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革命(部分)

 善人のふりをするのはおよしなさいと、耳打ちされたことがある。驚いて振り返ると、知らない男が笹のような長い手で口元をななめに隠していた。わたしが母を殺したことを知らない人間がまだこの町にいるとは考えにくかったのでよそ者かも知れなかった。だが、男は念押しするように言った。善人のふりをするのはおよしなさい、そのままでは、ほんとうに、そうなってしまいますよ。

 わたしはよくあの糸のことを考える。ぐらついた奥歯に戯れに結ばれた赤い糸だ。いまはもうないのに、唇の端にはっと感触を覚えて拭う。ずっと目覚めていたのに、まるで行儀わるく居眠りをしたように。だが絹糸のなめらかだが頑固なてざわりが唇から手の甲にうつり、糸を握りそうになって慌てて手放す。一瞬重なったざらついた残像は母だ。わたしの歯を抜こうと喜んで糸を引く母の手に自分の手が重なる。その時糸の先にある歯はだれの歯茎に生えているのだろう? だがすでにわたしは子供ではなく、16で、処女でもなかった。かたく結ばれているのは抜けばもう生えてこない歯だ。絹糸なんてものじゃなかった。泣いているわたしは4つか5つに見えるが、それは母から見た、わたしの像だったにちがいない。わたしは子を持たないと決めていた。

 思えばわたしの時間は薄くてもろい雲母のような層になっていたが、いつでも誰かが静かな手つきでシャッフルしていた。手品のように、なんど正しく重ねても誰かの白い手がさっと順番を入れ替えた。2歳の次に6歳が、15歳の次に8歳が。時系列を思い出すことは難しい。時間ではない。よく混ぜなかったスープのように、大きいものが沈み、小さいものは埃のように浮かんでしまうのだ。
 わたしはよく友人たちが去年の話をするので驚いた。去年の花火は雨だったけど今年は晴れるみたいね、と。人生の中で花火が何度あるだろうか。一つの町でない、電車で行ける範囲でも9だ。それをいちいち覚えていて、この前のAの花火の日と、去年のBの花火の日とを混同しないでいられるのだ。服装も時間も家族の顔ぶれも大差ないと思われる。なのに今日は花火ではなく、昨日は空にあったということを彼女たちは知っているのだった。
 そんなふうに間違いなく時は降り積もるのだろうか。今朝予定されていなかった花火が、自然と上がるというような。その時ひとびとが海いないのはほんとうなのだろうか? いつの話なのだろう? 花火が町を明滅させる時、わたしたちは子連れのテキ屋からたこ焼きを買い、砂浜にレジャーシートを敷いて、並んで、うさんくさい空の花を見上げていた。その時に母は、まさにその時、花火の音だけが聞こえる山側を向いた家で、目をひんむいて死んだはずなのだ。
 だがそれが本当にあったことなのか、これから起こることなのか、どうしてわかるというのだろう。日程の話では無いし、量子力学とも関係ない、ただの不安、ただの不信の話だ。
 毅然と自信を持っていきていく人々をわたしは見た。思うこと、思わないことに関わらず、揺らぐことなく存在する人々の中で、わたしは居心地悪く、だが少し補強されるような気持ちで立っていた。人々はよくわたしを見て、驚いた。まるで地面が揺れているように重心を落とし、まるで空が落ちてくるように首をすくめて生きるわたしをしばしば珍しそうに眺めた。わたしは人々に見られることで、少しだけ背筋を伸ばすことができた。わたしは疑わない人々なしには生きていけなかった。同時にわたしは知っていたのだ。これは思い違いではない。わたしの時間もいつか正しく上から下に流れていくのだと、最後の瞬間には、必ず。
 わたしは人生の終わりの中を生きていた。ずっと若い時から。老人がベッドで人生を回想するように、今を生きていた。いつでも自分を都合よく書き換えることができたし、自分の頼りない後頭部がいつも見えていたのだった。自分で自分の後頭部は見えない、おかしなことを言う人があったものだ。いつも目の前に見えていて、視界が少し狭まる。髪のにおいも嗅げた。わたしの背が伸びる時わたしの背も伸びて、同じだけ視界が途切れている。髪はいつも左右に揺れていた。いつも風が吹いているように、わたしの視界のわたしは揺れていた。
 母を殺したわたしの顔を見て、人々は驚いた。そこにある穏やかな表情は母を殺す前と全く同じだったし、人々は時間を遡ったように誤解した。だがわたしは殺人を犯す前から人殺しだったのだし、生まれる前から、死んでいたのだった。

 言添えればわたしは30歳だ。だがその時18歳の姿をしていた。
 国道55号線を白いハイエースが東に向かっている。わたしはわざとらしく窓に頬をつけてななめになっている。運転席の男の顔は黒い。すべてが空洞のように黒い。これはのちに彼が火事で焼け死ぬためである。この映像では面倒を省く。彼は死ぬ。彼は死んだまま持続していく。われわれが彼を覚えているためである。車内は焦げ臭い。後部座席には彼の死んだ妻と子供たちが黒焦げで連なっている。
「帰ってきちゃった」
 わたしはわざとらしく言って窓を開ける。焼死体たちは少しずつ風にほぐれていく。このイメージが全体を覆う、上澄みとなる。最初の一葉だ。
 高校へは徒歩で通っている。家の前の道をただ西に15分歩く。後ろから同級生や、上級生や、下級生たちが自転車や、途中で路地に隠す原チャリで追い越していく。声をかける人間はほとんどいない。あるいはほとんどの人間が声をかけていく。後ろ姿はやはり多重露光で、できるだけ17歳のわたしのことを書き留めたいが、色鮮やかな幻影が重なれば、静かで、痛みのためにおとなしくなっている獣のような17歳のわたしはかすみがちだ。
 口をきかない子供だった。
 口を開けば母の罵倒が飛んできたからで、そのことに慣れきっていた。母はわたしが口をきくために息を吸うことで世界が汚れると信じ、言葉はすべて毒になって地を蝕むと考えていた。あるいは、ただ、嫌っていた。
 潮くさい道を西に歩いて登校し、潮くさい道を東に歩いて帰宅した。太陽はいつも背中にありじりじりと首筋を焼いた。学校はみごとなオーシャンビューだったが、海を見ている生徒はいなかった。海は地面と同じで、見飽きていて、ハプニングはない。
 娯楽がなかったからね、そう言われることがよくある。でも、そうは思わなかった。また、こう言われたこともある。青春を発散する場所がなかったから、と。そんなことはない。大きな力を持て余し、鬱屈として、活発な速度でもって憂鬱に落ち込んでしまった子供たち、そうたしかにそういう子供たちはいた。けれどわたしたちは違う。わたしたちは退屈のあまり窒息を選んだり、断崖に飛び込んだりはしなかった。
 青春、と聞いて恋を想像するのはわたしたちも同じである。それは実に恋ときらめきである。きらめきは波であり、憧れよりも日常だった。実際のところ、少年少女たちの肌は輝いており、その町には未来しかなかった。
 それでも殺人は必要だったのだ。憎しみではないと何度言ってもわからないか。感情とはかけ離れた場所にその行為はあった。むろん愛と呼べば、戸惑うひとびとの優しい手は、すくさまわたしたちを抱き留めてくれたのだが。そのことは湾に迷い込んだクジラのゆくすえのようにわかりきっていることだったが。

 だから彼女は戸惑った。現れては消えたのは出現する場所を間違えたと思い込むせいだった。ひらひらと衣装の白い裾が揺れた。まるで波のように寄せてはかえす。可哀想な魂は少しずつ移動しながら、だが必ずこの町に姿を見せては困惑するのだった。
 彼女は言う、誰の顔も見ない、誰もいない。だがそれはこの町のひとびとが知るようにほんとうではない。
「あなたはもう死んでいるのよ」
 そのせりふを誰かが言わなくてはならない。あらゆる色の彼方に、忘却にのみこまれてしまった岸に、彼女はいるのである。わたしたちは仮面をつけて、きちんとウェストのリボンを締めて、対岸の彼女を見つめている。何人かと尋ねる。新しい所属をその歯の無い口蓋に言わせようとする。むごい仕打ちは続く。このように人生は続く。この町で何が起こったか、彼女は何一つ知らない。人生を目の当たりにしたことは一度もなかった。時間が川のように逆流する。
 ある儀式によって、わたしは琥珀色の煙の中に立ち、人生を何度でも(する)。要請があれば何度でも(する)。だがそのために、濃い人生の一点ができあがり、あらゆる流れを棹さすことになる。何千、何万のわたしが集い、仮面で顔を隠して、とことん互いがすり切れるまで見つめ合うことになる。力が溜まっていく。
 母は慧眼にもそのことを知っていた。
 これはもう言っただろうか? 乗り越えられなかった瞬間までは、すべてが順調に進むのだ。きちんと順番に並び、1の次は2である。30の次は31なのだ。だが、布団にいたずらに差し込んだ細い針のような一点で流れは遮られ、手当てしてやらねばいつか、列は正気を失う。視線に狂ってしまっては、輪が世界を支配する。
 彼女は一葉の写真だ。すべての写真は遺影である。圧倒的な世界への信頼を、ほほえましく思う。誰も彼女に話しかけないが、存在はきちんと理解している。ひどくそぐわぬ感じだけれど、すべてほんとうのことである。供出された愛を見てはならない。わたしたちは後ろを向いて、それぞれに名前をつけられ、麻紐で縛られたそれに、ガソリンがかけられるのを見てはならない。臭いでそれとわかる。火が放たれる。それはまだだ。だがすでに臭っている。いずれ松明が傾けられることが共通に理解されている。そうすべきだ、と仮面が配られる。
 これが、始まりである。


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