味噌汁のお湯


【世界は誰かの仕事でできている】
このCM、ことばが好きで。

このコピーを作った梅田悟司さんの
【言葉にできるは武器になる】は、
読ませていただいた。



どんな些細なこと、物にだって、
それを成してくれた人がいる。
それが繋がって、世界になっている。


16年前に介護の仕事を始めてから、
僕自身はそう思ってなくても、
まだまだ人気のない職業だと認識していて、

まぁ…正直、
『ご飯はさっき食べましたよ』
「食べてない!」
『いや、その口の周りについてるカレーは…』
「食べてない!」
『…』
みたいなやりとりを毎日やるわけで、

そこに意味を見出せない頃は、
『おれ…何やってんねんやろ…』
なんて思う時もあった。

そんな中で、
【世界は誰かの仕事でできている】
って言われたら、

『ですよねーーー!!!!』
ってなりますやん。

(今では、その方の生活を僕がちょっとでもマシにしよう、っていう意味があるから良いんですけどね)



僕は老人ホームで働いているんだけども、

誰かが廊下に花を飾ってくれた、
散らかっていたロッカーを片付けてくれた、
ゴミを拾ってくれた、
入居者さんの話を聞いてくれた、

なんでも良い、
そういう小さなことが集まって、
世界が成り立ってるっていう、

特に介護は1人では成り立たない仕事なので、
その人の生活を支える中のひとつになれてるんだ!
っていうことを思わせてくれる、

この言葉がすごく好き。



逆に、
意味を失っていたり、
本質からかけ離れてしまっている
物事、動作は好きじゃない。


利用者さんの邪魔にしかならない椅子、とか。
自立支援を笠に着たネグレクト、とか。

その仕事の先の誰かを見ていない、
その行為が、
ただの作業になってしまっていることが嫌い。



【世界は誰かの仕事でできている】
っていうことばでnoteを書こうと思ったきっかけは、

味噌汁のお湯、でした。

うちは、朝7時にキッチンのパートさんが出勤、
朝ごはんの準備にかかる。

そこからお湯を沸かしていると時間がかかるので、
6時半ごろに、夜勤の職員さんがお湯を沸かす、
っていう、仕事があるんだけども、


今日、キッチンさんが出勤したとき、
味噌汁のお湯がまぁまぁぬるかった、らしい。



…いつ沸かしとんねん!



意味ないじゃない。ぬるかったら。

その、【お湯を沸かす】っていう仕事の先にある、
キッチンさんの負担軽減、
熱々の美味しい味噌汁の提供、
っていう意味は成せてないじゃない。

それは仕事じゃない、ただの作業ですよ。


いやもう逆にね、
それやったら出勤してから沸かすんですよ。



誰のためにもなっていないことが嫌い。

世界を形造っている仕事には、
意味があると思う。

その先にいる誰かを思ってやることを、
仕事って言うんだと思う。


味噌汁のお湯から、そんなことを思いました。

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