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困ったように笑って

「お前は期待に応えようとしすぎる。」

あいつは怒っていた。
私に。そして周りの大人たちに。

「あいつら大人は勝手なんだよ。勝手に期待して、うまくいったら『言ったとおりだろう』ってしたり顔して。裏でどれだけ本人が辛い思いしてるかも知らずに。勝手すぎるんだよ。」

不器用なやつだった。誰よりも周りを見ていたあいつは、素直になることを一番の苦手とした。
学生最後の日、怒りとともにあいつが言った言葉は、これまで幾度となく私に言った言葉であり、そして不器用なあいつなりの最後の心配だった。





「社会人」という言葉はあまり好きではない。
「これまで私たちは社会にいなかったのかな?」
友人が放った言葉がずっと頭の中にこびりついている。
それでも、世間から「社会人」と言われる属性として働く日々が始まった。



会社の人事が言う。
「あなたたちは、たくさんの人たちに期待されています。」
上司が言う。
「頑張ってくださいね。期待していますよ。」
新入社員が言う。
「期待に応えられるよう頑張ります!」
直属の上司が言う。
「同期の中で一番成長して下さいね。」
先輩の1人が言う。
「あなたはなんだかメンタル強そうだよね。」
先輩の1人が言う。
「あいつすごいよ。もう案件決めたんだって。」


期待されることは嬉しいけれど、それよりもプレッシャーの方が勝ってしまう。過度な期待はしないでほしいと思いながら、他の人が期待されているのを見ると焦ってしまう。期待していない社員を入れるわけがないこともわかっているけれど、同時期に入ってきた社員を、アタリとハズレで見ているんじゃないかって思ってしまう。
頑張りたいのに、その気持ちだけで動けない自分がいる。
所詮、人の材料と書いて人材なのだと、そう思ってしまう自分がいる。

そんなことを考える度に、私の中のあいつが言う。
「お前は期待に応えようとしすぎる。」







学生の頃は、比較的正解がない世界で過ごしてきた。
私は私で良かったし、あなたはあなたで良かった。
自分なりの世界で、それぞれの良さを突き詰めればよかった。

働き出して、お金とか数字とかこれまであまり関係なかったものが強く影響するようになった。
私はあなたで、あなたは私になった。
各々の特性や武器は違えど、結局最終的には結果で評価されるようになった。


悪い環境ではないのだと思う。
上司や先輩は優しくて、わからないことがあれば丁寧に教えてくれる。わからないことはないかと心配もしてくれる。最初から無理なノルマを立てることもなければ、理不尽に怒られることもない。同期もいい人たちで、励まし合いながらお互い頑張ってる。

だからこそ、言えない。
今が少しだけ辛いこと。今の仕事に疑問を持っていること。本当は向いていないんじゃないかと思っていること。朝起きるのが辛いこと。弱音を吐けないこと。

全部、ぜんぶぜんぶぜんぶ飲み込んで、言う。
「大丈夫です。」「頑張ります。」

なんて便利な言葉だろう。
なんて危険な言葉だろう。


メンタルが強そうだと私に言った先輩に言いたい。
私からすると、今の仕事を何年も続けているあなたたちの方が、よっぽどメンタル強いんじゃないかと思う。







これは本当に正しいのかとか、もっとこうするべきなんじゃないのかとか、いろんなことをぐだぐだ考えて、でも結局は自分が逃げているだけなんだろうと思う。
逃げたくて、逃げる勇気もなくて、期待に応えたくて、応えられる実績もなくて、1人で勝手に辛くなっている。
一生懸命仕事をして、気づけばいつもより残業をしていた自分に、「私、一生懸命頑張れてたんだ」と泣きそうになる。
「頑張らなくちゃ」と思わなくても、頑張れていた事実が嬉しくて、悲しくなる。


そんな私に、久々に連絡を取ったあいつは言った。
「おまえ、責任負うの好きだからなあ」
誰がいつ好きだなんて言ったんだ。あいつは変わらず素直じゃなかったけれど、やっぱり私のことをよくわかっていた。





わかってる。
まだ働き始めて日が浅いことも、まだ何もわかっていないことも、まだまだこれからだってことも、わかってる。わかってる。だから大丈夫。

なんだけど、わかっていてもやっぱり大丈夫じゃないから辛いんじゃないかって、心のどこかで私が言った。

「困ってることない?大丈夫?」
そう聞いてくれる先輩に、今日も困ったように笑うことしかできない。
私は結局、一体何に悩んでいるんだろう。

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