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みじかいお話たち

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短編小説集。多ジャンル。主に即興小説で書いたものを収録。他に200字ノベルや詩もあります。
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2016年2月の記事一覧

さっちゃんの肌

さっちゃんの肌

暗闇の中で響く水が跳ねる音。
それがシャワーの音だと気づくのに、寝ぼけ眼の私には時間がかかった。当時まだ八歳だった私は夜の闇が苦手で仕方がなかったので、布団から這い出てすぐに部屋の電気をつけた。
人工の明かりが闇を追い払うと、目をごしごしこすった。時計を見ると短い針は二の数字を示している。
夜の二時。その数字に思わず、ほぅ、と息が漏れた。
今までこんな時間世界にいたことがなかった私は、ぼうっとして

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メモリーズ・シンドローム

メモリーズ・シンドローム

「やぁ、これは珍しい症例ですな」
先生はペラリと僕の診断結果の紙をめくると次にこう告げた。
「メモリーズ・シンドロームですね」
「は?」
「直訳すると思い出症候群、となります」
そして僕は二度目の、は?を出さざるを得なくなる。一体何なんだ、それは。

「最近事例が多くなりやっと認知され始めた症例なんですがね」
先生は脚本でもあるかのように、滔々と語り始めた。
「何かをきっかけに過去の思い出がフ

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愛情ポイント

愛情ポイント

「ねぇ、あそこ寄ってみようよ」
彼がそう言って指差した方向には、ショッピングモールによくある保険の相談所だった。開けたテラステーブルが並び、手前に受付がある。開放感溢れる清潔感のある空間は、昔のような保険に対する心理的ハードルを下げてくれるような印象がある。
「え、今?」
今日は二人の休みが揃う休日で、食品の買い物に来ているところだった。それ以外は確かに特に予定はなかったのだけれど、突拍子もない提

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空に溶け込む

空に溶け込む

土を蹴って、駆けるそのひとときがシリウスは好きだった。
走って、走って、走って風を受けて。でも視線だけはあの赤い円盤を捕らえて。
そしてここだというときに、己の身体能力全てを発揮し跳び上がるのだ。
そうすれば身体は空に溶け込む。
喜ぶあの人の声も遠くで聞こえる。
勇んで円盤をあの人へ持ち運べば、力強い腕でわしゃわしゃと掻かれる。そんなひとときが、シリウスは一等幸福であった。

いつからか、あの

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美しい腰

美しい腰

指先をそっと冷たいその板に添えると、向こうで醜い女がこちらを見た。
見るな、とこちらが睨みつけるとその女はさらに醜さを増した。
当たり前だ。あれは───私なのだから。

見るに耐えず視線を落とすと、テーブルの上に置いていた巻尺を手に取った。
血を吐くようなダイエットを二週間続けた。
食事制限、運動に筋力トレーニング、ヨガにエステ。試せるものは全て試したし、効果があると言われるものは全てやってみ

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