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その列車は夢の狭間に
あらすじ
地下鉄に乗っていたはずの私は、奇妙な古びた駅舎にいた。
駅員からそこで自分の寿命が尽きているという話を聞いた。
奇妙なことに数日間の時間巡りができるという。
私は自らの出自に疑問を持っていたことを思い出す。
それで幼少期の時代に、いったいどんな出来事があったのかを知りたくて、時間の巻き戻しの周遊券に引き換える。
その古びたホームに水蒸気を撒き散らして、蒸気機関車が入っている。
それはありし日に見た記憶のある街。
幻影の街が、瑞々しく息づいている。
そして記憶にもない亡き人に出会う。
その列車は夢の狭間に 初日 正午
夢には自由な翼がある。
夢を見ていると重力にも時間にも理屈にも、左右されない法則があるように思う。それなのに私は整合性のいささか揃った夢を見る。
こんな夢を見た。
私は大阪御堂筋線の地下鉄の駅にいた。
そのつもりで階段を上って行くと、そこは木造の平家の駅舎であった。古木が湿気でちょっと黴臭く、甘い匂いがした。
自動改札があるはずもなく、気難しそうな駅員さんが切符鋏を持って立っていた。私はまごつきながら、それでも印字のされた切符を手渡した。
駅員さんはじっと訝しげにその印字を眺めていたが、「すみません、お客さん」と声を掛けてきた。苛立ちのある声ではなかった。
「あちらの受付にどうぞ」と指示された。
ああ、乗り過ごしてしまったのだな。それで途方もない遠くに着いてしまったのだな。乗り越し清算を済ませて、折り返して帰ることにしよう。
それで受付に行くと、年配の駅員さんが白い眉毛をして好々爺の表情で待っていた。私は彼に切符を渡すと、目を細めて印字を見つめていた。
そして「ご立派な事をなさいましたな」と呟いた。それから背後から分厚い紙綴じを取り出して、算盤を片手にその乱数表みたいな数字を書き出していた。
「ああ。不慮の事故だったんですね」
「不慮の事故ですって。一体どういう」
「ああ。まだ自覚がないんですね。驚いたでしょう。貴方は寿命を使いきれずに肉体が死んでしまったのです」
驚きのあまり身体が硬直した。
「それでね。余命をポイントとしてお返しします。そのポイントで、ご希望の時間と場所に巻き戻してお連れします。残念ですが数日間の滞在になると思います」
私はしばし考えて、自分の会いたいひとの顔を想い浮かべ、彼に伝えた。
「承知致しました。そこまでの巻き戻しであれば3日間になりますね。出発は真向かいのホームになります。それでこちらが周遊券になります。ホームへ通過時にご提示下さいませ」
流石の言葉に動転していたのであろうか、私は機械的に、それこそ盲目的に向かいのホームに連結している木造りの陸橋通路に向かおうとした。
「ちょっとお客さん」と白眉の駅員は呼び止めた。
「そちらではポイントがまだ余ります。しかもそちらでは旧札になります。当地ではお食事でもなさるでしょうから、ポイントをこちらで両替していきませんか」
「よろしくお願いします」
かつて見慣れた旧札を彼は捲りながら、再び算盤を使っていた。どれもこれも昔、お年玉袋に入っていたような札であった。全てが幅広で私の財布からはみ出して収まった。
「あ。新札もお持ちでしょうね」と彼は続けた。もうどうとにもなれと思い、全部の札を出して彼に渡したが、随分と小額の紙幣を渡された。
「申し訳ないですね。レートが違いますので。ホームに行かれましたら、すぐに列車が参ります」
真向かいのホームでしばらく待っていたら、チャイムと共に到着を告げる駅内放送が流れてきた。ホームにはかなりの学生服が立ち並び、疲れたスーツ姿がベンチに腰をかけていたが、その放送に反応したのは数人だった。
汽笛が鳴り、蒸気機関車が水蒸気を振り撒きながら、のっそりと近づくのが見えた。