2020年4月10日の『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』
パン屋、ミニスーパー店員、専業主婦、タクシー運転手、介護士、留学生、馬の調教師、葬儀社スタッフ……コロナ禍で働く60職種・77人の2020年4月の日記を集めた『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』。
このnoteでは、7/9から7/24まで毎日3名ずつの日記を、「#3ヶ月前のわたしたち」として本書より抜粋します。まだまだ続くコロナとの闘い、ぜひ記憶と照らし合わせてお読みください。
【コロナ年表】四月一〇日(金)
東京都の小池知事が記者会見で、一一日からの休業要請を発表。ナイトクラブやネットカフェなどの休業を要請、居酒屋などの飲食店には営業時間短縮、酒類提供を一九時までとすることなどを要請。ネットカフェに寝泊りする人は約四千人、都は代替にホテルなどを無償提供する方針と発表。
愛知県が独自の緊急事態宣言を発表。
教師
❖ アポロ(仮名)/二六歳/東京都
担当科目は物理。在宅勤務を推奨されるも、個人情報を持ち出せないなどの理由から学校に出勤。オンラインでも生徒とやりとりする。
四月十日(金)
在宅勤務を推奨されているけれど、来週の頭に書類や休校中の課題を各家庭に郵送することになったので、その準備のため連日出勤。個人情報を持ち出せない上、在宅勤務ができるだけの環境整備ができていないため、今は学校に出勤せざるを得ない。時間があればその分良い課題を作れるけれど、家で作るのは難しいから、出勤時間よりも前に行き、完全退勤時間までの時間のほとんどを課題作成に充てた。ひとまず生徒がすぐに取り組める復習メインの課題のみ約一ヶ月分作り終えた。その課題をしっかりやりきるのに必要な生徒向けの解説はまだ一部しか仕上がっていない。
今一番心配なのは、受け持っている高校三年生。例年なら夏休みに講座を行なっているけれど、夏休みがほぼ無いので、今年は講座も中止だし、夏休みの課題も多く出せない。この子たちにどれだけやってあげられるのか、何か他の策はないのか、と悩みは尽きない。特に今年は、大学入試がこれまでのセンター試験から大学入学共通テストに変化するのに、それに対応するだけの生徒の能力を身に付けさせるための準備不足は否めない。おそらく塾も休みだろうから、生徒一人でできる学習は限られている。この休校中の過ごし方で、入試結果が左右されるんだと思うと不憫でならない。一人でできるなら学校は必要ないよな。本当に生徒たちは今頃どう過ごしているんだろう?
知り合いの教員の中にはYouTuberデビューという報告もあって、教育の在り方が大きく変化しているなと実感する。なんでも限定公開で授業風景をあげているらしい。その他にも、既にオンライン授業が始まっている学校や、報道番組でもやっているような会議や無料通話アプリで複数の教員とのやり取りなども始まっていたりするようだ。私の学校では特に話に出てきていないけれど、オンライン授業になるのかな?
例えば、自分の授業を撮った動画を配信し、授業としてカウントするために生徒から質問やレスポンスを必須として、学校再開後に動画の続きの内容から授業する、という形なら良いかもしれない。ただ、この場合は配信と生徒の視聴にはタイムラグができるため、出欠確認がうまくできない。しかも評価はどうするのだろうか。ただ、このご時世だし無料で利用できるサービスも増えているから、乗らない手はないのかも。
オンライン授業について調べてみると、教員はPCの前で授業を展開し、生徒はリアルタイムでタブレット端末で受講するというスタイルで、三月〜四月分の授業の遅れを取り戻している学校もある。でも、私は、学校教育の一環としての授業としてカウントされるのは、どうなのだろうかと思う。ネット環境が整っていない家庭があるだろうから、何らかの形でサポートしてあげないと、教育の機会均等が成り立たない。紙面上にまとめて各家庭に配布するなど、個々のサポートがそれぞれ必要になるだろう。
この先学校が再開されオンライン授業から対面授業に戻るとすると、対面授業に加え、これまでのオンラインの使い勝手の良さから、例えば生徒や家庭からの要望で「行った学校の授業全てを動画配信してほしい」という意見が出てきそう。無理な話では無いかもしれないけれど、編集や配信など細かい作業が増え、負担が大きすぎて、できる気がしない。
例年のこの時期となれば、授業準備に加えて、クラブや委員会活動がさかんに行われ、学校行事の準備に追われている。特に運動部となると大会は毎週のようにある。これは個人的な考えだけれど、もしオンライン授業を実施するとするならば、学校が再開された後のことも考えてやっていかないと、それこそ本来の意味の“overshoot”になりえそう。
もちろんICT活用の有効性はわかる。もっと活用したら良いし、もっとやってみたいとも思う。でも、ただでさえ、普段から勤務時間前から閉門ぎりぎりまで仕事をして、それでも終わらずに休日出勤、自宅でプリント準備とかもしているのに。特に、今年度は、世界に目を向けて活動するという学校独自のプログラムが新たに始まるので、できることならこれまでと違うことは最低限しかやりたくない。あーやだなぁ。こんなこと考えずに済むように、早く学校が再開しないかなぁ。
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校正者
❖ 牟田都子/四二歳/東京都
夫と二人暮らし。自宅で仕事。図書館が休館となって、著者から資料を借りることに。吉祥寺の書店ではレジに見たことのない行列が。
四月十日(金)
東急裏の「にほん酒や」でお弁当を二種類。ケータリングの仕事をしている友人と立ち話。井ノ頭通りの「BAL Bocca」では野菜を買う。ここでも友人にばったり。今日は吉祥寺の好きな人たちにみんな会えた。この風景を失いたくない。
帰宅して、次の仕事に必要な資料が届いたかと図書館のウェブサイトを見たら、昨日から全面休館。これで国立国会図書館を含む近隣の図書館はすべて閉まってしまった。次読むゲラは大量の引用があるので、資料が手に入らないことには照合ができない。一、二冊なら自腹で購入することも考えるが、冊数がかなり多いうえ、書店自体も開いていないこの状況では現実的ではない。編集者と電話で相談。著者に事情を話して資料を借りられないか頼むことに。図書館に所蔵がなく古書店に注文してあった資料のリストをメールで送る。
母から弟にメールしても返信がないと電話。Twitterを見てみると普通にツイートしている。あとで訊いたら携帯の電池が切れていたらしい。この状況では心配するのもいたしかたなし。
バー「Lilt」も明日の零時から休業とのこと。つまりあと数時間で閉まってしまう。行こうかどうか迷うが、駆け込みが多そうという気もして、けっきょく行かなかった。
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経営学者
❖ 中沢孝夫/七六歳/東京都
長年の中小企業や商店街の職場調査から、困難にある会社の行く末に思いを馳せる。講演やセミナーが中止となり読書の時間が増える。
9日(木)10日(金)
両日、午前中に新聞、雑誌の締め切りを書き終え(20年以上締め切りを厳守しているのが私の自慢である)、薄切りのサーモンをつまみにランチビールを飲み、午後は馴染みの道を散歩。街は確かに空いている。
土、日になって、ガランとした新宿や渋谷の中心街の風景が伝えられ、同時に品川の戸越銀座は混んでいると報道。同商店会の会長さんが「日銭商売はその日の売り上げで翌日の仕入れをするから(売り上げ減は)大変」という。営業時間の短縮や休業措置に関しての発言である。本当だろうか。私の商店街の調査ではそんなお店は少数派である。みなそれなりの運転資金は持っており、もともとその日暮らしのお店が戸越銀座のような一等地で店を構えることなどできない。ましてや土地も建物も自分のものといった商店は内情が豊かであり、残業手当がなくなり、ボーナスが大幅に減り、賃金カットもある平均的なサラリーマンとは比較にならない。マスコミは「中小企業はかわいそう」という物語が大好きである。
製造業も同様だ。10人20人といった小規模企業でも、運転資金の確保はリーマンのときもなんとか綱渡りはできた。信金・信組はもとより、公的融資の仕組みはととのっているし、普段からきちんと経営している会社への金融機関の融資は行われている。むろん「大変な会社」はある。しかし市場経済はもともと「みながいつでも利益が上がり安心」というわけにはいかない。リスクとリターンはセットである。継続する会社は、危機を乗り越えることによって自らを鍛えて来た。内外の1500社ほどの会社から聞き取り調査をしてきたが、経営者が自らを誇るのは、どれだけ儲けたか、ではなく、どのような困難に遭遇し、それをどのように乗り越えてきたかを語るときである。辛いことだが、人を鍛えるのは、困難との出会いである。残酷なようだが借金の能力も、信用の獲得によってもたらされる。
倒産件数などを見ると2018年は8000社強だが、2000年前後は16000社くらいだった。小生には“コロナ不況”の予測はできないが、いつの時代でも経営の敗北は、環境だけが原因ではない。また適正な企業数など存在しない。
景気循環や3・11のような各種の出来事も、みなに平等に訪れる。大企業だって同様だ。かつて名門といわれた鐘紡は滅び、東レも帝人もしっかりと生き残っている。経済・社会環境は同じ条件だった。異なったのは経営力である。
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(すべて『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』より抜粋)