全性暴力被害者に捧ぐ名著「真実と修復」が素晴らしかった話
私は性暴力被害者である。加害者は実の兄で、家庭内での出来事だった。兄から性暴力を受けてから、悪夢を見たり、体が痛くなるなど、さまざまな心身の不調を抱え、大人になった今も、それは続いている。どうにかしてこの苦痛から逃れたいと様々な本を当たった結果、たどり着いたのがアメリカのフェミニスト精神科医ジュディス・L・ハーマンの「心的外傷と回復」だった。この本で明かされたのは、男性が受けるトラウマ体験は戦争であり、女性は性暴力であるということだ。男性も女性も、大きな暴力によってフラッシュバックや長年にわたる体調不良を被ることになる。しかし、戦争体験者は国から様々な補償が受けられ、国を守った英雄と讃えられるのに、性暴力被害者は何の補償も受けることがない。それどころか、被害があったことすら認められない。
フロイトはヒステリー患者を診ていたが、自分の患者で「父親から性暴力を受けた」という人が多数現れ、どうやらそれは嘘ではないとフロイト自身も思い至ったのだが、これを世間に公表すると大変なスキャンダルになるので、公表するのをやめたそうだ。私はこの記述を「心的外傷と回復」で読んだ時「フロイト、マジで死にやがれ」(もう死んでるけど)と心の中で叫んだ。フロイトですら隠したのだから、その他の精神科医が患者の訴えを真面目に聞くことなどなく、家庭内での肉親による性暴力は長年闇に葬り去られてきた。
私も精神科で兄からの性暴力を主治医に伝えていたが、まともに取り合ってもらえたことはなく、ただ、薬が出るだけだった。一時的なうつや不眠に対処するだけなので、トラウマの治療にはならず、20代と30代で4回自殺未遂を行い、精神病院への入院も4回している。その一方、加害者の兄は、結婚し、子供を作り、家まで建てている。被害者の私は人生をほぼ全て失ったのに、この差は何なんだと年中考えている。色々あって、主治医が変わり、新しい主治医に「PTSD」の病名をもらい、今、やっとトラウマ治療に取り組んでおり、1時間、1万3千円(保険が効かないので自費)もするカウンセリング治療を受けている。母経由で兄に交渉し、治療代を出してもらっているが、失われた私の人生は帰ってこない。治療も数年かかるので、毎日しんどい。母親に「兄に加害者プログラムに参加するように言ってくれ」と伝えているが実行されていない。
ジュディス・L・ハーマンが著作を発表していたのが80年代から90年代で、出版されたのは「父娘―近親姦」と「心的外傷と回復」だけで、新刊が出ることがないので、ハーマン先生はもう亡くなっているのだろうと考えていた。しかし、今年、いきなり新刊が出た。それが「真実と修復」である。3400円だったが、すぐに買った。「心的外傷と回復」は6800円もしたので(最近出た増補版の方がなぜか安い)断然安い。内容は本当に素晴らしく、抱えていた疑問点への答えがスルスルと書かれていた。
今作で取り上げられていたのは売春についてだった。私は一時期、セックスワークを仕事として認めた方がいいのでは?と考えていた。現状、そうするしかお金を稼ぐことができない、しかし、売春は犯罪なので、日々、怯えながら生活しなければならない。それよりも、仕事として認めた方が本人にとってもいいのではないかと思っていたが、これは大きな罠だった。売春を仕事として認めると、男性にとって都合のいい社会が出来上がるだけだ。しかし、売春をする人の中には生活保護などの福祉を受けたくない人が多い。いつも、ここで煮詰まっていたのだが「真実と修復」で北欧モデルの存在を知った。このモデルでは買春者、性売買業者、そこから利益を得た第三者全てが刑事罰を受けるが、売春した本人は罪に問われない。そして、売春についての危険性の啓発活動を行い、転職についての手厚い支援が行われる。一方、売春を合法化した国を対象にした研究では、性売買当事者は暴力に晒され、危険な性行為を強いられるなどの状況が確認されており、良い効果は現れていない。
性暴力加害者への矯正や再犯予防プログラムについても触れられており、非常に興味深く読んだのだが、現時点では不確実なエビデンスしかなく、効果的な治療プログラムはいまだに存在しないという残念な結論だった。
ジュディス・L・ハーマンの新作「真実と修復」は多くの人に読んでもらいたい名著である。