生まれ育った島の集落へUターン みかん農家へ転身したバンドマン
大学進学を機に、生まれ育った小豆島、中でも棚田や農村歌舞伎、虫送りの文化など、美しい日本の原風景が残る肥土山を離れ、ひとり大阪へ。
10年ほどの音楽活動の後、バンド解散を経て大阪から小豆島へUターン。
コロナ禍の真っ只中に8年間勤めた地元の飲食店を退職し、みかん農家への転身を決めた。
それが、この記事の主役、文次郎農園の太田翔さんだ。
今回は、大阪から小豆島へUターンを決めた理由、都会と島での暮らしの変化、みかん農家への転身を決めたきっかけ、そして、もうすぐ限界集落となる地元、肥土山への思いについて、太田さんにお話を伺った。
◆プロフィール
太田 翔(おおた しょう)
文次郎農園 農園長
出身地: 肥土山(香川県小豆郡土庄町)
◆Webサイト・SNS
食べチョク:文次郎農園
Instagam: https://www.instagram.com/bunjirofarm/
大阪から小豆島へUターン
大学卒業後もミュージシャンとして、音楽一筋でバンド活動最優先で直走っていた太田さん。
しかし、20代半ばという人生のターニングポイントに立ったメンバーそれぞれの進む道に変化が生まれ始めたことで、これまで全ての主軸となっていたバンドが解散することとなる。
それまでの10年近くは、無我夢中で音楽の道を突き進んできたが、バンドの解散が決まり、一気に気力が抜けてしまった。
これから何をしていけばいいのかと、しばらくは途方に暮れたという。
20代半ばの太田さんはここで、自身の生き方を見つめ直すこととなる。
当時は大阪に住んでいたので、当初は「田舎で何かできたらいいな」と、奈良の田舎の方へ引っ越そうかと考えていたらしい。
しかし、太田さんは途中で重要なことに気づいた。
「そうだ。うちの実家こそ、田舎や!」
2013年、瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)開催の年。
この年に28歳の太田さんは、小豆島へUターンし、地元、肥土山の隣りの中山千枚田にある大人気のご当地食堂「こまめ食堂」で勤務。
その後、みかん農家へ転身するまで8年間、こまめ食堂で働くこととなる。
肥土山に生活基盤を戻して今年で9年。
その間に、結婚や子育てなど、太田さん自身のライフステージも徐々に変化していった。
些細なきっかけから、みかんに魅せられて
太田さんのご実家は、肥土山に住む兼業農家。
田んぼで米作りをしていたことはあるが、今のように柑橘を育てたことはなかったという。
そんな太田さんは、なぜ、みかん農家になったのか。
前述のように、みかん農家へ転身される前は、地元の大人気ご当地食堂、こまめ食堂で働いていた太田さん。
こまめ食堂でデザートとして出されていたみかんの仕入れを担当されていたのが、太田さんだった。
「食べてみぃ!」
仕入れの際、農家さんから差し出されて食べたみかん。
その瑞々しさ、おいしさに感動したという。
この島には、若すぎるみかんの木よりもコクがあって味がしっかりしたみかんの穫れる、樹齢20年、30年の「現役バリバリ」なみかんの木がたくさんあるのに、それらを継ぐ後継者がいない。
みかんの味の感動と同時に、その農家さんとの何気ない会話の中で、太田さんは島の農業の現状を知ることとなる。
太田さん:
「僕は元々、肥土山で生まれ育った人間なので、地域のおいしいものや見慣れた景色がなくなっていくのは寂しいなぁと思っていて。
こまめ(食堂)で働きながら、モヤモヤしてたんですけど。
コロナの流行で飲食店にも影響があって。
店がしばらく休業した時に実家で他の農家さんに貸していたみかん山に行ってみたんですけど、高齢になって農家さんがリタイヤされてそのままになっていたみかん山が荒れ果てていて。(笑)
でも、その荒れ果てたみかん山の木に、みかんが生っていて。
そのみかんを食べてみたら、すごくおいしかったんです。
そこから、みかん農家をやりたい思いが強くなって。
『(みかん農家)やってみようかな。』って話してみたら
『うちが教えてやるから、やったらええわ!』
仕入れ先の農家さんがそう言ってくれて。
それが、50年ぐらいみかん作りに携わっている、僕のみかん作りの師匠。
その方に教わりながらいまも作ってるんです。」
お話しする中で見えてきた、太田さんのお人柄。
彼のその真摯な姿勢や、故郷の肥土山を思う気持ちがきっと、仕入れ先の農家さんであり、太田さんにとっては幼い頃から知っている「近所のおっちゃん」である現在の師匠の心を動かしたのだと私は思う。
世界中が大きく変化していったコロナ禍真っ只中の2020年。
太田さんはご自身の故郷、肥土山で文次郎農園を立ち上げた。
高齢化と後継者不足を抱える島の農業
今回取材させていただいた太田さんのみかん農園は、元々、他の農家さんがずっと大切に育ててこられた農園を引き継いだという。
元々、ここを運営されていた農家さんがご高齢になり、農業を続けていくのが難しくなってきたが後継者がおらず、今後について悩まれていたそうだ。
農園は山の上の急斜面にあり、みかんの木と木もスペースなくぎゅっと生えている。そのため、重機を入れられるようなスペースもなければ、スマート農業で導入例も多いルンバのような自動草刈機を入れたくても、斜面や地面の凹凸が激しく、導入が難しい立地のところばかり。
高齢になられた農家さんたちが「農業を続けていくのがしんどい」と仰る理由も頷ける。
地域おこし協力隊としての私のメインのお仕事のひとつは、情報発信。
そのため、これまでも土庄町内のあちこちを仕事や取材で回らせていただいている。
その際、目に映るのは、前述のような急斜面の立地にある農地や、木と木の間に重機を入れられるだけのスペースがなく大きな機械の導入が困難な農地。
土庄町に移住して半年ちょっと。この町を少しずつ知り、町の人たちから直接お話を伺うことで、高齢になられた農家さんがこれまで通り農業を続けていくことが難しい理由を、私自身も肌感覚で少しずつ理解し始めていた。
同時に、後継者もいないままご自身の体力も限界を迎え、廃業せざるを得なくなっていった農家さんが増え、手入れがされなくなりそのままになった荒廃農地が増加。それと同時期に別途、イノシシの数も急増。
荒廃農地だけでなく、管理されている農地への獣害も増え、現役農家さんたちの意欲も低下し農業から退いてしまう、といった課題もある。
担い手不足、荒廃農地や獣害の増加など、こうした課題はそのうちひとつを解決すれば全てが解消されるわけでもないので、長期間向き合わなくてはならないトピックだ。この島の農家さんたちが抱える悩みのひとつだという。
先人の知恵「予措」で果実の糖度を上げる
小豆島では、みかん、オレンジ、レモンなど、様々な柑橘類が栽培されている。この中でも圧倒的に多くの割合を占めているのがみかん。この冬に、多くの農家さんやご近所さんたちからたくさんのみかんを分けていただいた私自身の経験からも、このことがよくわかった。
中でも、この島であまり栽培されていない珍しい品種が「青島温州みかん」。この「青島温州みかん」、実は、関東でもおなじみの、静岡でブランド化され全国的にも有名な「三ヶ日みかん」と同じ品種(つまり「青島温州=三ヶ日みかん」)だという。
青島温州みかんは、出荷前に「予措」という工程を挟む。
予措:
水分を抜くことによって果実を腐りにくくし、果実の糖度を上げる工程のこと。
文次郎農園では、この予措の工程を経ることでみかんの糖度を上げてから出荷しているのだという。
まずは収穫したてのみかんをコンテナに丁寧に並べ、風を当てて乾燥させ、水分を抜く。
この状態で1週間〜10日ほどの時間をかけて乾燥させ、3〜5%の水分を抜く。家庭用のサーキュレーターでゆっくりと風を当てられているみかんたちの様子が何とも可愛らしい。
水分が抜けたら、今度は乾燥しすぎないように新聞紙をコンテナにかぶせて蓋をし、棚に入れ直して貯蔵。
貯蔵しながら酸味を抜き、さらに糖度上げる。
出荷にあたり、みかんを大きさ毎に種分け。
このゴロゴロと転がりながら、各サイズ毎に座布団を敷かれたコンテナの中へストンストンと入っていくみかんたちがとても愛らしい。
通常出荷するには小さすぎる2Sサイズや傷が入りすぎているみかんは、薄く切って専用のドライヤーで24時間乾燥させると、おいしさをそのまま閉じ込めたドライフルーツに変身!
ここで私の渾身の食レポで、このおいしさをお伝えしようと思う。
添加物、砂糖を使用していない、完熟の小さなみかん。
その香りと味がぎゅぎゅっと凝縮された、超濃厚なドライみかんにびっくり!
取材終わりに太田さんがおすすめのアレンジを教えてくださったのだが、その中でも私のイチオシは「バニラアイスの上にドライみかんを軽く砕きながら散らしてトッピング」というおしゃれな食べ方。
さらに、ちょうどこの取材のタイミングで、贈り物としていただいた超絶おいしいデニッシュがあったので、デニッシュをトーストした上にアイスとドライみかんを乗せてみたのだが、これがまたやみつきになるおいしさ!
下記、太田さんのインスタの投稿文を見ると、ドライみかんのおいしいアレンジも紹介されているので、ぜひチェックしてみてほしい。
I屋号に秘められた肥土山の文化
太田さんはここ、小豆島の肥土山という集落の出身。
肥土山は古くからある地区。
代々ずっと肥土山に住まわれる方が多く、太田、三木、佐伯など、この地区では隣近所の名字がほとんど一緒だという。
そこで肥土山では昔から、各家に独自の屋号があり、太田さんのお宅はその家の屋号の名前が「文次郎」だというのだ。
つまり、太田翔さんの家系は、この地区では
「太田さん=文次郎さん」
であり、他の太田さんやその他の名字の家系にはまた別の名前があるのだという。
太田・文次郎・翔
ミドルネーム的使い方をしてみると、なんとも渋い。(笑)
冗談はさておき。
肥土山地区には、令和の現在でもこの屋号で呼び合う文化が残っており、”どこの太田かわからない問題”が生じるため、電話をかける際も
「もしもし。文次郎の太田です。」
と伝えると、相手もすぐに理解してくれるというのだから面白い。
お寺の過去帳や仏壇に置かれた家系図から600年ぐらいは遡れるそうで、そこまでのご先祖様の名前がわかるというのだが(まずその時点ですごいです!と声を大にして叫びたかった私。笑)、そこにはまだ「文次郎」さんはいなかったそう。
文次郎さんがこの世にいらしたのは、そのもっとずっとずっと大昔のこと。
文次郎農園の「文次郎」という屋号に隠されたエピソード。
ずっとずっとずーっと遡ったいつぞやの時代に肥土山にいらした太田文次郎さんも、まさか令和の時代にこうした形でその名が引き継がれるとは思ってもみなかっただろう。
「文次郎農園」、何とも素敵な屋号である。
ご先祖様の文次郎さん、これからも翔さんの農園を見守っていてくださいね!
故郷、肥土山への思い
文次郎農園を経営する一方、プライベートでは太田さんは二児の父親でもあり、自身の故郷、肥土山の自然に囲まれながら子育てもしている。
大阪から故郷へUターンして気付いたのは、既に高齢化率が50%を超え、今後の人口減少にさらに拍車がかかる見込みのある肥土山が、20年後に廃村の可能性があるという事実。
そこで、太田さんを含めそれぞれが起業されている、地元のこども園に通う子どもたちの同級生保護者夫婦3組で、肥土山への移住希望者が現地でスムーズに生活できるように、自然豊かな肥土山で安心した子育てができるように、また、地域に馴染めるような体制作りで肥土山への移住者を増やし、肥土山の廃村の危機を防ぐことを目指す「ブラボー肥土山」を結成。「どうすれば肥土山に関わる人が幸せになれるのか」という課題と真摯に向き合い続けている。
先日は、香川県高松市のコワーキングスペースSetouchi-i-Baseで開催された、香川県主催の地方創生をテーマにしたビジネスプランコンテスト「瀬戸内チャレンジャーアワード2022」のコンペに挑戦。
下記動画は、そのコンペで自身のプランを語る「ブラボー肥土山」の約5分間のプレゼン。太田さんやメンバーの、肥土山への熱い思いが伝わってくる。
※動画は、ブラボー肥土山の太田さんのプレゼンから再生されます。
田舎に限らず、世界中どこにいても、変化を望む人もいれば望まない人もいる。私たちのような移住者が外から人が入ってくることを好意的に受け入れてくださる人もいれば、慣れ親しんだ人たちとの環境のままがいいと抵抗感を抱く人がいるのも当然のことだろうと思う。特に、今回の太田さんたちの試みのように、これまで見たこともしたこともない、新たな取り組みを始めようとする際には、きっとなおさら意見が分かれることが多いのではないか、と。
変化を好む人、抵抗のある人。客観的にどちらの思いも理解できる。
こうしたプロジェクトを進めるにあたって、とても難しく、センシティブなところなのかもしれない。
ただ、そうした課題があることを承知で自ら声を上げ、時間をかけながら「肥土山を守っていきたい」と行動に起こすことは、誰もが出来ることではない。この先、肯定的、否定的、様々な意見があるかもしれないが、そうした彼らの勇気と思いはぜひ多くの人たちにわかっていただけたらなと個人的に思う。
この春、太田さんはみかん農家になって2年目を迎えた。
故郷へのUターンから、みかん作りとの出会い。
そして、深まる肥土山への思い。
太田さん自身のライフスタイルや思いに変化があったように、これから作られるみかんへの思いの深さにもきっと、年月を重ねるにつれ、変化が出てくるはず。
文次郎農園のみかんは今日もこれからも、肥土山、そして、日本全国の文次郎農園ファンのみなさんを笑顔にしてくれるだろう。
🎬動画🎬 故郷小豆島の集落 肥土山(ひとやま) へUターン みかん農家へ転身したバンドマン
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■ Special Thanks(敬称略)
太田 翔(文次郎農園)
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- 文次郎農園 オンラインストア
- 食べチョク:文次郎農園
ブラボー肥土山
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・YouTubeではお話できなかったことや、企画、撮影の裏側
・これまで住んでいた台湾、オーストラリア、トルコなど海外で気づいたこと
・東京出身の私が移住した小豆島のこと
・個人の活動と並行して携わらせていただいている地域おこし協力隊のこと
・30代の私が直面している親の老後や介護のこと
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