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2022年日本映画市場考察④〜映画館ユーザー構成の変化〜

前回「2022年日本映画市場考察③〜特大ヒット作が市場を独占している?〜」では、一部の特大ヒット作が市場のかなりの部分を独占し、一方で10億円台の中ヒット作が生まれにくくなっている、と書きました。本稿では、そうなった原因を探るべく、「映画館に足を運ぶユーザーの構成がどう変化しているか?」について考察していきます。

マーケティングに関する有名な法則に、“パレートの法則”というものがあります。どんな市場においても、およそ20%の顧客が全体の80%の売上を作っている、というものです。果たして、この法則は映画業界にも当てはまるのでしょうか?

その解を求めるために、総務省が5年おきに実施している「社会生活基本調査」のデータを参照してみます。

社会生活基本調査とは
・調査の目的
社会生活基本調査は、統計法に基づく基幹統計『社会生活基本統計』を作成するための統計調査であり、生活時間の配分や余暇時間における主な活動の状況など、国民の社会生活の実態を明らかにするための基礎資料を得ることを目的としています。
・調査の時期
調査は、令和3年10月20日現在で実施しました。ただし、生活時間の配分についての調査は、10月16日から10月24日までの9日間のうちから、調査区ごとに指定された連続する2日間について行いました。
・調査の対象
指定する調査区(全国で約7,600調査区)内にある世帯のうちから、無作為に選定した約9万1千世帯の10歳以上の世帯員約19万人を対象としました。

「令和3年社会生活基本調査の概要」より抜粋

最新の調査がおこなわれたのは、まだコロナの陰が残る令和3年(2021年)10月でしたので、調査結果=国民の生活実態にもその影響が大きく出ていると推測されます。ですので、ここでは前回(2016年)におこなわれた調査の結果と照らし合わせることで、映画鑑賞に対する人々の実態がどのように変化したのかを読み解きたいと思います。

広範囲にわたる調査の中から今回参照したのは、「映画館での映画鑑賞」項目における、年間の「鑑賞頻度」を問うアンケート結果です。アンケートでは、回答の選択肢として次のセグメントが用意されています。

年に1~4日
年に5~9日
年に10~19日(月に1日)
年に20~39日(月に2~3日)
年に40~99日(週に1日)
年に100~199日(週に2~3日)
年に200日以上(週に4日以上)

上記「鑑賞頻度」のセグメントに、それぞれユニークユーザー数がどのくらいいるのか?という問いに対する答えが、この社会生活基本調査にて推測できます。

絶好調だった2016年の映画鑑賞ユーザー実態

まずは2016年のデータから参照してみましょう。ちなみに、2016年は2000年代に入ってから2番目の好成績となる年間2,355億円の興行収入を記録しています。

2016年「鑑賞頻度」別のユニークユーザー数
※平成28年社会生活基本調査より

2016年の調査によれば、年間最低1回以上は映画館に行くと推測されるユーザー数は延べ4415万人で、残念ながら年間0本の5406万人を下回っています。個人的には映画館での映画鑑賞は国民的娯楽であると当たり前のように思っていますが、2000年代で2番目の年間興収をたたき出した年であっても、現実問題として国民の半分以上は年間1本も映画館で映画を鑑賞することはなかった、ということになります。

それはさておき、2016年の鑑賞頻度別ユーザー数が上記表のような数字だったとして、今度はそれぞれのセグメントがいったいどの程度の興行収入を稼いでいるのかをシミュレーションしてみましょう。

2016年「鑑賞頻度」別の興行収入シミュレーション
※平成28年社会生活基本調査データから推測

詳細のシミュレーション方法については記載を省きますが、日本映画製作者連盟の発表による平均鑑賞料金(¥1,307)などの要素をもとに計算すると、およそ上記表のような内訳で年間2,355億円が構成されます。

ここで、「20%の顧客が全体の80%の売上を作っている=パレートの法則は映画業界にも当てはまるのか?」という冒頭の問いに戻るのですが、映画業界においては、全体の32.7%となる年間5回以上のユーザーが全興収の76.9%を稼ぎ出している、という結果になりました。他の市場に比べて、映画業界ではライト層による売上効果が大きく、これはすなわち「新規加入」ユーザーの割合が大きいとも言えます。

コロナの影響残る2021年に映画鑑賞ユーザーの構成はどう変わったか

では次に、令和3年(2021年)の調査結果を見てみましょう。

2021年「鑑賞頻度」別のユニークユーザー数
※令和3年社会生活基本調査より

コロナの影響がまだ色濃く残る2021年に実施された「令和3年社会生活基本調査」によると、鑑賞頻度セグメントごとのユニークユーザー数は上記表のようになりました。「2016とのGAP」欄に、5年前の調査と数字がどれだけ変化したかを追記しましたが、その結果に愕然とします。

鑑賞者数はどのセグメントにおいても大きく数字を減らし、逆に未鑑賞者の数は900万人も増加しました。2021年においては、年間1本以上映画を観る鑑賞者数が、2016年の4415万人から3,302万人に減ってしまったのです。

続いて、2021年の鑑賞頻度別の興行収入シミュレーションを見てみましょう。

2021年「鑑賞頻度」別の興行収入シミュレーション
※令和3年社会生活基本調査データから推測

2021年の年間興収は1618億円でしたので、2016年の2355億円から737億円もの興収が失われたことになります。上記表の「2016とのGAP」をご覧いただくと、どの鑑賞頻度セグメントでもっとも大きな金額が失われることになったのかがわかります。

実は、興収減の大きな要因となったのは、約500万人ほど数を減らしてしまったライト層(年1〜4日)ではなく、ミドル層(年5〜9日)とコア①層(年10〜19日)でした。この2つのセグメントだけで、485億円もの興収が失われています。

前回「2022年日本映画市場考察③〜特大ヒット作が市場を独占している?〜」で、10〜19億円レンジの中ヒット作が生まれにくくなっていると書きましたが、このミドル層+コア①層の大量離脱が大きな原因ではないかと推測します。興収50億円以上を稼ぐような特大ヒット作は、その多くをライト層の集客によってまかないますが、興収10億円台の作品は年間5〜19回映画館に足を運ぶミドル+コア①層からの支持が欠かせません。その支持母体が大きく縮小していることが、中ヒット作品が生まれにくくなっている原因なのです。

復調気配の2022年はどんな変化が?

では、2022年になって鑑賞頻度セグメントごとのユニークユーザー数および興行収入の内訳はどのように変わったのでしょうか?2016年と2021年の社会生活基本調査、および同様の質問に対する回答を2,000人のサンプルから取得したインターネット調査(2023年2月実施)の結果から推測して以下数値を出してみました。

2022年「鑑賞頻度」別のユニークユーザー数
※平成28年および令和3年社会生活基本調査データ、
および2023年2月実施のインターネット調査から推測

2022年の年間興行収入は2131億円。2021年の1,618億円から劇的な回復を遂げました。一時は3,302万人まで減らした映画鑑賞者人口も、2022年には4,252万人まで増えていると推測されます。とはいえ、2016年対比ではまだ162万人ほど少なく、課題とされるミドル+コア①層の母数も完全復活とはほど遠い状態です。

一方で、年1〜4日のライト層は逆に120万人増加しています。2022年は100億円超の特大ヒット作が4本も生まれ、多くのライトユーザーを集客したと推測されます。

2022年「鑑賞頻度」別の興行収入シミュレーション
※平成28年および令和3年社会生活基本調査データ、
および2023年2月実施のインターネット調査から推測

このユーザー構成の変化を興行収入に反映してみると、上記のような結果となりました。年間4本の100億円超ヒットを出した2022年は、ライト層の興収だけ見れば2016年を凌駕していたのではないか、という推測になります。

課題となるミドル+コア①層では合わせて165億円近いGAPがいまだ横たわっており、今後、年間興行収入が完全にコロナ前の水準に戻るためには、やはりこの層の映画館回帰が絶対に必要という結論です。

マーケティングの世界では、消費者は心変わりしやすく、ヘビーユーザーはライトユーザーに変化し、その逆にライトユーザーがヘビーユーザーに変化するなど、ユーザーのロイヤルティは移り変わるものだと言われています。ただし、ユーザーの入れ替わりはあっても、全体の構成比は大きく変わるものではない(購買行動適正化の法則)とも言われています。

コロナという事象と、そのタイミングに呼応するようにシェアを広げた配信サービスの影響で、映画館ユーザーのロイヤルティはまさに大きく揺れ動いています。もしかすると、コロナに対する人々の意識が変わっていった後も、以前と同じロイヤルティを獲得することは難しいのかもしれません。ただ、2021年と2022年でもこれだけ大きな変化が起きていることを考えると、まだ状態が安定化するまでは少し時間がかかりそうです。新しいロイヤルティのスタンダードが確立されていくまでの過渡期である今、映画業界がしなくてはいけないことはたくさんありそうです。

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