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「無駄のない人生」(笑う20世紀)

単行本『笑う20世紀』(実業之日本社)は、電子書籍『赤』『青』『黄』の三分冊で完結しました。
好評だったので、他に書いて単行本未収録だったショートショートや中編を集めてシリーズ化しました。今回は電子書籍オリジナルの『紫』です。

収められているのは以下の5本。( )は初出。
「無駄のない人生」(面白半分)
「おいしい水」(コミック・ゲラゲラ)
「大合併」(小説Club) 
「美しき夢の家族」(ひとにぎりの異形「光文社文庫」)
「報国」(SFアドベンチャー)※中編

電子書籍出版社の了解を得て、各巻から一本ずつUPしています。今回は『紫』の中から「無駄のない人生」。

70年代初期には数々のミニコミ誌が人気だった。中でも文芸色が強いのは『話の特集』と『面白半分』だったろう。『面白半分』は、半年ごとに人気作家が編集長をつとめることで人気を博した。なにせ、野坂昭如、開高健、五木寛之、藤本義一、井上ひさし、遠藤周作、筒井康隆…など、そうそうたるメンバーだ。野坂編集長時代に引き起こした「四畳半襖の下張掲載事件」でも有名だ。
その「伝説の雑誌」から、星新一ショートショートコンテスト出身者たちに声がかかった。星さんが紹介してくれたのだろう。もうそれだけで嬉しかった。

1980年。この頃『面白半分』は大判化していた。ショートショートの3ページ企画。ただし、紙面の下三分の一に新人作家のショートショートがあり、上の三分の二が真鍋博さんのイラスト、という企画だった。要するに、大御所と新人の組み合わせ企画だ。
もちろんメインは文章ではなくイラストだが、真鍋さんは星さんとのコンビで有名。その方にイラストを描いてもらえるだけで嬉しかったのだ。

どうやら私の作品は気に入られたようで、この作品を含め、都合三回も依頼があった。
(いい調子だ。ほとんど連載じゃないか。こういう風にして、どんどん色んな雑誌から声がかかって、作家として認められていくんだな)
と喜んでいたら、突然知らせが来た。
「面白半分社、倒産」

結局、書いた三作とも、原稿料はもらえなかった。
(なるほど。もうつぶれそうだったから、ぼくみたいな新人に原稿を依頼したのか)
と思い至った。

後日、「債権者会議」の案内が来たので、行ってみた。
原稿料を取り戻せるとは思わなかったが、「いろんな作家・ライターさんが来てるんじゃないか。見てみたい」というきわめてミーハーな動機だったが。
たぶんもらえたとしても新人の原稿料は安かっただろう。それより、「伝説の雑誌に書いた」「巨匠・真鍋博さんにイラストをつけてもらった」「出版界の厳しさを知った」ということで、新人の私は十分にモトを取った気分だったので、実はあまり残念じゃなかった。

有料ですが、途中まではこのまま読めます。定期購読マガジンの方は最後まで読めます。全話読むのなら電子書籍を一冊買う方がお得です。
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「無駄のない人生」


「オギャー! オギャー!」
「ライトをもう少し明るくして」
と、カメラマンが言った。
大吉全一郎の出産シーンはこうして、性教育用映画に収められた。後にして思えば、彼の一生にとって極めて暗示的なスタートであった。

ほどなくして、彼はミルクのテレビコマーシャルに出演した。愛くるしい笑顔と人なつこっさが買われて製薬、生命保険などのコマーシャルにも出た。
やがて簡単な演技もするようになり、彼は子役として成長していった。

子役にとって最も大きな壁は子供から大人になる時である。かつての名子役達の多くはここで挫折している。このため、全一郎は高校入学と同時に演劇の世界と縁を切った。

高校の野球部で、彼は一年のときから四番でピッチャーをつとめた。そして、甲子園に春夏連続六回出場という快挙をなしとげ、そこでの成績も優勝二回、準優勝二回という派手やかなものであった。
そこで、日本中の全一郎フィーバーに目をつけたレコード会社が彼に「甲子園ラプソディ」という曲を歌わせたところ、これが二百万枚を超えるヒットとなった。
気を良くした全一郎は、その年のドラフトで一位に指命されたが、
「ぼく歌手になります」
と、答えて断った。

甲子園で得た抜群の知名度と子役の頃の知り合い、それに持ちまえの甘いマスクと歌唱力で彼はあっという間にアイドルスターの座を射止めた。
毎年、数々の音楽大賞をかっさらった。

しかし贅沢な生活のためか、彼は二十三歳の頃から目に見えて太り始めたのである。当然、人気はこれに反比例して減っていった。
二十四歳になった時、体重が百キロを超えた。そこで全一郎は歌手をやめ、なんと相撲部屋に入門した。

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