尊重」に関する議論が盛んになっています。モビスター社は、この問題の関心の高さについて、通信会社として取り組むべき社会課題と捉え、2017年2月9日「安全なインターネットの日」に、サイバー犯罪の専門家が最新のトレンドや懸念事項について議論するためのプラットフォームDialogando.comを開設しました。
当初はブラジルの消費者向けに開設し、4年経った現在は、サービス提供国であるラテンアメリカ諸国のほとんどの国に全てに対して、ウェブサイトが存在します。国別のウェブサイトでは、各国のサイバー犯罪の専門家、ICT領域の専門医、教育者、ジャーナリストなどが、子どもを持つ親や教師、青年、高齢者に向けて、コンテンツを発信しています。(もちろん、視聴覚や聴覚に障害のある人にも対応)
<Dialogando.comの主なコンテンツ>
例えば、コロンビア向けの最新のウェブサイトには、以下のような様々な問題を取り扱っています。
1)サステナビリティ:環境効率、創造的経済、社会的責任
2)イノベーション:新技術、健康テック、トレンド
3)デジタル・アイデンティティ:教育とデジタル能力、コネクテッドジェネレーション、ライブラリー
4)利活用:デジタルアクティビズム、エンターテイメント、人間関係
5)セキュリティ:サイバー犯罪、不適切な内容、インターネット保護
(出所:Dialogando.com.co)
親会社テレフォニカ社の子どもの権利に対する取組み方針
モビスター社の熱心な取り組みには、親会社であるテレフォニカ社の人権方針(2019年に改訂)が大きく影響しています。テレフォニカ社は、人権デューデリジェンスの実施は当然ですが、事業のインパクト評価において要注意すべき人権課題に関する優先順位を、下図のように選定しています。
(出所:テレフォニカ社ウェブサイト 人権ページ)
テレフォニカ社は、あらゆるライツホルダーのうち、子どもや若者などの脆弱層の権利保護に重点を置いており、「子どもの権利とビジネス原則(CRBP)」(国連グローバル・コンパクト、セーブ・ザ・チルドレン、国連児童基金(ユニセフ)が2012年3月に発表)に明確なコミットメントを示した上で、児童労働の禁止に関する取り組みだけではなく、子どもの権利保護に関するグローバルなビジョンの策定、商品・サービスの開発プロセスやマーケティング・広告における配慮などを掲げています。
(出所:テレフォニカ社ウェブサイト 人権ページ)
まとめ
グローバルに事業を展開する企業であればあるほど、常に社会の関心の高い課題に対して積極的に取り組んでいく責任があります。ビジネスと人権に関する領域では、経済・社会・文化の変化により、世論の関心が急に高まることもありますし、新しいテーマが急に湧いてくることもあります。
企業にとって取り組むべき社会課題は年々増えているように感じるかもしれませんが、モビスター社のように、「サイバーいじめ(cyber-bullying)」という年々深刻化する課題について、数年間かけて、あらゆるステークホルダー(各国の専門家やアクティビスト)と協働し、国や地域を超えた啓発キャンペーンを続け、問題提起、議論喚起、解決策の提案までリードしていくことは、まさに、グローバルな企業に求められているアクションです。
「デジタルと人権」の領域では、人権課題解決のための技術が注目されがちですが、技術開発に優れた企業であったとしても、人権課題を解決するためには、技術だけではなく、ライツホルダー目線の発言力が期待されています。
そして、親会社が「ビジネスと人権指導原則」に則って人権方針を策定した場合、子会社とそのサプライチェーン全体に普及するためには、指示するというよりも、同じフィールドで協働していくこと求められています。
Social Connection for Human Rights/鈴木 真代
Social Connection for Human Rights(SCHR)
〜Bridge All for Responsible Business〜
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■本記事の参考サイト:
<モビスター社に関する記事>
●"Privacidad, ciberacoso, basura electrónica… ¿Qué te preocupa? Movistar responde"(2017年2月6日、テレフォニカ社ウェブサイト)
●"MOVISTAR CONTINÚA CONCIENTIZANDO SOBRE EL CIBERBULLYING"(2020年9月18日、Tres Mandamientos)
<子どもの権利とビジネス原則>
●「子どもの権利とビジネス原則(CRBP)とは」(セーブ・ザ・チルドレンのウェブサイト)
●国連グローバル・コンパクト、セーブ・ザ・チルドレン、国連児童基金(ユニセフ)「子どもの権利とビジネス原則」(2012年3月発表)
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