それは心音ではない、電車の音だ。
あたたかい闇が揺れる、ゼリーのように凝っている。一定のリズム。
エネルギーが送り込まれる。血と肉が集まる。彼は少しずつ、存在しつつある。だがそこは子宮ではない。非常灯もない真っ暗な室だ。電車がすぐ頭上を走っている。邪魔な人間はいない。
ある夏の日に店先で死んだ、痩せた黒犬のことを皆覚えていた。皮があばらにはりつき、なのに首輪はきつく絞まっていた。舌を垂らし唾液がでないほど乾いていた。すべての水分の後に命が蒸発した。
彼を思い出し、彼を創造した。芯となる魂に血と肉を与えた。糞尿のにおいと、質量のある闇が彼らを助けた。
蠍の毒が最初の贈り物だった。彼はせっかちで何でも一番にしたがった。豹の目がぎらぎらと光っている。狭い檻を歩いて呪う。知りうる限りの凶暴さを黒犬に与えたい。
冷たい手術台の上で黒犬が頭をもたげた。その舌はまだ闇と未分化だ。老いず、長く、多くの殺戮を行えるように、蛇のつがいが内臓を造形した。踏むだけで大地が腐る後足についての独特の考えを、虫たちは共有していた。鳥はうるさい頭の中で彼の毛のことを考えた。炎の息。雷鳴の声。
あんなにも美しかったオレンジ色の体毛をいまやほとんど失って、オランウータンはぼんやりとしていた。急かして蝙蝠が瞬くが、薬で朦朧とする脳に浮かぶのは濃い緑のにおい、故郷の森だけであった。
動物たちはそれぞれの檻で小さく鳴き、予感に震え、血の臭いを嗅いだ。人間の。人間を。
黒犬の尾が肉を持って闇からするりと抜け出る。が。最後の瞬間に、黒と緑の幾何学模様に染め上げられ、木漏れ日の残滓のように輝き、その場に崩れた。
頭上を電車が走る。呪いの結実はまた別の夜となる。