からくれなゐ
花敷の裾そやすらふみづ浸ててみよしのの山辺よりたつ鳥
読経のこゑそこひびくその僧都眉根薄かり白妙巾巻
僧兵数千人したがへきとぞ三井寺が石燈籠群へ彫る羽孔雀
をみな一人盲ひて晩鐘のみなぞこへ聞こゆ、琵琶みづうみゆ
夜叉婦図へ髪ふりみだし著し。衾着へはだれなす遅時雨
勿忘草ゆくへへうすむらさきに明りをりし世の終始を結ひて
暗闇へ戰災の町町火の粉巻きぬかならず阿鼻叫喚すはわれら
風雅へとなだるとも沖縄へ焦土 國之爲の國とはたれか
防疫兵なりし医師らは放射線写真室へと鉛の扉閉ぢ
人体実験所々長は種の特徴を統計室へ、その數の死を
地獄町鐘町鳴れる一〇八つの晩鐘ききてかへらずの母
下町へ火炎弾降りははうへは総身繃帯へとくるまれり
壮行會へ止まりき列車徴兵の祖の帽へと雨ずぶ濡つ
状況とは誰よりいづる硝子窓へ障子紙張りめぐらむ家主
防火用水櫓へ顏しづむやけ爛れたる背を丸め数多なきがら
火の海となりき本土空襲古町に古河流れし みづかばね
敵の敵も敵なれば緘口令に辞典の文字の消ぬ 墨塗す
鬼畜日帝 その辞こそ享く侵略にかつて國発つ師団のありき
喪はるかな嫡子をのこごなれば兵学校地獄へかどはかされて
國體の何なる八重九重に山櫻静もれるさへも無縁かな
特攻兵魘夢ののち散りぬ御國はほどろなる窓の雪へ靜もる
睨め起てる靑年はそのかみ軍人なりし兵帽に鋭き耳翼もて
國家へも君にもまつろはず ちやらちやらの底浅き戰争へ征くや靑年
記憶の部屋 八ミリ白黑フィルムうづたかく猖獗の歴史しるしぬ
レイテより華々しき戦果報告届きたり。死者総数およそ一万
死者の箱納めたるはマラリアと飢餓へ死亡す その膚、肋骨
繰り返せる歴史とは 国防を声高にいふは議員章つける
やすつぽき尊厳を説くみづからを自嘲せり。されど木阿弥の盲も
戒厳令ははじまつてゐる千万の言挙げを憲兵は睨みて
戰争のきのふへ忘れ草明けてからくれなゐの唐こそ憎め、とよ
金管の響くたまゆら紀伊國が三井寺へあかき山門たてり
春來らば告げよ名跡を山櫻累たりしかばねへはなふりやまず
釈迦牟尼法蓮華より起ちしのちはなのうてなへむすぶ白露
イエス死して選べるみづは 叢書にありぬ出埃及の一人
選民こそは代理人はたらきてはたらきぬ進學塾講師、生徒、蟻地獄
富籤なし 御利益にふふらまずは山越の阿弥陀こそを恃むも
選ばれしめられざりしものは銃密造す暗殺事件きのふ 草さむ
山口県熊毛郡大和町へ伊藤博文邸ありき、末の襤褸菊
必然の歴史へ絡繰糸見えず自動人形さびて 機械黎明
世間をちろり過ぐるは蛍火そこころ悶ゆる靑き火炎図そ
花藻屑ゆくへしれずのをみなありて巖清水ふる山瀧あらむ
出征兵かへらず春のさくらばな骨のしろきへ降り積もるかな
懸崖の菊へと海芋ひともとはつきたちぬ詰襟の色なす
幻視詩集エドガー・アラン・ポオの時計塔〇時へとかへらむを刻みぬ
闘争に乾きぬマルクス資本論より五月の列車急停止せる
労働争議いつしか止みぬ郎党のひとくくりに馘されて靑年
撃たば撃たるる されどもいはむ売國奴と買國奴はひともとの苗なしき
凶行とはすずしきをとこ元・大臣射殺せるのち牢獄を辞さず
いつかは今なりしかは戰時内閣寫眞へ墨摺りの顏・顏・顏
議員章あまねくは菊違へゐて抱擁の襟と襟すれちがひ、