八甲田山
人生観を変えた映画がある。
小学生の受験期に観た「八甲田山」がそれだ。
今思えば物凄い映画である。小学生でも衝撃を受けて、劇場に三度は通った記憶がある。
世界最大の山岳遭難で199名もの凍死者を出したその場所において、日本屈指の名優陣が体当たりして挑んだ映画だ。
画面からはもう雪と寒気が伝わってくる。
幾度となくこの映画を見ているが、全く飽きないのは命を掛けた撮影であり、それは誇張なんかではない。撮影隊の遭難も想定して、雪中に食糧と燃料を納めたバスを埋めていたらしい。緊急時の避難所である。
こんな撮影小話がある。
余りの過酷な撮影に、大学山岳部からのエキストラは脱走したり、演者もサボタージュで抵抗をした。監督の号令がかかっても動かない。
八甲田山山系を行軍する物語で、集団が行進しないと撮影は進まない。
場所は氷点下10度の十和田湖湖畔だ。
激昂した仕事師カメラマン、木村大作が吼えた。
暴風雪の舞う十和田湖にざんぶざんぶと首までつかり、超ローアングルで「用意!」と絶叫した。監督も同様に首まで湖に入った。もう両名の命が危ない。
「スタート」の🎬に従容として行軍を始めた。
その気魄に押された撮影を終わり、撮影隊は監督とカメラマンの服を脱がせて毛布で包んで暖をとらせた。意気消沈する演者の群れの中から、主演の高倉健が言った。
「あの人たちには二度と楯突いてはならない」と。
それからの撮影は更に過酷になったが、大規模なサボりは発生しなくなった。
本物の映画人が、往事には存在した。