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蝶々のハンカチ
シングルマザーになると同時に医療の道へ入った
私にとって結婚とは完全なる自立を意味していた
だから離婚後に実家に帰ることは選択肢になかった
「誰にもお世話にならなくてもやっていける状態」
であるべき、という考えに憑りつかれていた離婚後の数年間
小学校低学年の女の子が安心・安全・健康に生活できること
それを生活の第1番目において職場を選んできた
だから看護師として働いても夜勤ができない
となると急性期病棟ではかなりつらい目にあった
でもどうしても急性期病棟の経験を積みたくて
日勤常勤というスタイルでがんばっていた時期があった
ある夕方、ナースコールで上品な老婦人から呼ばれた時のこと
その老婦人はずっと前から別の看護師に声をかけていたが
病棟は「忙殺」という言葉しかないような現場で
おそらく長時間「ほったらかされ」てしまっていたご様子
とても無理をおっしゃるような方ではなかったが
できれば足の爪の処理をして欲しいとのことで
「ダメ元」でナースコールを押してみたようだった
病棟の殺伐とした空気感やずさんな対応に嫌気がさしていた私は
まずその老婦人に丁寧にお詫びをした
そして足の爪の処置だけでなく、冷えた足を温めるため足浴を行った
眠りにくさがあるとのことで良眠を促すことができればと思った
足浴のあいだ、たいていの高齢者の方が尋ねるような
「子がいるか」「結婚しているのか」などといった
いわゆる「よくある質問」が繰り広げられた
私はなぜか「苦労などしたことのない幸せな人妻」のように見られる
そして、その頃の自分はそんなイメージに反発していた
だから質問に対してもあるがままの自分で返答していた時期だった
「私は女手ひとつで子供を育てています」的なやんちゃな返答をしたと思う
そうしたらその老婦人もご多分に漏れず驚いたご様子ではあったが
すぐさま「私も同じよ」と同士を励ますかのような強い微笑みが返ってきた
「帰るのが遅くなってしまってごめんなさい」とすまなそうにおっしゃった
そして丁寧な対応や処置について「あなたが1番良かった」と
胸の前で手を合わせておっしゃられた
私は特に大したことをしたわけでもないので、急に恥ずかしくなった
ちょっと肩肘張った自分が恥ずかしかった
でもその老婦人の励ましは私の疲弊した心を十分に潤してくれた
お人の身体に触れて癒すことができるこの仕事が好き
でもそれ以上に私自身がいつも患者さんから癒しをいただいている
数日後、その老婦人はご退院の時に私に蝶々の柄のハンカチをくださった
蝶のように軽やかに、と励ましの言葉が添えてあった
今でも特に大切な仕事の時は、必ずそのハンカチをお守りに持って行く
私の看護の原点を忘れないようにするためにも
軽やかに自由に生きていいということを思い出すためにも