女装したいだけ?性同一性障害じゃないの?という負の二項対立と不寛容社会
※「小説家になろう」にも転載。
※途中、怒りのあまり「幼女戦記」のターニャ・デグレチャフみたいな口調になってる箇所があります。ごめんなさい。
これはかなり長く悩みました。
今現在も、この長いトンネルの中にいらっしゃる方もいるはずです。
こう思う理由は以下に尽きると思います。
1.自覚する年齢が遅い
自覚が遅すぎるのでは、という不安(テレビや本を出している人は、ほとんどが幼少期に性別違和を覚えているケースがほとんどという事実)。
2.異性装したいだけなのでは?という恐怖(そうじゃないと思いたい、でも性的興奮を得るために異性装する、というのと、性同一性障害だと診断されるのとでは性自認の不一致という点で大きく異なる)
私はもうすぐ40に差し掛かりますが、上戸彩さんのおかげで「性同一性障害(現在は性別不合、性別違和と言います)」という疾患名がメジャーになるまで、その疾患名すら知りませんでした。
でも、自覚していなかったのですが、その時は、「私も同じ立場ならどんなによかったか!!!」と彼女の立場を強烈に妬みすらしました。
思えばこの反応も自覚症状なのかもしれませんが、性転換モノ、キャラ、女の子に間違われるほどの美少女(美少年)キャラ、などの漫画・アニメが好きでキャラの模写を繰り返していた私の心の底にあった「羨ましさ」と似ている気もします。
ただ当時は、男子寮に住む、ただの学生でした。自覚もなく(思い出すとこのころも兆候はあったのですが)、彼女ができて、結婚して、子どもができて、しばらくして鬱を発症して、その時自覚しました。30代に乗っかってからです。
恋愛、結婚、子ども、それらを経ておいて、何が今更性同一性障害だよ!と。そう言われるのが怖かった(これは、事実として2年前の入院時、退院に向けた医師面談のときに義家族から言われました。のちに謝罪されましたが…)。
だから、私のような「遅咲き組」はあり得るのか。「ジェンダークリニック」という存在を知らなかった私は、ひたすら本を読み漁りました。もがきました。悩みました。自分を、可愛いものが好きだったり、揃えたかったり、できたら女装サロンも言ってみたかったり、「いろいろな言えない悩み」を、一人で抱え続けました。
でも、調べても、著名人の例(モデルの佐藤かよさんをはじめ、世田谷区議員の上川あや氏、などの書籍)を読んでも、共通するのは「幼少期からの強い違和感」「なぜ男の子の制服・ランドセルなのか理解できなかった」という点。結婚後、子どもももうけて、そのあとに違和感を覚えた例は、皆無でした。
一方で、調べて行くうちに、当時は「男の娘」が今より盛んな時期で(現在は下火になってきている気が……二次元モノの話ですが。『わぁい!』とか、男の娘マンガの月刊誌がかなりありましたね……)、性表現として異性装したい、という気持ちと、どこが違うのか。だんだん分からなくなってきました。
正確に言うと、一つの中に含まれている、ということなのですが、結婚して子供もいる、という典型的な社会的役割としての「男女」をいう枠組みで生きていた私には、「自分の気のせい」ということを圧倒できうる「強力な武器」でも無い限り、「私の違和感」は、そのままそっくり、ただの気のせい、と処理されてしまいそうでした(性同一性障害の診断が下りた後も、きのせいだ、という家人の主張はなくなりませんでしたが…)。「気のせいではない」ことの証明が欲しかった。どうしても。それがない限り、私は男・夫・父親を一生、演じ続ける必要があった。自覚してからも。
気づかないなら、気づかないまま死を迎えたほうがよかったのかもしれない。でもそうではなかった。
気づいてしまった。
私はズレている。
一致していない。
その感覚はどんどん強くなるばかり。でも調べても調べても、もう自分の力ではどうにもなりませんでした。
そこで、一つの手がかりとなったのが、当時の勤務校のスクールカウンセラーに紹介された、「ジェンダークリニック」でした。東京を除けば、県内ではほぼ唯一の専門医だったと思います。
そこでしばらく自分史を書いたり、何度も診察をしてもらううち、都内の学校への転職が決まり、住居も変え、まずは鬱病の主治医を探すために心療内科・精神科を探すことになりました。
そのあとはこれまでの話で触れていると思うので繰り返しは避けたいと思いますが、鬱の原因がそもそもは「仕事」だったのが、だんだん「ジェンダー」のことになり、泣きながら「どうして私がこっち(体が男性)で、あっち(生まれついての女性)に行けないのか」と主治医に叫んでいました。
当たり前のようにヒールが履きたい。足元を綺麗に見せたい。パンツルックだって、スカートだって、トップスだって、当たり前のようにお洒落したい。私が望んでいたのは、男性用のファッションではなかった。男性の身体ではなかった。男性の身体で、ヒールを履いてもスカートを履いても限界はある。骨格は変えられない。だから、当たり前のように、自然に着られる権利・自由が保障されている(=世間から冷たい目で見られない、差別されない、という意味です)身体で生まれたかった。
異性装する、したい、という気持ちは別に特別変わっているものだとは私は思いません。普通だと思います。少数派かも知れませんが。でも、男性が異性装するほうが、どうしても「見た目至上主義」の一般社会の中ではハードルが高いですが…(Ftの方を悪く言うつもりは全くありません)。
でも異性装する、という気持ちが、「イベント」としてやってみたいのか、それとも社会的役割(たとえば職場、通っている学校、など)の中で、その後ずっと、長い期間持続するものなのか、そこは違いがあると思っています。
私は、イベントとして数回こなす、というのとは違いました。可能なら、死ぬまでずっと異性装で居たいと思っていました(今もそうです)。ただ、結婚して子供がいる、という状況で、「職場の中でなら…」という、社会的役割を異性装(自覚する性別に沿った服装・髪型)で果たすことができる、という権利を勝ち得ることができました。
この点は、私は恵まれている自覚はあります。多くの方が、職場での異性装は認められていないように思えます。
また、「社会的距離間」も大きくかかわっていて、ざっくばらんに言えば、「他人は他人の服装なんて見ているようで全く見ていない・気にしない」という事になります。通行人やコンビニの店員さん、ユニクロやGUの店員さん、みんな気にしていません。私が男装(というと変ですが、髪は女性用のカットでしたが、男性用スーツやワイシャツ、革靴)でスカートやワンピース、ネックレスやイヤリング、ストッキングを手に取っても、もちろん通報なんてされません。当たり前ですが。当然のように売ってくれます。ひそひそと店員同士で話し合う場面も、幸運にも見ていません(が、きっと何かは言っていると思いますが…)。他人は、他人だからこそ、「お行儀よくする」必要性が、社会の中では常識として意識の中に根付いているのだと思います。
しかし家族や親しい友人、となると話はまったく異なります。
特に家族。
哀しいことですが、「性同一性障害を理由に異性装することは子どもへの悪影響だ」と、私自身が痛感させられる事件が起こりうるのです。たとえば、私が子供の授業参観に行ったときに、など。それ以来子供の行事には一切行きません。もちろん子供の行事くらい行きたいですよ、親ですから。
残念ながら、地域社会となると、閉鎖的です。東京っていう大都市、首都でさえこのありさまです。
はっきり言って情けない。大人が情けないです。私は教員をしていて、大人だから、まだ間接的な被害にあってもまだマシです。でも、子どもは?子どもが、私のように性自認にズレ・違和感を持っていたら?同じように対処するのがその子のためなのですか?だったら教員は教員たる資質はありません。同じ教員だからこそそう思います。また、親としても。親に、「そんなの変だからやめなさい!」と言われたら?それは正常な社会に向かっているのでしょうか。私にはそうは思えません。子どもが苦しむ社会を是正するために大人が犠牲になるのです。道を切り開くのです。
長髪で女性の髪形をしている父親を見て、同級生をいじめる構図。問題は、私にあるのでしょうか?それとも、いじめた子ども、いじめられた子どもにあるのでしょうか?あるいは、子どもが通う学校という組織全体に?私が住む地域全体(地域に住む大人全員)に?
私は一番最後だと思います。いや、より正確に言えば、私たち一人ひとりに責任があるはずです。
仮に私がそんな恰好で授業参観になんて行くのが行けないんだ、子どものことを考えると、そこは自分を抑えて本来の性に沿った服装で行くべきだ、ということが正しいのであれば。
言わせてもらえるなら、私はその時、普通のユニセックスな格好で参観していた。髪も後ろで束ねていた。なるべく単純に見えるように。フェミニンに見えないように。ぱっと見は、長髪の男性としか映らなかったはずです(が、そうじゃなかったのでしょうね)。私とて、配慮していた。当然ながら。
しかし事が起こり、結果、私は家人から事の次第を聞くこととなり、子どもの学校には行かないと決めざるをえなくなった。行かない、というより行けない、が正しいが。
断っておくが、私は血の通った人間である。感情というものを持ち合わせていることを忘れているのではないか。そう疑いたくなる。「自分の子供がいじめられるから、授業参観にはいかないでくれ」と言われて喜ぶ配偶者などいるのだろうか。「やった!せいせいした!!」などと言うとでも思っているのだろうか。もしそうなら正常に判断ができている状態なのかどうか、認知能力を疑わざるを得ない(〇女戦記の〇ーニャ・デグレチャフみたいな口調になってしまった)。偏見とは恐ろしい。無自覚であればなおのこと、である。歪んだ認識が正義だと信じ込み、疑うことを知らない。それによって、涙を流す人もいるのだという事に気づけない。これが文明人のすることなのだろうか。嘆かわしいとしか言いようがない。
世は性的少数派に寛容になってきた、とは思う。ただ、これは「他人」に対して、というおまけつきだ。
近しい人に対する理解は、まだまだ追い付いていない。誰にとっても、「TVも向こう側で起こっていること」なのだ。いつの日か、仕事終わりに異性装して(とはいってもアクセサリーをつけて口紅を塗っていただけだが)いると、どこか知らないが大きなテレビ局の、下っ端ディレクターとカメラマンにつかまって、失礼なことを聞かれた。所詮、私たちはまだ色物扱いなのだ。
家族に、我が子が、自分の妻・夫が、父が、母が該当者だったら?そこに頭が及ばない。
だからこそ、それに対する答えが、上に書かれたことだ。
幸い、ここは日本。性的少数派だと理由で、命が脅かされることはない。ただ、人権は踏みにじられる国である。他人に優しく、家族には残酷になりえる。
それは無知から来るものであり、知らないモノに対する恐怖が引き起こす反応、と考えれば、実に生理的な反応というか、原始的な反応、とも言えなくもない。ゴキブリを怖がるのと大差ないのではないだろうかと思ってくる。私はあの黒光りする虫ではなく、ヒト、a human being であるはずなのだが。
まだまだ人の倫理観は発展途上だと言わざるを得ない。教員として、この国で異性装勤務している高校の教員として、そして性同一性障害を抱える、性的少数派の一人として、また親の一人として思うことだ。
願わくば、親しい人にこそ寛容な社会にしていきたいなぁ。幸い、私の仕事は教員である。人を育てることが仕事なのだ。
そう思い、私は今日も(書いた日は土曜で休日だが)教壇に立つ。スカートやワンピースを履き、ヒールを鳴らして。女子生徒と、お洒落の情報交換をしながら。こういう大人もいるんだ、だから自分がそうであっても、変な事じゃないだよ。普通なんだよ。そう教えたい。好きな人が異性でも同性でも、私のように異性装したい、性別に違和感がある、恋愛、性愛が理解できない、そんな悩みに答えられる教員になりたい。
途中、口調が口汚くなったことをお詫びします。
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