心が穏やかでなくなったなら、樫野創音の新譜『こころ EP』を聴け
先日開催されたソクブイカイにてリリースされた『こころ EP』。皆さんは聴きました?樫野創音厄介オタクを名乗っている僕は、厄介を名乗っているにもかかわらず、先ほどようやく聴きました。
まだ6回しか聴いてないんですが、このままリピートしているうちに今年が終わってしまうくらいには良かったので、いてもたってもいられないこの感情の高ぶり、静かな熱を、できる限り多くの人と共有するためにレビューします。本当に良かった。
音楽の良さを言葉にすることって結局は無粋なことでしかないというか、本質的な良さは一つも伝わらないと思ってはいるんですよ。
例えば、ナンバーガールの良さを『力強いパワーコードと深みのある響きのテンションコード、分数コードが絡み合う中で、向井秀徳の絶叫にも似た歌唱が……』とか書いたとして、その文章自体に間違いがなくとも、その行為は 何の意味もなさないじゃないですか。良さは伝わらない。聴いたほうが早い。音楽の良さなんて、どれだけ語り尽くそうとしても取りこぼしてしまいますしね。まだ、「エモい…」って言いながら、目を閉じて頷いてるほうがマシ。
そういう意味では結局、この文章も自己満足でしかないんですけど、購入を迷っている人、手に取ろうとしたまま「まあいいか」となっていた人の後押しになればと思います。なってほしい。
というか、買うの忘れてただけの人はこんなレビュー読まなくていいから、今すぐBOOTHで購入手続きしてくれ。
https://booth.pm/ja/items/2045165
ストーリーズ
1曲目。『ストーリーズ』。前作『夢から覚める前に』にはなかったような、1曲目にふさわしい前のめりなナンバー。イントロ1秒目で「勝った」感じがあるし、その“勝った感”は曲が終わるまで、アルバムが終わるまで続く。何に対して勝ったのか知らんけど。
初めて聴いているとき、(ああ、この曲は樫野創音の曲の中で一番好きな曲になるかもしれんな……)と思いながら聴いていた。(それまでは『通り雨』と『海に行こう』が一番だった。)
なんなんでしょうね、彼(彼女?)の曲を聴いているときの、この多幸感と焦燥感。たまらない気持ちになる。
Sugar
2曲目。Twitterで先行公開?されてたやつ。
正直、この部分を聴いただけで(創音…やったな…次の新譜、良いんだな…この曲は樫野創音の曲の中で一番好きな曲になるかもしれんな……)感を感じていて、実際この曲はとても良かったんだけど、楽曲全体、歌メロ込みで聴くとかなり印象が違った。それも作戦のうちだったりするのかな。
シンセが入ってきたときとか、スネアの質感とか、かなり不意を突かれた感じがあった。後半の展開もそう。ひとつひとつの要素は王道っぽくもあるけれど、全体で観たらかなり偏屈な曲な気がする。あとベースがただただうまい。
僕の周囲のギター弾きの方々もだいたいベーシストよりベース上手いんですが、彼女も例に漏れずって感じですね。マジで上手い。技術的なところも、それ以外のところも。
そもそも、“ バーチャルベーシスト ”みたいな肩書きがあったら、スラップバキバキのオリジナル曲を出すとか、EBSのコンプとサンズアンプでパキパキのブリブリな弾いてみたを出すとかが一般的な行為だし、それがごく自然なアプローチじゃないですか。で、彼女も初期は“ エフェクター系VTuber ”としてめちゃくちゃニッチな機材とか紹介してたんですよ。
でも、彼女の音楽は機材紹介でも技術ポートフォリオでもない。全てがすごくいい塩梅。さじ加減が抜群。意識高すぎてスープだけになったラーメンとか、海苔ニンニク味玉カレートンカツチャーシュー麺とかの独創的なやつじゃない。駅前からほんの少し歩いたところにある少し薄汚い中華料理屋のちゃんとしたラーメン。気のせいかもしれないけど、チャーシューがデカい。そんな安心がある。
ハッピーエンド
3曲目。YouTubeで公開されてた曲。樫野節全開だけど今まで見せてこなかった樫野創音もある、みたいな。行きつけのラーメン屋で食べる初めてのチャーハン、みたいな。いつも白米食ってたから知らなかったやつ。
曲の入りも良いし、サビがまたすごく良い。ほかの曲はわかりやすく、初めて聴くときから「やられた!」って感じがあるんだけど、この曲は聴けば聴くほど、“良い…”ってなる。この曲が樫野創音の曲の中で一番好きな曲かもしれない。ノイジーでオルタナでポップでロックで。
結局、本質的な良さはチャーシューの豚でも麺の小麦でも手間暇かけたスープでもなくて、ぶっきらぼうなオヤジの舌とオヤジの料理の腕だったってことなんすよ。わかります?この例え。
全然関係ないんだけど、中国人はラーメンで米食わないし、餃子で米食わないらしい。炭水化物は主食とみなすんだと。お好み焼きのとき米食うかどうかの論争が馬鹿らしくなってきますね。うどんといなり寿司を同時に食うせいで糖尿病患者がクッソ多い香川県民、聞いてるか?1時間でゲームやめてる場合じゃない。ケンミンショーは地元民も知らない食文化教えてる場合じゃないですよ。爆笑問題田中!うろたえるんじゃない。直ちに中国の食文化を見習え。炊飯器を捨てろ。チャーシューを仕込め。
こころ
表題作。これを初めて聴いた日、他のアーティストの曲が聴けなくなったのを覚えている。本気で、天才だと思った。
当時、僕は某アーティストが書いた曲の詞の添削みたいなことをしてたんですが(世の中にはそういう奇怪な仕事がある)、息抜きにYouTubeでクリックしたこの曲があまりにも良すぎて、何も手につかなくなっちゃって。
彼の曲って、メロディに対する詞のつけ方がマジの天才のそれなんですよ。こんなこと書いて本人がこれを読んでしまったら、これから作詞するときにプレッシャー感じさせてしまうかもしれないけど、天才。特に過剰な褒めということもなく、ほかに形容できる言葉がないです。
例えば、『海に行こう』の“ 残された夏を 1、2、3、4と数えて 意を決して ”とか。
ひい、ふう、みい、よのセンスもヤバいけど、“ 意を決して ”の部分、あのメロディも、そのメロディにその詞をのせるバランス感覚も天才的。ギターが先にあるとして、詞と歌メロとどっちが先なんだろう。少なくとも僕なんかからは一生出てこない。
『通り雨』のサビの“ 衝動背負って ”のメロディとかね。樫野創音の音楽からは00年代や10年代初期の邦ロックの残り香を強く感じるけれど、そういう音楽を通っただけでは出せない強烈なセンスが曲にも詞にもある。
話を戻すけど、『こころ』は詞もメロディも、どこをとっても無敵。歌っててめちゃくちゃ心地いい。アカペラでも、弾き語りでも良い。きっと誰が歌っても名曲だと思う。それでいて、この原曲のバンドサウンドのアレンジと本人の穏やかで少し危うい歌声が一番の正解なんだろうという感じがある。
これは本当に僕の個人的な意見なんですけど、詞がいいだけなら詩人になったほうが良いと思ってて。サラダ記念日の後ろでギター鳴ってたら嫌でしょ? 俺は嫌。そもそも、売れ線の音楽の作詞とかも聴き心地重視ですからね。2014年頃流行った音楽に比べると最近はそうでもなくなってきて、詞がないがしろにされるということもなくなってきたけれど、相変わらず詞の内容は二の次。ヒップホップでもないのに矢継ぎ早で、フロー重視。
でも、樫野創音の詞には一切の無駄がなくて、それでいてメロディの力を頼る構造になってる。語彙や語感の文字列が本来はあり得ない並びになっているのに、意味が分かるし、感傷的にさせられる。某 柑橘先輩がくるりやフジファブリックを引き合いに出したのもわかる。
『こころ』、本当にAメロもBメロもサビも何一つ隙が無い。ラストのギターを聴くたびに泣きそうになる。ここまで良いと、もう気安く聞けないですよね。俺の中でのフジファブリックの『バウムクーヘン』とかハヌマーンの『リボルバー』とかと同列。どれだけ語っても語り尽くせないし、語れば語るほど、野暮なことになってしまう。すげえ良い曲。
本人はミックスやマスタリングだとか、音圧や声の音域や歌唱力とかで思うところもあるようだけど、音圧足りなかったらこっちで上げるし、うるさかったらこっちで下げる。歌のうまさ、ピッチの正確さが全てでないのは志村正彦と山口一郎と古舘佑太郎とやくしまるえつこが証明してくれているし、良い曲は良いです。
あと、音域の狭さって単純に作曲する上での縛りプレイみたいな感じなので、そういう意味でも、これからどんな進化をしていくんだろうという期待がある。
YouTube版と比較して、単純にギターも歌声もすごく聴きやすくなってました。買って良かった。。。
踊るな
ラストを締める曲。イントロからクライマックス。何年もかけて完結した映画のエンドロールを見て、感情を噛みしめているときとか、時間を忘れて小説を一気読みしたときの余韻。それがこの曲にはある。
個人的にこの『こころ』から『踊るな』の並びが一番好き。ただただ美しい。たぶん、この曲が樫野創音の曲の中で一番好き。
ともすれば、ぎょっとするようなタイトルだけど、ポップで前向きで、爽やかで。決して明るいことだけを歌っているわけでもないけれど、おどけてて、優しくて、希望がある。
この曲、めちゃくちゃライブで聴きたい。最前列で。わかるかな。
以上、
『こころ EP』レビューでした。本当にいい作品でした。マジで5曲入りEPの濃度じゃないです。
“Vの音楽”みたいな文脈で語るのがおこがましいくらいにロックだし、実際問題、萌え声女と電子音楽で脳を溶かしてきた人の肌には、ひょっとすると合わないかもしれないけれど、それでもいろんな人に聴いてほしい。
邦ロックの文脈で見ても普通に新しいですからね。彼の音楽。直球の王道なのに新鮮味がある。くるりとかアジカンとかフジファブの影響とかそういう文脈で語られるようなバンド、星の数ほど出てきたし、その中でも明確に個性を発揮して、且つ、売れたバンド、The SALOVERSとかBURNOUT SYNDROMESとか、もう少し新しいところだとネクライトーキーとかいるんですが、技術の面でも個性の面でも全く引けを取らない。まあ、2020年の邦ロックなんて、全てがナンバーガールの孫でアジカンの子供ですしね。
樫野創音の詞世界、諦念や達観のようなものもどことなく感じられるんだけど、どこまでも優しい。僕らを突き放したりない。ここまで優しさと焦燥感を共存させた音楽なんてないですよ。あったらDMでこっそり教えてね。
僕、バンドやってて3回機材盗まれたし、金も盗まれたし、酔ったバンドマンに殴られたこととか着てる服燃やされたこととか何回もありますけど、ツイートとか配信見てる限り、樫野創音、女とか殴らなさそうですもん。やっぱり、良い音楽は良い人と共にあると心から感じます。
樫野創音、実際のギタリスト、ベーシストとしてのキャリアは置いておいて、本人曰く、Vの世界に入ってから曲を作り始めたとのことなので、一般的な尺度で言えば、まだライブハウスでガビガビに音割れした3曲入り音源とかを配っていてもおかしくないキャリアだったりする。だから、数年後には『あの頃の樫野創音は粗削りだったね』とか話す日が来るのかもしれない。
でも、そんな駆け出したばかりの人間が作ったとは思えないほど洗練された感性と技術がある。それでいて、穏やかな中に初期衝動のようなナニカもバチバチに感じる。
改めてこの事実に向き合ってほしいんですけど、アジカンが初のミニアルバム『崩壊アンプリファー』をリリースしたのって、結成6年目ですからね?かの有名なリライトに至っては8年目。樫野創音ってマジでヤバいんですよ???
Twitterとかを見る限り、『この作品は死にかけながら作りました!全曲最高です!おススメです!買ってください!後悔させません!!』とか言わなさそうな性格にも見えるので、赤の他人である僕から言いますが、本気で自信をもって薦められる音源です。迷っているなら、買い得。
前作『夢から覚める前に』からたった5カ月。オリジナル曲の初投稿からたった1年半。これから先、樫野創音を中心にしたムーブメントが起こってもおかしくないと思っています。本気で。
近いうちに絶対なんか起きます。もう起きてるかもしれない。良いかどうかはもう聴けばわかる。
以上、日日でした。最後まで読んでくれた優しいあなた、今度 俺と樫野創音の話をしましょう。それでは。