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人魚の涙

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海流に浮かぶ夫婦諸島。雄賀島と雌賀島を主島として幾つもの無人島や岩礁がある。その深い海底には人魚が棲むという伝説がある。しかし私にはそれは伝説ではない。 水底で見上げたあの人魚の…
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人魚の涙 31

 冷たい海水が沁みていく。  天空には厚い雲があった。  梅雨空なのに南風が吹く。  響は…

百舌
3か月前
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人魚の涙 30

 海嘯の音がする。  圧倒的な質量が打ち寄せる音。  先日、響がここに立っていた。  梅雨…

百舌
4か月前
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人魚の涙 29

 路面が濡れていた。  陽が陰ると、街灯の少ない島は闇の底に沈む。  雨は上がっているが、…

百舌
4か月前
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人魚の涙 28

 七夕飾りが用意されていた。  診療所の自動ドアの内側に笹が準備されて、飾り付けが着々と…

百舌
5か月前
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人魚の涙 27

 橘の眼に嘘はなかった。  島民にとっては厳しい決断になる。  水曜日の午後は休診で非番な…

百舌
6か月前
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人魚の涙 26

 入院は大仰に過ぎた。  元来が海の男である。  しかし私は神門さんに入院を勧めて、更に当…

百舌
11か月前
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人魚の涙 25

 ごぼり、と泡が海中に溢れている。  驚愕の余り、息を詰まらせかけた。  ゆらり、と目前を艶めかしい背中が流れている。  毛穴まで見えそうな、静脈さえ透けそうな距離。  海面から遠く淡い光源のためか、体温の感じられない生白い背中だ。  その背の上に、黒髪とも金髪とも違う、銅板の色味を帯びた長髪がたなびいている。その髪を目で追っていくと、腰からは肌色を失い、蒼い鱗を持つ魚類の下半身がある。明らかに魚の形状をしているが、その鰭は水平に水を蹴る哺乳類のそれだ。  ついに彼女が現れた

人魚の涙 24

 海流に逆らわず流される。  神門さんと下打合せの通りだ。  2人で海底の段層面を注視して…

百舌
1年前
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人魚の涙 23

 船尾側に腰掛けて、背面から入った。  冷たい水流がウエットスーツのなかに潜り込んでくる…

百舌
1年前
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人魚の涙 22

 水面から清浄な光が降っている。  透明な蒼色に天使が舞っている。  水底に巨大な魚体の下…

百舌
1年前
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人魚の涙 21

 その朝も波頭を蹴立てて小舟はいった。  亜瀬から手前を根城として潜っていた。  その海女…

百舌
1年前
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人魚の涙 20

 その指先が海図のうえを動いた。  止まった先に亜瀬という文字があった。 「そこは?」 「…

百舌
1年前
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人魚の涙 19

 診療所まで意識は保ったらしい。  そこまでの記憶は曖昧の彼方だ。  そしてストレッチャー…

百舌
1年前
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人魚の涙 18

 濁流が逆巻いていた。  私はそのなかで揉みくちゃになって、小石の混じる波打ち際に叩き付けられた。目が染みるなか、膝をついて這い上がり、海水を吸って重くなった衣服で立ち上がった。  響ちゃん、と叫んで振り返ったが気配が薄い。先刻の波で手が離れてしまっていた。 「ここにいるよ」と予想外の方角から声が降って来た。  海中ではない。  海に降る急坂の石段に腰掛けている。  右手にストラップで括り付けているLED電灯を向けると、眩しさに手を挙げて光軸を避けた。海中で見たときと同じ紺色