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【好評発売中】『覚醒せよ、セイレーン』によせて、担当編集よりレビュー

ローマ神話を描いた、ラテン語古典文学の最高峰である『変身物語』を大胆に語りなおした短編集『覚醒せよ、セイレーン』(ニナ・マグロクリン/小澤身和子訳)。神々に蹂躙される女性たちの視点から、怒りと希望、そして未来への祈りを掬い上げて描いた本作は、フェミニズム文学としても注目されています。
好評発売中の本書担当編集が、『覚醒せよ、セイレーン』に登場するけれど自らは語らない、ある女性についてのレビューを書きました。気になった方は、ぜひ手に取ってみてくださいね。

ねえプロセルピナ、あなたは?

『覚醒せよ、セイレーン』担当編集 堀川夢

 
 みんながこちらを向いて、呼びかけて、語って、叫んでいる。ローマ神話に登場する34の女性たちの声が収められた『覚醒せよ、セイレーン』。語っていない女の子が、ひとりいる。

 ねえプロセルピナ、いなくなったあなたをみんな捜していたよ。アレテューサも、セイレーンも。地底でロックの女王になったあなたのことは、エウリュディケが見てる。ねえプロセルピナ、あなたの言葉は、ここにある?
 もしかしたら、過保護な母親のケレスに少しうんざりしていたのかもしれない。もしかしたら、平和で退屈な花園を飛び出して、ここじゃないどこかへ行ってみたいと思っていたのかもしれない。もしかしたら、冥界の王の妻なんかじゃなく、どこにもいない存在になってしまいたかったのかもしれない。もしかしたら、本当に、ただ花を摘んでいたら突然攫われたのかもしれない。この本の中では何も語られていないから、私たちにはわからない。
 でも、語らないあなたのことを、読者は見つけてる。玉座でうなだれているあなたをアレテューサと一緒に目撃してる。春にツアーに出て、花のように笑うあなたをエウリュディケが覚えてる。蜘蛛、牛、熊、葦、カワセミ、蓮、樹木、岩、怪物、いろいろな姿になった彼女たちがお互いを想って叫ぶ声、その声が響き合うなかにあなたの言葉はなく、でも夜の水面の光のようにあなたの姿が時折ひらりと見える。あなたが何かを訴えようとしているのが見える。
 あなたにはあなたの物語があって、それはあなたの口から語られるべきであること。「かわいそうな女の子」「隙があったんだね」「可愛いから」「王に見初められるなんて名誉なこと」そんな言葉であなたを語る権利は誰にもない。悲しかった? 嫌だった? 少しだけ嬉しかった? そんなこと何も訊ねないから、あなたの言葉をききたい。

 私たちの世界にも、「私の言葉なんて誰も聞いてくれない」と塞ぎ込んでいる女の子がいる。語るどころか思い出すのもつらいようなことを抱えて、動けなくなっている人がたくさんいる。でも、ねえプロセルピナ、彼女たちとおなじように、玉座でうなだれているあなたも本当は語る手段を持っているはず。あなたの声を、誰かがただ真摯に聞いてくれるはず。少なくとも私は、私たちは、あなたの言葉をまっすぐに聞くよ。

 ねえプロセルピナ、いつか語れるようになったら、あなたの物語を教えてね。

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『覚醒せよ、セイレーン』書影
『覚醒せよ、セイレーン』書影


覚醒せよ、セイレーン
ニナ・マグロクリン/小澤身和子訳
四六判並製368ページ/本体価格3000円+税
ISBN:978-4-86528-367-9
2023年6月5日より、全国リアル・オンライン書店・Amazonにて
発売開始


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