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公園デビュー


先日、初めてノン(甲斐犬系雑種♀かわいい)を近くの水郷公園に連れて行った。

そこへは自分ひとりで自転車に乗っていくことは今までも時々あった。

高梁川の流れを引き込んで、農業用灌漑として広域に用水路を配するところに造られた公園だ。

モヤモヤした気分の時に遊水池の周囲を巡る遊歩道を歩くと、豊富な水量からマイナスイオンが出るのか、自然と気持ちがほどけてくる。ぼくにとってはそんな場所でもある。

池の周遊エリアと、芝生広場や遊具があるエリアとにざっくりと分けることができる。市内有数の桜の名所として知られる。

季節を問わず、夕方の時間帯には犬の散歩をしている人も多く、中にはそれで知り合ったのか、数人単位のコミュニティがあるのも見てわかる。

ぼくは犬が好きだから、そんなふうに人が連れているのを見るだけでも十分楽しいのだけれど、うちのノンは犬見知りの人見知りで、1対1ならともかく、一度に多数の犬や人間に会ったりする状況には向かないだろうと思っていたし、そもそもぼく自身が過剰な人見知りで、1対1ならともかく、

以下同文。

だからずっと人が近付きすぎない自宅近所の河川敷がぼくらの散歩にはふさわしいと思っていた。

思い込んでもいた。

この前あるひととの会話でその水郷公園のことが話題に上った。

『あそこ、犬の散歩する人が多いですよね』

『ね、犬好きにはたまらないですよね』

『でもノンは人見知りするし、ぼくもそうだから、よう連れていかんなあ』

そんなことがあった数日のち、急に『そうだ、ノンをあの公園に連れていってみよう』と思い立った。

定時で帰宅し、ノンを通勤用の車に乗せる。その数日前、動物病院に連れていくときに、後部座席にペット用のカバーをかけてそのままだったから、ちょうどよかった。

ダメだったら帰ればいいし、合えば、続ければいい。

嫌がるノンをやっとのことで席に乗せ、後ろでキューキュー鳴く声を聞きながら、10分足らずの運転で公園の駐車場に着いた。

この子にとって、車、ほぼイコール病院(←苦手)なのだ。

車から降りるとしっぽをお尻にしまいこんで、人の多そうな芝生広場とは逆方向をすかさず察知して高梁川の堤防の方へ向かう。

未知の場所も苦手なのだ。

それでも平日の夕方だからか、人は案外少なく、堤防のあたりは普段の散歩環境に近いこともあり、次第にノンのしっぽも立ってくる。

5分ほど歩いたところで小型犬種を連れた女性とすれ違うと、なんとなく犬同士のあいさつがはじまり、なんとなく打ち解ける。人間も。

あっさりと、ありがとうございます、と言い合い、別方向へと再び歩き始める。

ソメイヨシノの並木の、まだ固そうなつぼみを見ながら歩いていると、そんなやり取りが2度3度と繰り返され、ノンもペースを掴んできたみたいだ。

人気の古民家カフェが見えるところまで歩き、Uターンする。

復路は、往路からコースをずらし、少しだけ芝生広場の縁を歩くと、河津桜が咲いていた。

意外とあっけない公園デビューだった。
それはぼくにとっても同じだった。

帰りの車では、少しだけ自分から乗ってみようというノンの姿があった。

その直後の週末、後部座席はそのままにしておいたので、またその公園へノンと行ってみた。

その日は、何年も前にいつもの河川敷での散歩中に何度か会ったことのある、ぼくより20くらい上に見える男性と会った。

この公園が散歩の本拠地だとその頃にも聞いていたので、もしかしたらそこでまた会えるかもと少し期待はしていた。そう言いながらもお互いの犬の名前は忘れてしまっていたけれど、それでもその人はぼくとのやり取りを覚えてくれていてホッとした。

他にも前回とは違う何匹かと、その飼い主たちとすれ違い、どちらともなく挨拶をする。

気持ちがよくなる。

前回とほとんど同じコースを半分くらい戻ったところで急に雨が振りだした。ぼくは慌ててカメラをウインドブレーカーの内側にしまい込み、途中の東屋で雨宿りをした。雨の中をツバメが飛んでいた。もうそんな季節なんだ。

雨は止みそうにないので、ずぶ濡れ覚悟で小走りで駐車場まで戻った。

そんなに雨に濡れたのはいつ以来だろう。車のドアを開けると、ノンは自分で乗り込んで、座席にちょこんと座った。

雨に濡れた犬の匂いが車の中に満ちる。

こんなに簡単なことなら、また来ようと考える。

そんなに頻繁にはできないだろうけど、時々はしてみたいと思う。人見知りを言い訳にしない、という今年の小さな目標を思い出す。すっかり忘れていた。

最近は、昔からノンを知る人に、ノンちゃん、顔のまわりが白くなったねえ、と言われることが増えた。

ぼくもそう思う。10歳。人間換算で、ぼくより上になっている。

あまりそのことを考えると寂しくなる。

でもまだ遅くはない。これからもっと楽しもう。

きっとあの会話は、ぼくらにとってちょっとした啓示だったんだよ、ノン。

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