【特別公開中】2.「差異」の発見を通して重なり合う、「音楽のような」コンポジション ——蓮沼執太
・太田市美術館・図書館「2020年のさざえ堂ーー現代の螺旋と100枚の絵」公式図録(左右社より3月末刊行)から、担当学芸員の小金沢智による展示解説と総論を特別公開しています。
・本記事は、スロープ展示についての解説です。
・作品写真撮影:吉江淳
音楽家・アーティストである蓮沼執太の作品を、当館のランドマークと言える、1階と2階のあいだのスロープに展示する。作品は、蓮沼が国際芸術センター青森(ACAC)で個展「作曲的compositions: space, time and architecture」(2015年)を開催して以来、表参道 (2016年)、北京(2017年)、ニューヨーク(2018年)、銀座(2018年)など、個展を中心にライフワークとして制作している作品の最新作であり、そこには、蓮沼が作品制作時に非常に重視している「リサーチ」という行為と、蓮沼の音楽・音に対する思考が顕著にあらわれている。
「フィールドワーク・フィールドレコーディング」を旨とする本作は、表参道での個展 (2016年)以降、蓮沼が展覧会場の周辺(主に屋外)をマイクを転がしながら歩く「映像」と、そうして録音された「音」(環境音)を素材とする作品として、展覧会に際してはそれらとともに制作時のマイクがひとセットとなって展示される。蓮沼は、「音とは、なにかとなにかの接触である」と考えており、歩き、環境音を録音することから音楽を作るプロセスが始まっているという。《Walking Score》の制作にあたり蓮沼は、そうしてある環境の 「ものを見る」「ものを聴く」という行為を通して、逆説的に「見えないもの」「聴こえないもの」 にも触れながら、手にするマイクと地面=世界との不断の接触によって、「音楽のような」コンポジション(構成) をライプパフォーマンス的に録音・記録するのである。
本展での最新作《Walking Score (spiral)》(2020年)は、そのような手法と意図をもつが、ともに螺旋状の構造である太田市美術館・図書館と曹源寺さざえ堂の2カ所で撮影・録音された映像と音が組となり、1作品となっている点に新しい展開がある。すなわち、プロジェクターで太日市美術館・図書館、モニターで曹源寺さざえ堂の各映像を見せるとともに、それぞれの音を別々のギターアンプから出力し、それらの音をスロープの空間内で重ね合わせている。空間の手前と奥では音の聴こえ方が違うため、鑑賞者が移動することによって音が変化していく。さらに、一面ガラス張りの展示空間は、外光によってプロジェクターから投影される映像をときに見えにくくさせるだろう。けれども、映像としては見えにくくてもそこには確かに音があり、そしてそれは鑑賞者の主体的な歩行という運動によって刻々と変化していくという鑑賞体験が、ここでは狙われている。
太田市美術館・図書館と曹源寺さざえ堂の構造上の類似が本展の企画者の動機にはあるが、蓮沼が本作で試みているのは、それらの同一性ではなく、「違い」を示すことにほかならない。建立から200年以上が経つ曹源寺さざえ堂がもっていると蓮沼が考える「過去の時間」を、蓮沼自身が入り込むことによってあらわす。同時に、開館から3年程度と間もない太田市美術館・図書館もモティーフにすることで、両者の違いを示しながら、しかしそれら違うものを繋げることの可能性を問うているのである。さらに、一方通行であるがゆえに「歩かされている」とも認識できる螺旋状のふたつの空問で、それでも主体的に音を聴く/聴かない、ものを見る/見ない体験が、本展では起こっている。螺旋をモティーフにした本作に内包されているのは、均質化が進行する現代社会への批評でもある。
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