薬物療法は過食症の克服に効果がある?〜私の経験より〜
過食嘔吐に悩んでいた20年ほどずっと昔の話。
某有名大学の心療内科に通院していた時の主治医の先生に
「薬も効く人がいるから試してみなさいな」
と促されて、
過食症に薬が効くなんてあまり聞かないけど、薬物療法も試してみようかなと
先生が紹介してくれたクリニックに通っていたことがあります。
何年間通ったでしょうか
間を空けて通ったり通わなかったりで、でも何だかんだ結構通いました。
トータルすると6年間くらい?もっとかな?
通っていました。
クリニックに通うことで何が1番良かったかと言ったら
クリニックで薬が処方されることで
「あなたは心の病気として確定!」
と太鼓判を押されたようで嬉しく思ったことです。
「食べて吐く」という奇異な行動は、
多くの人が同情してくれるような、多くの人が心配してくれるような
そんな病気ではなくて
「痩せたいなら食べるな」
「食べ物を粗末にするな」
「ドMアピールうざい」
SDGs時代に馬鹿にされがちで人間性も否定されがちな世間一般の声を前に
間違っても大々的に
「わたし過食症になってしまって辛いんです・・・」
なんて口にできません。
どん引きされるか、引かれるか
どう返事をしたらいいかと相手を困らせるだけだとしか想像できません。
それが、です。
薬を処方されることで
堂々と
「病気なのわたし!」
「病気だからお薬を飲まなきゃいけないの!」
と叫ぶことができるようになれたというか
過食症とか摂食障害とか、異質で奇異で恥ずかしさの塊みたいなものが
「病気」として確かなカテゴリーにされた安心感がありました。
どこかに収まると安心します。
何が何だか分からない状態が、みんな不安で怖いのです。
近年、鬱病とか統合失調症とか精神疾患を持つ方が増えているといわれていますが、
診断名が比較的容易につくようになったことが、原因のひとつではないかと思っています。
掴みどころのない症状に
「あなたはこれです!」
と決めてもらえれば、
後は、治療方針に従い治療を進めていけばいいので、
治療する側も、治療される側も、合理的でラクなのでしょう。
私も、薬を処方してもらえることで
食べて吐くという奇妙な症状が
「病気」というカテゴリーに収まって、安心しましたし、
後は、
「治療方針に従って薬を飲めば良いんだ」
「薬を飲めば私はこの奇妙な症状から、きっと解放されるんだ」
そんな甘いことを考えていました。
何種類の薬を試したか分からないくらい、いろいろな薬を試しました。
抗不安薬、抗精神病薬、抗うつ薬、睡眠薬、昔からある三環系抗うつ薬、などなど・・・
精神疾患の薬は一般の薬より値が張るので、出費はかなりの負担でした。
プラセボ効果を思い知ったのは
どんな薬でも、飲み始めた頃は食べて吐くことが抑えられたからです。
けれど、
どこかでスイッチが入って食べて吐いてしまうと、
そこからガタガタと、週末には必ず食べて吐く通常運転に元通りでした。
「期待」が効果を生み、
その分顕著に「失望」へと変わりました。
そんな中で、ひとつ、効果があったのかも?
というか
いろいろ試してきた数ある薬の中で、
食べて吐かなった期間が最も長かったのが(1ヶ月くらい)
「トピナ」という抗てんかん薬でした。
当時のクリニックの先生が、
「まだ未承認だけど効果があると言われてるんだよ」
と言っていました。(今はもう承認されているのかな?)
食欲を抑制する効果があるようなので
痩せ薬としてちょっと有名みたいです。
ちっとも痩せませんでした。
そしてこの「トピナ」も、
スイッチが入って1度食べて吐いてしまうと、
食べて吐くことは通常運転に元通りで、
服用量を増やしても、結果は同じでした。
トピナだって、期待から失望に変われば、後は他の薬と一緒でした。
経験者なら分かると思いますが、
過食って精神的な要因がとても強いです。
このトピナを服用していた時は、
「離婚」という目標を立て
主婦と母という立場から、
ペーパーでしかなかった管理栄養士という資格を活かして自立しようと、
メラメラ燃えていた時期でもありました。
トピナの効果で食べて吐かなかった期間が長くなった
というよりは
自分のこの先のことを熟考して
「自分を信じるよりしかなかった」ことの方が
強く影響しているように感じています。
目標ができて、
奇異で奇妙な症状に、「そこまで執着せずに放っておける」ようになって、
「病気」というカテゴリーが安心でも何でもなくなった頃
クリニックに通うのをやめました。
左上腹部の良性腫瘍という思わぬことがキッカケで摂食障害の克服が叶いましたが、
摂食障害を断ち切る準備は、
この時、始まっていたんだと思っています。