【無料公開】榊原紘『推し短歌入門』/「はじめに」&「本書の楽しみ方」
2023年10月末刊行、榊原紘『推し短歌入門』より「はじめに」「本書の楽しみ方」を公開。そして本書の見どころをピックアップします。
「脚が5メートルある!」「顔がルーブル美術館(=美術品のように美しい)」などなど、オタ活においてはミームや誇張表現に頼ってしまい、語彙喪失状態になってしまいがち。
それでも、好きなものをもっと丁寧に、自分だけの言葉にしたい!
そんな思いに応える短歌の入門書です。お楽しみに!
はじめに オタクは短歌に向いている
いきなりですが、想像してみてください。
アニメでも漫画でもいいのですが、三浦春陽(みうらはるひ)と二宮夏樹(にのみやなつき)という架空のキャラクターがいるとしましょう。
春陽が夏樹の意見に対して、何かを言います。すると、夏樹はこう返しました。
「春陽もそんなこと言うんだね」。
ここで、「も」に違和感を覚えた人は冴えています。夏樹は「他の誰か」を想像しているようです。さらに、夏樹は春陽のことを前回まで名字(「三浦」)で呼んでいたとしたらどうでしょうか。今回は名前で呼んでいますね。名前で呼ぶなんて、二人の間に何か変化があったんだ!と思うのではないでしょうか。
一字や一単語で騒げる能力。それは、オタクにはとても大切なものです。
そして、短歌においても。
「短歌って……五七五……七七?」とぼんやり考えているあなた、大丈夫です。少しずつ分かってきます。
この本は「推しへの気持ちをフックに短歌を作ってみよう」がテーマの、いわゆる「短歌の入門書」ですが、私は「無理に短歌を作らなくてもいい」とも思っています。
何かを成し遂げるときに、そこに「愛」を見ると危ないことがあります。「○○が好き。この気持ちをエネルギーにして頑張るぞ」と自分で思っているだけだったらまだよいのですが、「好きだったら△△できるはずだ」「~しない人は愛が足りない」……。そういうことを自分や他人に向け始めると、うまくいきませんし、されたほうもいい気持ちではありません。
アニメを観たり漫画を読んだりしているときに、自分は消費するだけで何も生み出せないんだと落ち込む必要もありません。別に何もしなくてもいいじゃありませんか。
けれど、「そうじゃない、何かしたいんだ! でもやり方が分からないんだ!」と思うなら、「何か」の選択肢の中に短歌を入れてみてはどうでしょうか?
この本はそんなあなたのための短歌入門なのです。
「短歌ってなんだか〝雅”」で難しそう」「センスないんだよな」……そう考えているあなたも、大丈夫です。「才能」の物語は私も大好きです。短歌の世界にも確かにセンスや才能は存在します。
それでも、短歌は技術の習得や修錬で得られるものがたくさんあります。センスや才能に見えているもののほとんどは、読書量や歌会の積み重ねといった経験からくるものです。センスがどうの、と言う前に、一緒にやってみませんか。「才能は開花させるもの、センスは磨くもの」(古舘春一『ハイキュー!!』十七巻、集英社)なのですから。
そして、オタクは必ず短歌がうまくなります。必ずです。私が保証します。一字や一単語で大騒ぎすることができ、「推し」が笑ったり、あるいは黙り込んだりするだけで心が震えるその感受性で……短歌をやってみませんか?
何かを創作したいのに踏み出せない、短歌に興味があるけど何から手をつけていいのか分からない、誇張した表現ばかり使ってしまって楽しいのになぜか疲れている。気がつけば「推しの脚が5メートルある」とか、「美術館が実家(のような美しい顔)」とか言っている(私が実際に発言したことのある、オタク特有の誇張です。友人には「美術品の実家は美術館じゃなくて美術家のアトリエだよ」と言われました)。
冷静になってほしいのですが、実際には、推しの脚は5メートルないのです。こうした誇張はときに非常に楽しく、冷静さを欠くことそのものが、爆発的な創造力を連れてくることもあります。
けれど、よく使われている誇張表現や慣用表現ではなく、好きなものをもっと丁寧に、自分だけの言葉にしたい! これはそんな人たちに贈る本です。情熱と、丁寧に作品を作ったり分析したりすることは両立します。
一緒に短歌を作ってみましょう! 楽しみですね。
申し遅れました! この本の著者、榊原紘(さかきばらひろ)です。
生まれて初めて読んだ漫画は井上雄彦先生の『SLAM DUNK』、好きなゲームクリエイターは『逆転裁判』シリーズなどを手がける巧舟さん、アニメ監督は松本理恵さんです。フルタイムで働きながらゲーム『逆転裁判』を一日八時間連日プレイしていたら、体の左半身に痺れが出たこともあります(今もたまに痺れが出ます)。昨年の年末に一日九時間かけてアニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』二期を一気に見ていたら、涙を拭っていた左の手の甲が荒れました。
そんな私は、連作(※)「悪友」で第二回笹井宏之賞大賞を、連作「生前」で第三十一回歌壇賞次席をいただき、二〇二〇年に第一歌集(※)『悪友』を、二〇二三年の夏に第二歌集『koro』を刊行した歌人です。学生短歌会と短歌結社(二三〇頁)に所属していたこともあり、歌歴は十年を超えました。
まずはご挨拶がてら、私の推しを紹介しましょう。推し遍歴における時系列順・敬称略で並べると以下のようになります。
桜木花道(井上雄彦『SLAM DUNK』、集英社)
三井寿(右同)
我愛羅(岸本斉史『NARUTO』、集英社)
瀬田宗次郎(和月伸宏『るろうに剣心』、集英社)
瑞垣俊二(あさのあつこ『バッテリー』、KADOKAWA)
櫛枝実乃梨(竹宮ゆゆこ『とらドラ!』、KADOKAWA)
紀田正臣(成田良悟『デュラララ!!』、KADOKAWA)
零崎人識(西尾維新『クビシメロマンチスト』をはじめとする「戯言シリーズ」、講談社)
笠松幸男(藤巻忠俊『黒子のバスケ』、集英社)
田島悠一郎(ひぐちアサ『おおきく振りかぶって』、講談社)
鈴木将(ONE『モブサイコ100』、小学館)
倉持洋一(寺嶋裕二『ダイヤのA』、講談社)
西谷夕(古舘春一『ハイキュー!!』、集英社)
★木兎光太郎(右同)
★天童覚(右同)
★仁科カヅキ(菱田正和監督『プリティーリズム・レインボーライブ』『KING OF PRISM』シリーズ)
風間蒼也(葦原大介『ワールドトリガー』、集英社)
★ガロ・ティモス(今石洋之監督『プロメア』)
★高橋世田介(山口つばさ『ブルーピリオド』、講談社)
煉獄杏寿郎(吾峠呼世晴『鬼滅の刃』、集英社)
★御剣怜侍(ゲーム『逆転裁判』シリーズ、CAPCOM)
★鹿野師光(伊吹亜門『刀と傘』、東京創元社)
★リシテア=フォン=コーデリア(ゲーム『ファイアーエムブレム風花雪月』、任天堂)
★リンハルト=フォン=へヴリング(右同)
★尾形百之助(野田サトル『ゴールデンカムイ』、集英社)
石田波郷(俳人)
橋本夢道(俳人)
★亜双義一真(ゲーム『大逆転裁判』、CAPCOM)
★大場なな(古川知宏監督『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』)
★三日月・オーガス(長井龍雪監督『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』)
★宮城リョータ(井上雄彦監督『THE FIRST SLAM DUNK』)
私は色々な作品に影響を受けて短歌を作ってきました。★印を付けたものが、短歌にしたことがあるキャラクターや人物です。ただしこれは、自分にとって特に重要、という意味合いではありません。
大好きでも短歌にしなかった・できなかったものもあれば、少し触れただけでどんどん短歌が作れたものもあります。そこに理由を見出したことはありません。短歌にできたから自分の手中に収められたと思ったこともないですし、短歌にできなかったから自分の中でたいして大事ではなかったのかも、と思ったこともありません。
歌という形にできる・できないに貴賤はないのです。短歌にできなかったこともまた、大事なことだからです。大好きな推しの短歌を思うように作れなくても、焦らないでください。
あなたは短歌を始めたばかりで、これからどんどん上手くなるのですから。
※「連作」とは複数の歌の集まりのことです。一般的にはタイトルがついていて、テーマやストーリーがあると解釈されます。
※「歌集」とは合計数百首の歌が収められている短歌の本のことです。多くは連作が並んでいる形式をとります。この連作の順番は、編年体のこともあれば違うこともあります。
本書の楽しみ方 イメソンみたいに楽しむ、推し短歌というNEW GAME
先ほど書いたように、私は様々な作品から影響を受けて短歌を作っています。
「推し短歌」ってどんなもの?と思っている皆さんに、まずは私の作った推し短歌を読んでいただきましょう。
これは「DUNKIRK」という連作の中の一首で、クリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』に影響を受けて作ったものです。
こちらはひぐちアサ先生の漫画『おおきく振りかぶって』に影響を受けて作った歌で、「サードランナー」という連作に収められています。
代表作である「悪友」は、何かから影響を受けた連作ではありませんが、検索する限りでは色々な界隈の方々の「推し」に投影されてきました。
ある日、『呪術廻戦』を好きな方々が、「『悪友』という歌集は五条悟と夏油傑の関係性にとても似合う」という旨でツイートされているのを見かけました。
先ほど書いたように「悪友」は何かから影響を受けて作ったものではなく、芥見下々先生の『呪術廻戦』(集英社)は好きで読んでいましたが、読み始めたのは「悪友」を作った後のことでした。しかし、『呪術廻戦』と『悪友』を読み返してみると、なるほどと納得できるところは多くありました。
自分で色々な連作から二人を連想できる歌をまとめて、同感の意をツイートしたところ、かなり多くの反響がありました。
現在では作品から影響を受けて短歌を作った場合に使用するハッシュタグも増えていますし、現代の歌人もファンアートの一環で短歌を作るのはそれほど珍しいことではありません。
いきなり短歌をゼロから作ろうとしたり、読もうとしたりすると、難しいと感じるかもしれません。しかし、既に知っているものや好きなものを介入させることで、近道ができるのです。それがまして、「推し」が短歌の入り口になるとしたら。「大好きでも歌にできないものはあるし、罪悪感を抱かなくていい」ということは先ほどお伝えしましたが、この「推し短歌入門」を通して、推しへの見方も、短歌の世界も広がれば、こんなに嬉しいことはありません。
まず、短歌を身近に感じてもらって、興味が出てきたら用語を知ったり、人と意見を交わし合ったり、連作単位や歌集単位でどんどん読んでいったりしたらいいのです。短歌をより深く読み込むための回路は、後から徐々に習得できます。
この本は、従来の短歌の入門書とはコンセプトが異なります。読むゲームだと思ってください。「難易度」の表示があるので、それを見ながら自分はここまでならできるな、このステージに挑戦してみよう、という気持ちで読んでみてください。また、ところどころには「セーブポイント」があり、書いてあったことがまとめてあります。
そしてこの本では、様々な切り口から短歌に出会っていただくために、歌集だけではなくアンソロジーや総合誌や個人誌、インターネットで発表された歌も引用します。歌集を出していない方々にもよい歌があることを知っていただきたいからです。引用した歌には「評」といって、私なりの歌の解釈を載せていきます。この「評」については、後ほど詳しくご説明します(一六三頁)。
また、歌の作り方や意図を説明する場合は、筆者である榊原紘の歌を多く扱います。
初めてのゲームをやるときは、まず近場にあった武器を選ぶように、短歌もスタンダードな戦法から始めましょう! 最初は剣を選んでいても、そのうち自分は弓特性があるなとか、召喚系魔法を組み合わせたほうがいいなとか、自分に合う方法は、後から分かってくるものです。
難しい編成を組むのは、パーティーの特性が分かってきたゲーム終盤、もしくは二周目からで遅くありません。腕に覚えがある方は、「ハードモード」も併せて読んでみてください。
短歌の世界は、「SNSと相性がよく、流行っている」と最近よく言われるわりには、まだまだ閉鎖的です。この本は、短歌の世界がまず多くの人に開かれてほしいと思い作りました。以下のように色々な方法で他の方に広めていただけたら嬉しいです。
・書籍の表紙、数ページを写真で撮ってSNSにアップする
・図書館に置いてもらえるように注文する
・人に貸す
・人にプレゼントする
・#推し短歌入門 でつぶやく
・著者名、書名、出版社名などを出して感想をつぶやく
・読書会をする
どれも嬉しいです! ありがとうございます。
では、NEW GAMEといきましょう!
発売日は10/20(金)、Amazon予約受付中です!
全国書店で10/20ごろから発売です!
Amazonでは流通の都合で1週間ほど遅れての発売となります。
絶賛予約受付中です!