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【もしクレ】もしクレムリンのロシア大統領のところにロシア文学のキャラクターが現れたら(『ズディグル・アプルル』ハルムスの場合)

クレ○リンの執務室で、
大統領が気むずかしい顔をしながら、
機密書類に目を通していた時だ。

執務室のドアが開き、
政治家でも軍人でもなければ、
クレ○リンにまったく関係のない
一市民にすぎない男、
ピョートル・パーブロビッチが
ひょこひょこと入ってきた。

「あ!」
ピョートル・パーブロビッチは、
テレビでよく見る顔、
すなわち大統領の顔をそこに見つけて、
たちまち、嬉しくなり。
「やあ、どうも!
お初にお目にかかります。
ご機嫌はいかがでしょう?」
と、手を差し出して握手を求めた。

ところが大統領、
朝からあまりに忙しく、
目の前に出てきたこの男が
ナニモノかをも考えず、
「うむ」と曖昧な頷きをして、
機密書類から顔を上げぬまま、
無意識に握手を返してしまった。

この判断は、よろしくなかった。

ピョートル・パーブロビッチは
前衛詩人ダニイル・ハルムスの
詩の中から来た男。

その詩の中は、
腕が取れたり、またくっついたりが、
平気で起こる世界なのだ。

というわけで。

差し出した大統領の右腕、
ピョートル・パーブロビッチの
右手と握手したまま、
ぽこっと変な音を立てて、
肩のところからすっぽ抜けてしまった。

「ああ!」
唐突なことにビックリした大統領。
「何をしてくれるんだ!
オレの腕を返せ!」

ピョートルは後ずさりをして、
「やなこったい!
せっかく大統領の腕なんて、
珍しいものを見つけたんだ!
これは鬼嫁への土産にするんだい!」
と、つむじを曲げる。

「腕を返せ!
くそ、もういい!」
大統領は内線電話の
受話器を左手で掴み、
「警備の者を寄越せ!大至急!」
と叫んだ。

まもなく、、、

執務室のドアが開き、
丸メガネに髭ヅラの老人が、
ひょこひょこと入ってきた。

「警備の者を呼んだのに、
また変なのが入ってきた!」
大統領は顔を真っ赤にして怒り狂う。

「おやおや、大統領閣下!
そんなに機嫌を損ねて、
どうしゃれましたかな?」
老人がそう言うと、

ピョートルが顔をパッと明るくして言う。
「こりゃたまげた!
タルタレーリン教授じゃないですか?」

「誰だよそれは!
いいからオレの腕を返せ!」
大統領はもう怒りを爆発させて
怒鳴り散らしている。

「やあペーチャ(※ピョートルの愛称)。
大統領閣下はなぜ、
あんなに怒っているんだね?」

「どうもおいらが
腕をお土産に持って帰ろうとするのが
よほど気に入らないらしいんで。
あ、そうだ!
教授ならきっと、
この腕を元通りにできるんじゃ
ないですかね?」

「そうだな!
やれるかどうか、わからんが、
やってみよう!」
タルタレーリン教授はそう言うと、
猿のような機敏な動きで
大統領にとびかかり、
その片耳を食いちぎってしまった。

「おおおお!」
あまりの激痛に大統領は
血を流しながら卒倒する。

「それでは、と」
タルタレーリン教授は
噛みちぎったばかりの耳たぶを、
大統領の頰のあたりに当て、
「この辺りに、くっつけましょうかね?」
と言いながら、
ポケットからケバケバしい
桃色の糸と裁縫針を取り出した。

大統領は足をジタバタさせて大暴れする。
「やめろ!いい加減にしろ!
そこに縫い付けたら左右のバランスが
めちゃくちゃだ!」

「左右のバランス?
おお、たしかに、これは失礼を!」
タルタレーリン教授は、
桃色の糸をポケットにしまい、
ベージュ色の糸を取り出した。

「色合いのバランスのことじゃない!
しかも、オレが返して欲しいのは、腕だ!
耳じゃなくて、腕!
あそこにいる、あいつが抱えている、
オレの右腕だ!」

「やだよ!」
あわててピョートル・パーブロビッチは
大統領の右腕をしっかり抱きかかえる。
「これは鬼嫁への土産にするんだい!」

「貴様ら、いい加減にしろ!
いいか、よく聞け!
この執務室には監視カメラが
ついている!
貴様らがここでやったことは
すべて、記録されているぞ!
後で検事を呼んで投獄してやる!」

「なんですと!」
タルタレーリン教授は
執務室の中をキョロキョロと見回し、
「我々の行動がすべて
記録しゃれている?
それはなんとも、まさに・・・」
教授はニヤリと笑い、
ツカツカと壁に歩み寄ると、

執務室の壁に、
噛みちぎった耳たぶを押し当てて、
「クレ○リンには、まさに、
『壁に耳あり!』」

と言って、カラカラと陽気に笑った。

※注:父親が反政府テロリストという筋金入りの家に生まれたダニイル・ハルムスは、ソ連当局から何度も逮捕されながら、スラップスティックかつシュールきわまりない前衛文学作品を書き続け、、、「児童文学」として発表していきました。さすがにスターリン時代に本格的に収監、1941年に収容所で死亡と伝えられますが、死亡時の詳細は今日をもってなお不明。しかしその自由奔放なブラックユーモア世界は結局地下出版にて、ソ連体制中もひそかに読み継がれていきました。

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