社説:USスチール買収問題が映す日米同盟の綻び
米国防総省による極秘報告書の存在が明らかになり、日本製鉄によるUSスチール買収問題は新たな局面を迎えている。この報告書によれば、USスチールは極超音速兵器用の特殊鋼材開発で重要な軍事技術を保有していたとされる。バイデン前政権による買収阻止の真の理由が、ここにあったことは明白だ。
トランプ新政権は当初、この買収を「より良い取引」として進める意向を示していた。しかし国家安全保障会議(NSC)での検討後、一転して国有化の可能性に言及し始めた。NSAによる「スティール・ガード作戦」の存在も報じられ、単なる企業買収以上の問題であることが浮き彫りになってきた。
さらに事態を複雑にしているのが、日本製鉄内部への中国のスパイ浸透疑惑だ。米下院情報特別委員会は来週にも公聴会を開く方針という。日本製鉄は「徹底的な社内調査を行う」としているが、この疑惑により日米同盟の根幹が揺らぐ事態となりかねない。
軍事技術の保護は重要だ。しかし、それを理由に同盟国企業による正当な投資を阻害することは、両国の産業協力に深刻な亀裂を生む。すでに在米日本企業の間では投資計画の見直しの動きが出始めている。これは半導体やEV分野での日米協力にも影響を及ぼしかねない。
より懸念されるのは、この問題が対中政策における日米の温度差を露呈させかねないことだ。中国の技術窃取への警戒は共有できる。だが、それを理由に同盟国までも疑心暗鬼の目で見るようでは、対中包囲網の構築も覚束ない。
解決の糸口はある。軍事関連技術を分離した上での民生部門買収や、日米合弁による新会社設立など、複数の選択肢が考えられる。しかし、その前提となるのは信頼関係の回復だ。
日本政府は今週末、林外相の緊急訪米を決めた。政権交代後初の日米外相会談となる。この機会に両国は、同盟国として相応しい信頼関係を取り戻す必要がある。それなくして、中国の覇権主義への対抗も、自由で開かれたインド太平洋の実現も画餅に帰すだろう。
懸念されるのは、この問題が日本企業全般の対米投資意欲を削ぐことだ。実際、複数の日本企業が対米投資計画の見直しを検討し始めている。これは米国にとっても決して望ましい事態ではない。脱中国を進める上で、同盟国からの投資は不可欠なはずだ。
トランプ政権は「より良い取引」を掲げるが、今必要なのは取引の「大きさ」ではない。軍事技術の保護と産業協力の両立という、より本質的な課題に向き合うべきだ。それは単に一企業の買収問題を超えた、日米同盟の将来を占う試金石となるだろう。