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大政の来歴・尾張からの手紙
【第57話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月一回更新。
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宗七が上州館林江戸屋虎五郎のところへ発って数日、次郞長は気が脱けたようにボンヤリして過ごしていた。これを見た乾分達は心配でしょうがない。
「親分、どうしちまったのかねぇ、まるでふぬけじゃねぇか」
「どうもこうもねぇやな、尾張の相撲取りが居なくなって寂しいのよ」
「ちょっと、おまえ、行って慰めてやんねぇ」
「じゃあ、そうすっか」
と言うので、乾分の中でも剽軽な野郎が、座敷でぼんやり莨を吸っている次郞長ンとこへ来て、
「親分」
「なんだよ」
「はちみつ、って知ってますか」
「なんだ、藪から棒に、知ってるよ」
「じゃあ、アレなんで、はちみつ、って言うか知ってますか」
「蜂の蜜だからじゃねぇのか」
「ちがいます」
「じゃあ、なんだってんだ」
「八と三で、ハチミツ、ってんでさあ」
「八と三ならインケツじゃねぇか」
「博奕打ならそうなりますが、違いやす。八と三でハッサン、つまり、これを十一日連続で舐めると病気が発散して病気が治る。それがためにハチミツ、とこういう訳なんで」
「ふーん、そうかい、オメーは変なことを知ってるな」
「へい、マア、嘘なんでやんすがね」
「殴るぞ、こら。用がネーんならあっちいってろ」
「すいやせん」
と下らない話をして逃げていく。それを見送って次郞長、煙管を口に持って行って独り言を言った。
「なにを言いに来やがったのかと思ったら、くっだらネー御託並べていっちまいやがった。ふざけた野郎だ。しかしそれというのも、俺がこうやって塞ぎ込んでいるから、戯談を言って笑わせてやろう、と思ってのことだ。なっさけねぇ、親分の俺が乾分に胸のうちを見透かされて心配されてるんだ。こんなこっちゃ、どうにもならねぇ」
そう言って莨の火が消えているのに気がついた次郞長、火鉢の縁に雁首のところをガンガン叩きつけ、もう一服しようとしてよすと、木剣を持って庭に出た。
座敷に面した広くもない庭である。
そこで肌脱ぎになった次郞長、竹刀を手に取ると、
「えい、やっ」
と素振りを始めた。
「なんだ、ありゃ、裸足だぜ」
「ついにおかしくなっちまったんじゃねぇか」
乾分がそんな風にいっているところへ、用足しに出掛けていた大政が戻ってきた。
大政は次郞長一家の番頭格、乾分の筆頭である。
「あ、大政の兄哥、お帰ンなさい」
「おお、親分はどうしていなさる」
「へえ、庭で暴れてます」
「庭で、暴れてる? 穏やかじゃネー」
そう言って大政は庭に回る。そこでは次郞長が肌脱ぎになって竹刀を振り回している。大政は次郞長に声を掛けた。
「親分、只今、戻りました」
「おお、大政か。恰度いい。ちょいとやろう」
「へい」
次郞長に命じられた大政、返事をすると転がっていた竹刀をとってこれを青眼に構える。これに次郞長が、「えいっ」と打ち込む。これを大政が受ける。暫時、立ち合って、流石に次郞長は息を切らしたが、大政の呼吸はまったく乱れていない。
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