見出し画像

2022年日本映画市場考察①〜洋画と邦画のあいだに出来た明らかな格差〜

全4回にわたって「全米ボックスオフィス考察」をお届けしてきましたが、その中で全米の映画館ビジネスはコロナ前の正常期に比べ、2022年は約6割のところまで回復してきている、と書きました。全米市場は一時期は全盛期の20%まで興収が落ち込むなど壊滅的な被害を受けましたが、それに対して日本の映画市場はどうでしょうか。いろいろな角度から分析してみたいと思います。

アメリカに比べれば日本市場の回復具合は早い

結論から言えば、日本の映画館ビジネスは2022年に急速な回復を遂げました。「日本映画製作者連盟」が発表した公式資料によれば、2022年の年間興行収入は2131億円で、昨対比131%でした。これは2015年(2171億円)に匹敵する数字で、全体の稼ぎだけ見れば、日本の映画館ビジネスはすでにコロナ前の水準にまで戻ってきていると言えます。

2010年代以降の年間興行収入推移
※日本映画製作者連盟発表資料より ※単位は百万円

ただし、2010年代に入り、右肩上がりで成長を続けていた日本市場は、2019年のピーク時には2618億円という過去最高の興行収入をあげていました。これからさらなる成長を…と期待していた矢先のパンデミック襲来だったのです。その意味では、2022年に記録した2131億円という数字も、まだ回復の途上に過ぎません。

コロナ前後で日本映画市場は大きく変化した

年間興行収入の数字だけで判断すれば、日本の映画市場はコロナ前の水準に「戻った」と見えるかもしれません。しかし実際には、いろいろな意味で市場は一変してしまいました。いったい何が、どう変わったのか、考察していきたいと思います。

まずは邦画と洋画の勢力関係についてです。いわゆる洋高邦低の時代は2000年代中盤で終わりを告げ、日本では国内産の映画が人気を博すようになりました。

2000年以降の洋画・邦画シェア推移
※日本映画製作者連盟発表資料より

とはいえ、洋画も浮き沈みこそあるものの、2019年には3本の100億円超特大ヒット作を輩出するなど、邦画に負けない人気を誇っていました。しかし、コロナ禍を経て、その人気には明らかな格差が生まれます。

コロナが直撃しながらも『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が記録的ヒットとなった2020年、邦画と洋画の興収格差は過去最大の752億円まで拡大します。そして翌年、市場のゆるやかな正常化とともに邦画マーケットも回復の兆しを見せますが、ハリウッドからの供給がストップしたままの洋画は引き続き停滞。その格差はさらに947億円まで広がってしまいます。

かつて2002年、『ハリー・ポッターと賢者の石』の特大ヒット(203億円)もあり、洋画の興収が邦画を900億円上回っていたこともありました。その頃からすれば完全な主従の逆転です。

そして2022年、洋画マーケットにもようやく希望の光が差し込みます。『トップガン マーヴェリック』が135億円超の特大ヒットとなり、ひさびさに洋画が市場の主役となったのです。しかしそれでも、年間の興収では洋画が665億円、邦画が1,465億円で、その差は800億円と開いたままです。

洋画と邦画の格差はどこで生まれているのか?

その差がどこで生じているのかを探るため、まずは洋画・邦画それぞれの公開本数を見てみましょう。

2000年以降の洋画・邦画の公開本数 推移
※日本映画製作者連盟発表資料より

世界でもっとも多くの映画が観られると言われる日本市場、この20年の公開本数の推移を見るとその所以がよくわかります。ピーク時の2019年には洋邦あわせて1,278本もの映画が公開されています。

不思議なことに、コロナ禍の2020年にも、その数は1,017と実はそれほど減少していません。映画館の休館など厳しい状況にもかかわらず、これだけ多くの映画が上映されていたのです。

まずはシンプルに、洋画と邦画の公開本数を見比べてみましょう。上のグラフをご覧いただくとわかるとおり、実は2020年、2021年において洋画と邦画の公開本数にそれほど大きな違いはありません。ほぼ同じ本数が公開されているにもかかわらず、興行収入では大きな格差が生じている…ということで、それだけ邦画の人気が高いことを証明しているとも言えます。ただ、それにしても格差が大きすぎる気がしますので、もう少しデータを深堀りしてみます。

今度は「興行収入を見守りたい」サイト※のデータを参照して、「拡大公開された」洋画・邦画の公開本数を見比べてみましょう。

※「興行収入を見守りたい」サイト
インターネット上の各シネコンサイトの映画チケット販売ページを専用のプログラムでで収集し、その取得データを元に各作品毎の座席販売数などを随時更新しています。

興行収入を見守りたいサイトの説明より
10万席以上で公開された洋画・邦画の本数 推移
※興行収入を見守りたいサイトデータより

ざっくりではありますが、興行収入を見守りたいサイトデータにおいて、初日に10万席以上を確保している映画を「拡大公開」と定義することにします。2022年公開で言うと、洋画は『ハウス・オブ・グッチ』『ザ・ロストシティ』、邦画は『ある男』『映画 五等分の花嫁』あたりがちょうど10万席超あたりの公開規模になります。

その「拡大公開」のみに絞ってみると、公開本数は洋画と邦画で大きな差が生まれていることがわかります。2022年は洋画36本に対し、邦画は倍以上となる77本が拡大公開されているのです。

ということで、邦画はすでに「供給」においてもコロナ前の水準に戻っていると言えますが、洋画はまだまだ回復ペースが遅いということがわかります。『トップガン マーヴェリック』や『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』『ミニオンズ』など話題作が多数公開されたことで、洋画の供給ペースも回復したように見えますが、これらはコロナ前から製作が開始されていた作品であり、全体的にはまだコロナの影響が色濃く残っていると言わざるをえないでしょう。

次に、同じく10万席以上の拡大公開作品の「チケット販売数の中央値」を見てみます。拡大公開される洋画・邦画がそれぞれ1本あたり初日にどのくらいのチケットを販売するのか、その目安となります。

10万席以上で公開された洋画・邦画の販売数中央値 推移
※興行収入を見守りたいサイトデータより

これによると2020年、2021年は洋画にとって最も厳しい年だったことがわかります。ちなみに2020年公開で最もヒットした洋画は、コロナ前の1月に公開された『パラサイト 半地下の家族』(47.4億円)で、2021年の最大ヒット洋画は8月公開の『ワイルド・スピード ジェットブレイク』(36.6億円)でした。2019年には100億円超の洋画が3本も出ていたのと比較すると、いささか寂しい数字です。

しかし2022年、洋画の平均チケット販売数は大きく回復しています。『トップガン マーヴェリック』(135.7億円)の貢献によるところが大きいですが、他にも『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』(63.2億円)、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(46億円)など大ヒット作が生まれています。

しかしながら、洋画興行には明らかな課題もあります。次項では、その課題を紐解きつつ、邦画をさらに「実写」と「アニメ」に分類した際に見えてくる実情についても解説していきます。

2022年日本映画市場考察②〜邦画アニメが市場を席巻している〜」に続きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?