サイバーパンク・ストリート・デイズ 「マグロ・オア・タマゴ」
(これまでのあらすじ:
貧乏探偵の零崎人吉は無人スシバーのカウンターで悩んでいた)
マグロにするか、タマゴにするか。それが問題だ。
夜の無人スシバーの一人用の席に座った俺は、スマホを片手に悩んでいた。
スマホの画面には自分の全財産が表示されている。
「二○○YEN」
寿司一貫分。それが俺の全財産だった。
「二百円で買えるスシネタは……マグロか、タマゴか」
どうしたものか、と悩む。今日まで水と砂糖と塩で何とか命を繋いできたが、それも限界だった。
義体化していない俺の百パーセント自然な身体は、ごく普通の食事を求めて腹を鳴らしている。
明日になれば、以前片づけた仕事の報酬が入金され、しばらくはごく普通の食生活を送ることが出来るのだ。
問題は今日。今日をどう乗り切るかだった。
「マグロ」
メニューのマグロを見る。写真のスシは、養殖モノにありがちな、着色合成料をガンガン利かせたドギツイほどに赤い切り身がシャリの上に載ったモノだった。
安物の養殖モノである。味・見た目と引き換えにそれ以外のモノを犠牲にしているのであろう。
それはつまり、味は保証されているということである。
最後に魚介タンパク質を食べたのはいつの事だったか。一ヶ月ほど思い返すがそんな記憶は出てこなかった。
久しぶりに食べる魚介タンパク質の味は、俺にどれだけの幸福感を与えてくれることだろう。
「タマゴ」
メニューのタマゴを見る。写真には、何故か黄緑の寒天のようなモノを載ったスシが写っている。
栄養サプリを溶かして固めた寒天をタマゴと言い張っているのだ。
はっきり言って味は最悪な代物だ。だが栄養だけはある。そんな代物だった。
――ぐぎゅるるるるるるるるるるるるるる
腹の音がいよいよヤバくなってきた。そろそろ注文せねば命に係わる。
俺が選ぶのは、マグロか、タマゴか。どちらにするか――
●●●
「…………」
俺はショーユをたっぷりとつけて真っ黒になったタマゴ・スシを頬張っていた。
ショーユの濃厚な味が合成タマゴの味を大分誤魔化してくれている。というかもはやショーユの味しかしない。
やたら喉が渇くので、蛇口から無料で出る白湯をがばがばと飲む。本当なら緑茶がいいのだが、有料なのだ。
俺はタマゴを選んでいた。
俺の身体は何よりも栄養を求めていたからだ。栄養を取らねば死ぬ、ならば栄養を取らなければならない。
この街は過酷だ。何もかもを手に入れようと思えば、金がいる。権力がいる。
だが今の俺にはどちらもない。ただの貧乏探偵だ。
だから、せめて明日へと命を繋がなくてはならない。
明日が今より良くなる保証は無い。悪くなる可能性だってある。
それでも、今日終わりよりは良い。そう、俺は思うのだ。
サイバーパンク・ストリート・デイズ 「マグロ・オア・タマゴ」END