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さやもゆビブリオバトル   『夏の災厄』篠田節子/作(角川文庫) さやのもゆ

10月26日、私“さやのもゆ”は会員になっている読書会が企画した「ビブリオバトル」に、バトラーとして参加しました。
“推し本”は、篠田節子作『夏の災厄』です。
当日は、私を含めて5名がバトラーとして登壇し、それぞれのオススメ本をアツく語りました。
バトラーの間で本のタイトルはもちろん、ジャンルも全然カブリ無し。非常にバラエティー豊かなラインナップで、バトルを展開できたと思います。
ちなみに、ジャンケンに勝ってトップバッターになってしまった私は、緊張する間もなく登壇。
本式のビブリオバトルの場合は、5分の時間制限があるそうですがーいざトークを始めると、実際には十数分もかかり、明らかにルールを踏み倒した、ダブルオーバータイムでした(笑)。
(これでも『ネタバレ』しないように省略したつもりなんですけどね。)

他の4名のバトルトークも含めた、この日のビブリオバトルの記事は、来月下旬頃に「読書会ノート」として投稿させていただく予定です。

今日は、私がバトルトークに用意した原稿を投稿させていただきました。
この投稿をお読みくださる方のなかで、ひとりでも多くの方に『夏の災厄』を手にとって頂ければ、幸いです。

バトルトーク①(さやのもゆ)

私がご紹介する本は、2015年に角川文庫より出版されました、篠田節子(しのだ・せつこ)作『夏の災厄(さいやく)』という、フィクション小説です。

舞台は1989年。日本から西南に5600キロも離れたところ、インドネシア諸島に浮かぶ、ブンギ島にはじまります。

ブンギ島は、訪れる観光客も無い小さな火山島で、人口400人ほどの住民が昔ながらの生活を営んでいました。
ところが、ある時を境に、奇妙な病気が流行し始めて、人々は激しい頭痛と高熱、嘔吐の症状に苦しみます。
病は急激に悪化して、体がのけ反るほどの痙攣を繰り返しながら、大人も子供も次々に死んでいきました。
島民は確実に減りつづけて、最後の生き残りは、プスパ、という名の若い女性、ただひとりになります。

彼女もまた、ひどく衰弱しており、眩(まぶ)しさをこらえながら水汲みに行くのですがー途中で力尽きて絶命し、ついに島の人口は「ゼロ」になりました。

ここで物語は本題に入り、舞台は5年後の1993年冬、埼玉県昭川市(あきがわし)という架空の地に移っていきます。

昭川市は人口8万6千人。首都圏から50キロほどの山あいに位置する、都心のベッドタウンであり、農業や林業を中心とした、小さな地方都市です。

年が明けて1994年の春、
この昭川市を突然のように襲ったのはー
正体不明の死の病(やまい)でした。

市内の医療機関に駆け込んだ患者は、激しい頭痛や高熱、吐き気などの症状を訴えて、重症化すると筋肉の硬直や痙攣が始まります。

診察した医師は、現代ではほとんど無くなったはずの、「日本脳炎」と診断しました。

しかし、患者がまぼろしの匂いを嗅いだり、光を異様に眩(まぶ)しがるなど、日本脳炎には見られない症状を起こすことに、違和感を強めていくのでした。

また、感染者が市内でも特定の地区の住民に集中、特有の感染経路や発病時期も日本脳炎より三ヶ月以上も早いなど、明らかな違いがあることから、しだいに未知の脳炎の発生を疑い始めます。

この、恐ろしいウイルスの最大の特徴は、
感染から発病までの潜伏期間が日本脳炎より極端に短く、言うなれば、“感染イコール発病”状態。
発病したら最後、痙攣や意識障害を起こすなど急激に重症化していき、死亡率が非常に高いことです。

感染者が、発病からわずか数日後に死亡するケースが続出し、仮に命を取り留めたとしても、手足の麻痺や言語障害など、重い後遺症に苦しむことになるのです。

行政はまず、ウイルスの媒介が疑われる豚の検査、蚊や鳥の駆除に消毒、はては河川のコンクリート工事にまで乗り出しますが、大した効果は得られませんでした。

治療にも有効な特効薬はなく、対症療法しかありません。
市の保健センターでは、これは日本脳炎ワクチンの集団接種で免疫をつける以外に解決策は無い、という結論にいたります。

何としても、昭川市民全員にワクチンを接種したいー。
現場の最前線に立つ、
保健センター職員の悪戦苦闘はつづきます。
しかし、その間にもウイルスの猛威は止まず、死者は増えていきました。
そして、ようやく8月に緊急集団接種の開催を決定するまでは漕ぎ着けたのですがー。

接種の開始日が、あと12日後に迫った日のことです。

「新型脳炎ウイルスに対して従来の日本脳炎ワクチンの接種では、接種しないよりは重症化を防げるものの、予防効果は期待できない」
ーとする、厚生省の見解が通知されてしまいました。

しかし、そこまで追い詰められてもなお、諦めないのが、この昭川市民。

本書の主役は、いわゆる行政のトップとか、お役所のエライさんーじゃなくてー。

現場の最前線で、命を守ろうと奮闘する医療スタッフや、市民の声を直接に聞きながら実務に奔走する、保健センターの職員です。

彼らを中心に連携をとり、新型脳炎の発生源をめぐる、かくされた真実に迫っていくのでした。
冒頭に登場した、インドネシアのブンギ島と昭川市の大学病院、そして民間の衛生会社。

これまで重要なキーポイントと目されながら、繋がりが見えなかったこれらの要素が、昭川市に新型脳炎ウイルスが発生するまでの、ひとつの過程につながったのです。

ついに彼らは、新型脳炎に予防効果のある次世代ワクチンがすでに開発されており、現在インドネシアで製造されていることを突き止めました。

昭川市では新型脳炎の発生によって市民の健康だけでなく、人々の分断を生み、社会問題にまで発展しました。
また、閉塞的な生活を強いられた中で、犯罪や自殺者も増えて、市の財政も含めたすべてにおいて、疲弊しきっていたのです。

これら諸悪の根源、すなわち新型脳炎を終息させる唯一の手段となったのが、外国製の次世代ワクチン、なのですがー。

あと一歩という所で、厚生省のワクチン承認、という大きな壁が立ちはだかります。

新型脳炎が本格的に流行すると予想される、秋の始め、9月はすぐそこまで迫っていました。

もはや、一刻の猶予もならない、崖っぷちの昭川市。

ここで地方のイチ小都市の市民たちは、結集して最後の戦いに打って出ます。

それは、権威の前には小さな力でありながら、やがて世論を動かす、大きな力となっていくのですがー。

果たして、すべての昭川市民に救いの手は差しのべられるのでしょうか?

と、ここまで本書、『夏の災厄』のあらすじをお話しましたがー。

私としてはやはり、つい最近まで4年間、その渦中に身を置いていた新型コロナ・パンデミックに言及しないわけには行きません。

ところで、新型コロナウイルスによる最初の感染者が確認されたのは、2019年の12月下旬でしたが、本書「夏の災厄」の初版が発行されたのは何と、新型コロナパンデミックを遡る(さかのぼる)こと25年の、1995年(平成7年)なのです。

驚くべきことに、この小説には新型脳炎ウイルスのパンデミックが描かれているにも関わらず、現実に起きた、新型コロナウイルスの感染拡大、いわゆる「コロナ禍」に関連した出来事と重なる部分が多々あるんですね。

「夏の災厄」には、作者の深い洞察と重大なメッセージが込められているのです。

舞台となった、埼玉県昭川市が登場する最初の場面では、小学校のインフルエンザ予防接種に反対する親が学校に押し掛けてきて、接種をしていた医師に激怒されるのですが、
その時の辰巳秋水(たつみしゅうすい)、という大学病院の年老いた医師の言葉が何とも象徴的でした。

『どいつもこいつも、ワクチンのありがたみを忘れておる。
ほんの少し前までは、日本でも、子供が、年寄りが、若者が、インフルエンザでばたばた死んでいた。

だれもが忘れておるのだ。あまりに豊かになりすぎて、平和ボケして、何もしなくても、病気になどかからん、と思っておる。

我々が命がけで病原体を扱って作り出したワクチンを接種してもらい、病気にかからなくなると、針の穴ほどの事を挙げつらい、騒ぎだす。

たかが一千万人に一人死ぬかどうかの問題だ。死ぬべくして死ぬ者が死ぬだけだ』

『一度、疫病に見舞われてみれば、わかるのだ。
病院が一杯になって、みんな家で息を引き取る。
感染を嫌う家族から追い出された年寄りたちは、路上で死ぬ。

知っておるか、ウイルスを叩く薬なんかありゃせんのだ。対症療法か、さもなければあらかじめ免疫をつけておくしかない。

たまたま、ここ七十年ほど、疫病らしい疫病がなかっただけだ。

愚か者の頭上に、まもなく災いが降りかかる・・半年か、一年か、あるいは三年先か。

そう遠くない未来だ。そのときになって慌てたって遅い』(本文28~29頁より抜粋)

作者は、この老医師の言葉をかりて、本書を手にするであろう読者に、いつの日か訪れるパンデミックの到来を警告していたのでしょう。

そして、パンデミックを引き起こすウイルスは、過去の歴史のなかに忽然と現れて猛威をふるい、消滅していったのではなくー。

場所や形を変えながら、時を越えて遺伝と変異を繰り返す、繋がった生命体であることを踏まえておくべきだ、という示唆も、感じました。

私は、もっと早くに本書を読んでいればと、後悔しましたが、コロナ禍を経験した今だからこそ、充実した読書になったと思います。

また、本書はパンデミックという、人命に関わる重いテーマでありながら、緊迫感のある謎解きミステリーとしても、存分に読ませる構成でした。
夏の災厄を読み終えた今、
本書のように590ページに渡る長編で終始、読者を惹き付けて止まないというのは、並大抵のことではないと、いたく感服しました。

大変長くなりましたが、以上で私のオススメ本「夏の災厄」トークを終了いたします。

ご清聴ありがとうございました。


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