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冷たい海水が沁みていく。 天空には厚い雲があった。 梅雨空なのに南風が吹く。 響は…
海嘯の音がする。 圧倒的な質量が打ち寄せる音。 先日、響がここに立っていた。 梅雨…
路面が濡れていた。 陽が陰ると、街灯の少ない島は闇の底に沈む。 雨は上がっているが、…
七夕飾りが用意されていた。 診療所の自動ドアの内側に笹が準備されて、飾り付けが着々と…
橘の眼に嘘はなかった。 島民にとっては厳しい決断になる。 水曜日の午後は休診で非番な…
入院は大仰に過ぎた。 元来が海の男である。 しかし私は神門さんに入院を勧めて、更に当…
ごぼり、と泡が海中に溢れている。 驚愕の余り、息を詰まらせかけた。 ゆらり、と目前を艶めかしい背中が流れている。 毛穴まで見えそうな、静脈さえ透けそうな距離。 海面から遠く淡い光源のためか、体温の感じられない生白い背中だ。 その背の上に、黒髪とも金髪とも違う、銅板の色味を帯びた長髪がたなびいている。その髪を目で追っていくと、腰からは肌色を失い、蒼い鱗を持つ魚類の下半身がある。明らかに魚の形状をしているが、その鰭は水平に水を蹴る哺乳類のそれだ。 ついに彼女が現れた
海流に逆らわず流される。 神門さんと下打合せの通りだ。 2人で海底の段層面を注視して…
船尾側に腰掛けて、背面から入った。 冷たい水流がウエットスーツのなかに潜り込んでくる…
水面から清浄な光が降っている。 透明な蒼色に天使が舞っている。 水底に巨大な魚体の下…
その朝も波頭を蹴立てて小舟はいった。 亜瀬から手前を根城として潜っていた。 その海女…
その指先が海図のうえを動いた。 止まった先に亜瀬という文字があった。 「そこは?」 「…
診療所まで意識は保ったらしい。 そこまでの記憶は曖昧の彼方だ。 そしてストレッチャー…
濁流が逆巻いていた。 私はそのなかで揉みくちゃになって、小石の混じる波打ち際に叩き付けられた。目が染みるなか、膝をついて這い上がり、海水を吸って重くなった衣服で立ち上がった。 響ちゃん、と叫んで振り返ったが気配が薄い。先刻の波で手が離れてしまっていた。 「ここにいるよ」と予想外の方角から声が降って来た。 海中ではない。 海に降る急坂の石段に腰掛けている。 右手にストラップで括り付けているLED電灯を向けると、眩しさに手を挙げて光軸を避けた。海中で見たときと同じ紺色