家庭菜園から専業農家へ、女性農家のリアル【やりたいことの見つけ方】
小豆島へ移住して1年が経つ。
「東京から地方へ移住したこの1年で最も大きく変化したことは?」
そう聞かれて真っ先に浮かぶ回答は、
「第一次産業の現場を自身の目で見る機会が増えたことで、生産者さんのことをより身近に感じられるようになったこと」だ。
これまで都会のスーパーで、野菜や果物、海産物を手に取り、食卓に並べるだけでは分からなかった、生産者さんの日々のドラマや思いをご本人から伺い、また、その現場を実際に見せていただくことで、自分ごととして感じられるようになったのは、我ながら大きな変化であった。これは、地方に住んでみなかったらきっと一生わからないことだったと思う。
また、この町で農家さんの元を訪れて驚いたことがある。
それは、私の想像以上に女性農家さんが多く活躍されていること。
農業って力が要る場面も多いだろうし、女性が新規就農されるのはとっても大変そう。しかし、この町には、そんな心配を跳ね除けてしまうくらい楽しそうに農業に励む女性がいた。
それが、今回取材に伺った西口千里さんだ。
趣味の家庭菜園からプロ農家になったという西口さん。今回は、好きなことが仕事になったきっかけや就農のこと、また、女性農家ならではの苦労や工夫について、冬と夏、2回に渡ってお話を伺った。
◆プロフィール
西口 千里(にしぐち ちさと)
職業: 農家
前職: 自動車ディーラー勤務
出身地: 香川県高松市
活動エリア: 香川県土庄町
主な農作物: 柑橘、キウイ、野菜
冬は柑橘とキウイを栽培
西口さんは、とにかくいろんな野菜や果物を作られている。
冬は、柑橘やキウイを中心に栽培。最初の取材に伺った冬の日は、ちょうど柑橘の収穫が落ち着いたタイミング。
枝をカットして間引くことで、枝葉のすみずみまで日光が届くように調整する「剪定」という作業をされているところだった。
それとは別に、柑橘の収穫を手伝ってくれたご近所さんへの御礼用にと、香川県の郷土料理「まんばのけんちゃん」で県民にはポピュラーな野菜「まんば(ひゃっか)」、白菜やブロッコリーなどの野菜を栽培。
夏は夏野菜を中心に
夏は、島内の産直市へ夏野菜を出荷。
なす、すいかなどの定番野菜から、ジャンボししとう、黄色い皮の「マクワウリ」という都会のスーパーでは滅多に出会えない野菜も作られている。
夏野菜の収穫を取材させていただいた様子をインスタのリール動画でUPしたのだが、西口さんの収穫スピードにびっくり!動画スピードが速いから、というだけでなく、複数の畑を回りながら、1時間ちょっとの間に大量の野菜収穫を終えてしまうのだ。
夏の暑さは、夏野菜に大敵らしく、暑い時間帯に収穫すると、野菜がすぐにへたってしまう。そこで、西口さんは朝の収穫作業を早い時には5時台から始めることもあるのだとか。
涼しい時間帯に収穫してしまうことで、野菜がへたらずに、瑞々しさを保ったまま産直へ出荷できるのだそう。農家さんたちのこうした工夫があって、私たち消費者は、店頭で新鮮な野菜を手に取ることができるのだ。
なぜ、農業の道へ?
西口さんはなぜ、農業の道へ?
農家として就農されたきっかけについて伺ってみた。
趣味はガーデニングと家庭菜園
西口さんは、昔から庭いじりが好きだったという。
ご実家でのガーデニングに始まり、ご結婚後もガーデニングや家庭菜園を始めるなど、植物を育てることが趣味だったのだそう。
ご主人が家業を継がなければならなくなったタイミングで、西口さんご夫妻はご主人の故郷、小豆島へ移住。移住前は、香川県内の某自動車ディーラーで、ご夫婦共に会社員をされていたという。
「食べることより何より、作る工程が楽しくて好き」と語る西口さん。小豆島移住後は、最初は40坪くらいの畑で、西口さんが作りたい様々な品種の作物を自由に栽培し、収穫したものは人にあげるなど、畑仕事は個人の楽しみとしてやっていた。
しかし、高齢化が進み、荒廃農地の増加が課題の小豆島。
西口さんが作る作物がおいしいと近所で評判となったある日、高齢で畑の管理が困難になった方から「うちの園地を管理してもらえないか」と相談が舞い込んでくる。実は、この畑を引き継いだことが、その後の西口さんの農家転身のきっかけへと繋がる。
畑を引き継ぐと、そこから瞬く間に評判が広がった。
「うちの園地も管理してもらえないか」
西口さんの元に次々と相談が舞い込んできたのだ。
みかん農家の始まり
町内に点在する複数のオーナーさんの農地、園地を次々と管理していくうちに、前年までみかん作りをされていらした方から
「うちのみかんも管理してもらえないか?」
と相談が舞い込む。この時、スイートスプリングの園地を預かったのが、みかん農家としてのキャリアの始まり。
実は、西口さんのご実家は、高松でみかん農家を経営。
「実家を継がなかった自分が、小豆島でみかん農家を始めるのは気掛かり・・・。」
このみかん園地を引き継ぐにあたり、そんな思いが引っかかっていた西口さんは、ご実家へ相談されたそうだ。
「自分の人生だし、小豆島へ嫁いで行ったのだから、やってみたら?」
こうしてお父様の言葉に背中を押された西口さんは、みかん農家としての一歩を踏み出すこととなる。
その後も西口さんの元には町内の荒地農地を引き継ぐご縁が次々と舞い込み、時には自ら重機で園地を起こしながら、新しい品種の柑橘へと植え替え、次々と園地を管理。現在では様々な品種の柑橘を栽培されている。
さらに、キウイ農家へ
今度は、高齢になって管理が難しくなったキウイ園地を引き継ぐ話が西口さんの元へ。
現在は県の補助金を受け、さぬきゴールドを作っている。
一昨年からは、肥土山地区の高齢で管理できなくなった「香緑」というキウイを作っている園地も預かることになったため、西口さんは日々、島内の農地、園地を転々とされているのだという。
40坪の家庭菜園からサッカー場さながらの園地へ
就農して7年。
40坪の家庭菜園が今では1町=10反を超える規模になったという。
この「1町」という単位、あまり聞いたことのない単位かと思うので補足するが、1町=9,917㎡。世界各国の主要スタジアムのサッカーフィールド(ピッチ)のサイズが 105m × 68m = 7,140㎡ なので、世界のサッカー選手が走り回るピッチよりもさらに広い農地・園地をほとんどお一人で管理されているということになる。
西口さんは毎日、ご自宅からメインの園地まで、車で往復25kmの距離を通っている。距離的に何度も自宅に戻るのが大変なので、毎日園地でやる作業を決めて仕事に臨むのだとか。冬は6時半頃から14時頃まで、夏は暑さで野菜がへたってしまう前に収穫するので、早い日は朝5時台から暑くなるまでの涼しい時間帯に一気に作業してしまうのだという。
いつも明るく真摯に野菜・柑橘作りに励む西口さん。そんな西口さんの姿を見て、ご自身の園地をお任せしたいと思われる町のみなさんのお気持ちがとってもよくわかる。
女性が農業するのは大変?
夏は夏野菜を、冬は柑橘を作って産直などに出荷されている西口さん。西口さんが女性お一人で農業をされるにあたり、経験された大変なことを伺ってみた。
機材も野菜も重い
農薬散布や剪定などの機材、野菜や柑橘の収穫などは、なかなかの重労働。そこで、ご主人のお仕事がお休みの日には、農薬散布などの重い機械を使った大掛かりな作業を手伝ってもらうのだという。
また、夏の取材当日には、大きなスイカや大量のナスを収穫。
この日はご主人がいらしたので、西口さんが収穫される後ろをケースを抱えたご主人がついて歩いて野菜を回収。しかし、お一人で収穫作業をされる際には、持てるだけの野菜を抱えて少し離れたケースに入れては戻り、また戻って収穫、を繰り返すそう。この繰り返しもなかなかの重労働だ。
「バネ指」で指が曲がらない
ちょうど寒さが厳しい頃に伺った冬の取材の日。西口さんは柑橘用のハサミを片手に「バネ指になっちゃって、指が曲がらないんです」と話してくださった。
この通称「バネ指」と呼ばれる症状は、指を曲げるのに必要な腱や腱鞘(けんしょう)に炎症が起こり、腱鞘炎が悪化することで発症する指の腱鞘炎のような症状のことで、農家さんがなりやすい症状だそう。
収穫や剪定は同じ作業の繰り返し。指の曲げ伸ばし、強い握り、重い物を持つ、といったことの繰り返しでバネ指になってしまう農家さんが多いそうだ。
女性農家ならではの工夫
週に何度か仕事がお休みの日には、ご主人がお手伝い。
収穫繁忙期に時々友人や近所の人が手伝いに来られることもあるというが、基本、西口さんがおひとりで園地を管理されている。
そこで、西口さんご自身で基本作業ができるようにと、様々な工夫がされていた。
木の高さや配置を調整
柑橘は木が大きくなるものが多く、あまりに大きくなりすぎてしまうと、木に登って収穫しないとならない柑橘もあるんだとか。
そこで、西口さんお一人では管理できるように、大きくなりすぎないよう剪定。木々をご自身で管理できる大きさに調整するため、枝葉が伸びてきたら剪定を繰り返しているのだという。
間隔を空けて重機スペースを確保
昨年12月に土庄町内で同じく柑橘を栽培されている文次郎農園さんの取材に伺ったのだが、西口さんの園地とは樹木の密度に違いがあることがわかる。
▼文次郎農園 太田さんの取材記事
農業では重労働は避けられないし、そこを極力ご自身で完結できるようにするには工夫が必要。そこで、西口さんは先ほどの剪定だけでなく、園地を引き継いだ際に木々を間引いたり、新たに植えた樹木は間隔を空けて定植するなどして、重機が入りやすいよう園地をレイアウトされたそうだ。
これだけ木々の間にスペースがあれば、重機や軽トラを園地に入れて作業がしやすく、剪定した枝葉もその場で荷台に積みながら作業ができるという。
スマート農業の導入
世界ではAgritech(アグリテック)と呼ばれ注目されている「スマート農業」。西口さんの元でもいくつか機械を導入されている。
写真は、みかん園地を走り回るロボット草刈機。
実際は、草刈りというより芝刈りらしいが、それでもこの24時間稼働の働き者のおかげで、草刈り作業の負担がかなり軽減されたという。その働きっぷりは、下草の除草のために多くの農家で飼われるヤギや羊よりもよっぽど働き者だと地元で話題にあがるほど。
充電が無くなれば、お掃除ロボットルンバのように、自分で充電ステーションに戻って勝手に充電してくれる超優秀ロボット。地元農家さんたちの注目の的になるのも頷ける。
また、夜にライトを光らせながら畑を走っていることから、鳥獣が近寄って来ないというメリットもあるのだとか。
ロボット草刈機は、農家さんたちを悩ませる鳥獣対策としても活躍してくれる優秀アイテムらしい。
農業もファッションも楽しみながら
女性らしいおしゃれなウェア、素敵なピアス。
私が西口さんの取材に伺う度に思うのは、農作業中のファッションがとても素敵だということ。
BURTLEのレディースラインやワークマンなど、最近は素敵なレディースウェアが続々と販売されている模様。男性農業者さんとお会いする機会が多かった私は西口さんの取材で初めて、こんなにかわいくておしゃれなウェアがあるんだ!ということを知った。
この夏に、空調服デビューした西口さんご夫妻。取材当日は、ご主人と一緒に空調ファン付きべストを着ていらしたのだが、この空調服があるだけで、夏の作業は超快適になるのだとか。
機能性もファッション性も抜群なウェアが増えている昨今。気になる方はBURTLEやワークマン、ぜひチェックしてみてほしい。
新規就農で変化したこと
農業者としてのキャリアをスタートさせた西口さん。
しかし、当初は自分が農家になるとは思ってもみなかったという。
前述のように、西口さんのご実家はみかん農家。
農業の道へ進む予定もなかったので、本格的に農業を学んだのは就農後。
「家庭菜園の趣味が高じて、農家になった」と表現すればとてもポップに映るが、実際は農業を仕事にしていくにあたり、趣味として野菜作りをしていた頃には直面しなかった、プロの農家ならではの課題と向き合わなくてはならなくなったという。
「表年・裏年」を考えながら栽培
家庭菜園をしていた頃は、とにかく作ることが好きだったので、自分の育てられる限り、育ててみたい野菜をたくさん栽培したという西口さん。
しかし、プロの農家ともなると、毎年安定的に同じ重量を収穫できるようにコントロールすることが求められる。
柑橘は、同じ品種でも木によって果実が実るタイミングが異なるという。
果実が成る年を「表年」、果実が全く成らない年を「裏年」と呼び、この表年、裏年が交互に来るように、バランス良く木々を植えたり、また、収穫量のコントロールのため、強制的に「裏年」にする木には摘果剤をかけたり、実が成ってしまった場合には、もったいないが敢えて実を落として裏年扱いにするなど、手作業でのコントロールも必要なのだという。
品種にもブームがある
西口さんの取材で「なるほど!」と思ったのが、野菜や果物にもブームがあるということ。ファッションやスイーツの流行と同様に、野菜や果物にもブームがある。そこで、農家さんたちはJAさんと相談をしながら、タイミングを見つつ、人気品種の木へ切り替えていくのだという。
木を植え替えるには4〜5年の時間がかかり、高齢になってから植え替えるのは非常に大変な作業となる。そこで、出来るだけ若くて体力のあるうちにと、西口さんが引き継いだスイートスプリングも今年、新しい品種への植え替えに踏み切ったそうだ。
聞いて、相談して、やってみる
就農すると、利用できる制度や補助金申請などの機会も広がる。
「最近は、農業者が利用できる制度や補助金があったりするようなので、何かをやってみようと思ったら、まず、役場の方やJAさんに聞いたり相談してみて、それから動くようにしています。」と西口さん。
国を挙げて自給自足率の向上を目指す日本では、近年、農業者が利用可能な様々な制度や補助金が増えている。重機や設備などの高額な投資が必要となる農業において、こうした制度、補助金、農業のノウハウなど、農業者にとって有益な選択肢や情報、新規就農者へのサポート体制も昔と比べて増えつつあるようだ。
好きな気持ちが、おいしい柑橘や野菜をつくる
「西口さんは、おいしくてキレイなみかんや野菜を作る」
「出荷に十分な品質なのに、ちょっとでも傷があると出荷しない
それくらいストイックに向き合っている」
町の人たちに西口さんのことを尋ねると、口々にこんな言葉が返ってくる。それくらい、西口さんの農業に対する姿勢は謙虚で真摯だ。
取材をきっかけに、私も何度か西口さんとお会いしているが、毎回感じるのは、西口さんは栽培することが本当にお好きなんだなぁということ。そんな西口さんの愛情をたっぷり受けた野菜や柑橘たち。これだけおいしく育ってくれるのも頷けるし、こんなに愛情をかけて育ててもらった野菜や柑橘がおいしくないわけがない。取材の後にいただいたお野菜や果物のおいしさに、私も今ではすっかり西口さんのファンの一員だ。
新規で農業を始めるのは、やはり簡単なことではない。中でも、重労働が伴う農業を女性が始めることは、体力的にも特に大変なこと。しかし、西口さんのように基本作業をご自身で完結できるような工夫を凝らしたり、ご家族や周囲のサポートがあれば、女性も十分に活躍ができるフィールドが「農業」なのだ。
農業でさらに多くの女性が活躍できる環境が今後も広がっていけば、全国的に課題となっている第一次産業の担い手不足問題についても、様々なアプローチができるようになるかもしれない。
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【Special Thanks】
西口千里さん
土庄町 農林水産課
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