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「山茶碗ってナンダ」  バトルトーク観戦記③   さやのもゆ

渥美のやきものをこよなく愛し、陶片(とうへん=焼き物の割れたカケラ)さえも掛け花入(かけはないれ=壁掛けの花器)に変えてしまう、コレクター・山崎さん。
その、風流なセンスに負けをみとめた学芸員・増山さんは、「〝ちょっと仲良くなった〟ところで(笑)」と、前置きして次の展示ラウンドに移った。

①見立てで遊ぶー使って楽しむ、渥美古窯

「こちらは、別の方がコーディネートされたものですが・・?」
問いを受けた山崎さんは、心得たようすで解説した。

「これはー『宴席』ですね。
僕らのように〝骨董好きな人〟は、集まると大体、こんな感じ。
箸置きには割れた陶片を使い、あと、壺の胴の部分をお皿にしたり。
要するにー陶片を食器に見立てて食事を愉しむ、そんなシチュエーションです。」

私のように、骨董品を〝使って楽しむ〟ことはおろか、そもそも〝何にも持っていない〟人間にとっては、別世界の話を聞いているようでーただただ、感心するばかりだった。
しかし、ここで直ぐに相手をホメないのが、学芸員というもの。

「ちょっと、茶々を入れるようですが―(壺の胴で出来た大皿を指して)。これだと、山なりに反ってるから、お料理を盛り付けると転がり落ちそうですね?」

そう言えば・・・と、思う間もなくー山崎さんは直ぐに切り返した。

「仰る通りかもしれませんが、使い勝手を重視するなら、使いやすくてキレイな器を使えばいいわけでー。
僕らは見立てで選んだ物の〝扱いにくさ〟をも〝使って楽しむ〟のです。
そういうのも、またいい。何でも使えますよ。」

増山さんには、古い陶器のカケラが身近な存在であるだけに、骨董愛好家の使って楽しむ発想を新鮮に感じたようだ。

「僕は、お膳の〝箸置き〟を見ましてビックリしたんです。なぜなら、このような(見立ての)陶片はこの辺り(渥美地域)ではいっぱい落ちてるから。
みなさんも、ご覧になったかと思いますが、博物館の入り口付近にある、山茶碗ってナンダのオブジェ(畳の上に山茶碗のカケラを敷き詰めたもの)。
ーあんなの、「山ほど」ありましたけどね。

もっとも、陶片をどのような形で使ったものかと、思案した事もありましたがー。
なるほど、こういう扱い方もあるんですね。」

コレクターが使って楽しむ、『宴席』。

「続きましては、茶席の場面になります。器には猿投(さなげ)など、さまざまな産地のやきものが集められておりますがー。輪花(りんか=器の口を花びら形に整える)の装飾がほどこされ、縁をピッと平らにつまんであること。それに加えて、胴のふくらみを見ましても、まさしく古い型の特徴と言えます。」
山崎さんも、「これも(重ね焼きの)いちばん上で焼かれたものではありませんが、けっこう姿かたちが良くてー。抹茶碗に使いたくなりますね。
仮に釉薬が上手くかかっていても、降り物が落ちていたり、痕跡が残っていたりする。
いかに、キレイな器が貴重であるかという事です。」と、保存状態の良さを評価した。

茶席を演出する山茶碗。
現代では保存状態の良いものが希少とされる、
渥美のやきもの。

増山さんは、考古学研究者として長年、渥美古窯の発掘を経験してきた観点から、次のように述べた。
「われわれ研究者が窯(かま)を発掘するとき、山茶碗は一基(いっき=窯場の数)あたり、千個単位で地中から出て来る(出土=しゅつど)んですね。でも、それだけの数を以てしてもー今ここに展示してあるような山茶碗にひっ敵する物など、めったに見つかりません。
形も見た目もキレイなものが発掘されるなんて・・ほとんど奇跡のようなものです。」


茶席のとなりには、極めてなじみ深いーそこだけが日常的なアイテムがたたずんでいた。
バトルトークの観覧者なら、クスッと笑う程度で済むがー学芸員にしてみれば、見過ごしに出来ないのは当然である。
「次の展示・・これは、何ですか?
ふざけてますねぇ~『蚊取り線香』じゃないですか?」
器にニョッキリと立ててあるのは、どう見てもあの有名な、〝緑のクルクル渦巻き〟なのだがー。
なぜか、ちっとも違和感がないのが不思議であり、可笑しくもある。

展示したご当人に代わって、質問を受けた山崎さんは、何でもないことのように答えた。

「確かに、蚊取り線香ですけどーあるものは何でも使ってしまおう、というのが、コレクターの考え方なんです。」

増山さんには、この〝蚊取り線香立て〟の山茶碗が(展示以前に)すでに使い込まれているのが、気になったらしい。
「(器の底を示して)これは、モロに火のあとが付いちゃってますが・・思いっきりキズモノと言えば、キズモノですね。」と、言う山崎さんに対し、本音をもらした。
「もし、歴史資料としたなら、非常に見たくない画です。
でもまぁ、個人の持ち物ですから、とやかくは言いませんけど・・。
もともと山茶碗は、おそらく現代で言うところの〝食器〟に近いでしょう。もしくは、調理するときに〝ボウル〟として使ったのでは、とも思うんですがー。
それがなぜか、今は・・蚊取り線香に変わってしまったと、いうことですね。
われわれは、どうしても〝出来たもの〟や〝作られたもの〟を『目的どおりに使わなくてはいけない』という先入観を持ってしまいますがー。
それはもっと、自由であってもいいんじゃないかと思うんです。」と、ちょっぴり眉をひそめながらも、一定の理解を示した。

ここで山崎さんが一言。
「そうなんですか?
僕なんか、『何に使えるかな』『どうやったら、使えるかな』って、ずっと考えてますよ。
ですから、ココ(蚊取り線香)に行き着くのは、意外と自然なんですね。
『夏で暑いから、蚊取り線香使おうか』、みたいな。」
「では、その蚊取り線香には目を伏せてー(笑)、次に参りましょう。

②現代に息づく古窯の魅力ー無作為の、作為

ここからはー『渥美の焼き物ってスゴくいいな』と思っていて、それに何とか近づけたいと日々、作陶(さくとう)されている作家さんの作品になります。」
増山さんはまず、左から稲吉オサム氏の作品を紹介された。
「さっき〝山茶碗って、重ねて焼くんですよ〟と、お話しましたがーこの作品が、ちょうどそんな感じです。
これはですね・・あの~失敗したわけじゃないんですよ。このような作品に〝作った〟と、言うべきでしょうか。

私ども研究者が窯跡(かまあと)遺跡を発掘しますと、こういった物が出てくるんですが・・。これって、実は〝困ったモノ〟なんですよね。と、言いますのもーこの、十連にもクッ付いて繋がった山茶碗だと、歴史的な資料化ができなかったりするからです。
それに、ただガッサガサになってるものですから、調査しようにもどうしようも無いーみたいな感じになるんですよね。

こちらの稲吉さんの作品は、〝あえて〟また、そういう物を作っているわけでしてー。
『これは、われわれ考古学者に対する〝イヤがらせ〟かな?(笑)』なんて、思っちゃったりするんですけどーこれはやはり、自分の力では出来ない『何か』、なんでしょうね?
ーこういうものを作ろう、というのは。」

彼はきっと、これをオブジェか何かにしたかったのでしょうーと、話を結んだ増山さんに山崎さんが、キャプションを読み上げながら言った。
「『あなたの枕元にどうぞ』って、書いてありますが、(増山さんに)いかがでしょうか?」

増山さんは、「いや~寝相(ねぞう)がわるくて頭ぶつけたら、血が出そうですね」と、笑った。

発掘された古窯を見るような、創作山茶碗。
稲吉オサム氏/作(渥美窯壁にて作陶)

陶芸家お三方の二人目は、若手の新進気鋭・木村達哉氏。
山茶碗を、穴窯(あながま=渥美窯の型)ではなく、現代の技術である電気窯で焼いたという。

増山さんの紹介によれば、「いわゆる〝山茶碗キチガイ〟ですよね。とにかく〝山茶碗大好き人間〟でしてー山茶碗のもつ、ムダの無いシンプルさに、スゴく感動したとのこと。目下、今に使える山茶碗、というものを製作されています。」と、いう話だがーこれには山崎さんもつけ加えた。

「僕も、彼のことを知っていますが、木村さんは山茶碗も好きなら、『土』も大好きなんですよね。
それこそ、土のハナシばっかりしてますよ。
自分でも自分のことを〝土大好き人間〟とか言ってるくらい。
ホントに土が好きなんだな、という印象です。」
また、作品についても「その作りには意外に見どころがあって、面白い」という。
これには増山さんも同感のようである。
「木村さんの作品の後ろに、土のサンプルが置いてあるんですがー。
これは本人がいつの間にか『展示にお願いします』という感じで持ってこられてーそのままココにあります。
アレ?土のサンプルを頼んだおぼえはないのになーとは思いましたけど(笑)。
ここは、彼のこだわりの表れ、なんでしょうね。」
実は増山さん、今回の企画展示にあたり、
木村氏のつくった山茶碗の実測を試みたとの事だが、その分析結果は、中々に面白い内容であったとか。
「見たところ、彼は尾張(おわり)方面の山茶碗を多く見て来てるせいか、尾張系の山茶碗を作っているーと、いうのが分かりました。
それで、どうでしょうね・・一見、ワッと作ってるようでいて、実は繊細に作り込まれた感があるんです。
彼が今後、そうした事をいかに消化して、何を目指して行くのかが、興味深いところですがー。
客観的に考古学的な視点で見ても、やはり面白い山茶碗を作ってるなぁーって感心しましたし。私としても、勉強になりました。」

山茶碗、そして土が大好きという、
木村達哉氏の手になる山茶碗と、土のサンプル瓶。
焼きものは、陶芸家の見てきたもので、出来ている?

そして観覧者にひと言、「このような陶芸作家さんたちが生きていくためにはーぜひ、作品を買っていただいて(笑)。」と、宣伝も忘れない。
山崎さんも「そう。何でも買うことです、皆さん」と、口をそろえた。

三人目の陶芸家、向かって一番右端の展示は、荒川泰宏氏の作品である。
「先の二作品は見てのとおり〝渥美の山茶碗だな〟って、お分かりになるかと思います。
ですが、こちらに関してはー今どきの山茶碗だとか、いわゆる中世のやきものとは、全く異なっていますね。
荒川さんは今、作家としてーいろんな方に作品を提供する、というスタイルを取っておられるのですがー。
そういう立場になった時に『渥美のテイスト、みたいなものを伝えたい』と、考えたんですね。
そこで製作の手法として、ちょっと黒っぽくなる焼き方を(お師匠さんに習ったそうですが)試みると同時に、渥美の土も使いました。
これにより、渥美の精神的なものだけは少しでも作品に残したいと努め、それを反映したものがここに作られています。
それに、私は彼のことを以前から知っておりましてー渥美の窯に対する思い入れ、といった心情も理解していました。
そうしたわけで今回、彼の作品をここに展示してもらったのです。」
ここまでの解説のあと、増山さんはあらためて観覧者に語った。

渥美古窯が世に知られるきっかけとなった、
『黒い壺』の面影。渥美の窯への思いを込めて。
荒川泰宏氏/作

「みなさん、ご注目ください。ここに陶芸家・お三方のサインをいただいておりますので、この書を見て、それぞれの人物像も想像していただければと、思います。」

③釉薬の妙ー渥美古窯の定番ラインナップ。

次の展示ラウンドは、「渥美窯の優品」。
蓮弁文壺(れんべんもんこ)などの大小さまざまな壺に碗(わん)や皿が、並列に十数点ほど展示されているが、増山さんによればー。
「こちらがですねぇ~これまた、山崎さんとのバトルが始まる火種(ひだね)になりそうなラインナップなんですよ。」

バトルになるのは良いとして、何だろうか?

「こちらのコーナーの中で火種の原因となっているのが、六点のうちふたつの壺。
ひとつは左から四番目の壺(④長頸壺a)、もうひとつは六番目の壺(⑥長頸壺b)になりますがー。
この長頸(ながくび)の壺、姿容(しよう=姿・形)は非常にイイんです。ただ、残念なことにー(④長頸壺aをさして)割れたあとで再度焼かれてるんですね。おそらく、横に転がった状態で焼かれたのでしょう。それで、ちょっと底の部分に歪んだ(ひずんだ)あとが残ったのだと思います。
あと、肩の部分にヘンな降り物(窯の壁からハガレ落ちた土の塊)が付いてますし。
で、こっちもそうですけど(⑥長頸壺bを見ながら)、釉薬が分厚くて、肝心な(陶工の)手の跡が見えない。」
火種の壺に対してツッコミが止まらない増山さんに、山崎さんが「それで、お蔵入りしてあったんですか?」と、質問した。
増山さんによれば、これらの壺は割合、お蔵入りしていたものだがー初公開ではないと言う。時折、形状を見せる必要があるときに、参考資料として展示する程度らしい。
山崎さんは、増山さんの答えに「もったいない。メチャクチャいいじゃないですか。」と、言ったのだが、増山さんから逆に「どこがいいんですか?」と、聞き返された。
「サイズもほど良くて大き過ぎず、使いやすい感じ。使うとしたら、花入れでしょうね。」
山崎さんの見立てでは、特に左から三番目の壺(③小型壺)の場合、しっかり焼いてあるから、直に水を入れても大丈夫だろう、とのことだ。
逆に、焼き方が甘いものについては、器の内側に〝落とし〟を使った上で水を入れ、花を活けるのだがーそれだと「挿した花が〝ピヨン〟と立ってしまいます」と言う。
やはり壺に直接水を入れて花を挿した方が、横広がりに見映えがあって良いのだとか。
これに対し、増山さんの〝推し〟は三番目(③小型壺)と五番目の壺(⑤片口小型壺)。
三番目の小壺については「かたちは、完璧ですよね」と、しつつも、肩の部分に釉薬がかかり過ぎていると指摘。
ただ、釉薬の掛かり加減については、人によって見方や評価が分かれるようである。
「以前に展示を行った時、骨董屋さんに壺をお見せして『いちばん良い壺は、どれですか?』と、聞いてみたところーこの、三番目の壺を指してーコレだと言ったんですね。
こっちも、何がイイんですか?と、理由を聞くとー『釉薬が垂れてるとこが、いいんだ』と、いう答えだったんですよ。」
三番目の壺にはー肩から胴にかけて、釉薬がいく筋も流れ落ちているのが、見て取れる。
「僕にしてみれば、ちょっとお行儀が悪い気もしますが・・。
でも、骨董屋さんからすると、コレ(釉薬の〝垂れ〟)が〝ひと垂れ〟あるごとに、金額が増していくのだそうで・・(笑)。
そう言われたとき、『あぁ、この人たちはーそういう計算の仕方なのか』と、思いましたね。」

三番目の『小型壺』。
釉薬のひと垂れごとに、プレミアがつく?

増山さんが、もうひとつの〝推し〟に五番目の壺を選んだのは、職業柄が大いに関係しているようだ。「この片口小型壺はー(注ぎ口の)形が面白くて使い易そうなのと、釉薬の掛かり方。痕跡(こんせき=陶工の手の跡など)が分かる程度で、資料化しやすいのがイイですね。」ここでも、増山さんの判定?で両者『引き分け』となった。

コレクターVS学芸員のバトルトークは、第四部(最終回)へ続く。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
            さやのもゆ

参考資料:「山茶碗ってナンダ」展示資料レジュメ(田原市博物館)
※田原市博物館テーマ展「山茶碗ってナンダ」は、2024年7月21日に終了しております。


トークバトルの新たな火種?となった、
「渥美窯の優品」ラインナップ。左から、
②小型壺(横倒し)③小型壺(釉薬の垂れ)
④長頸壺(バトル火種A)⑤片口小型壺
⑥長頸壺(釉薬が厚いーバトル火種B)
(※①蓮弁文広口壺は左枠外)

















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