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ナカヤマさんのプリン
あいつ最近学校行ってないやろ
あおいが二年生に上がって一、二カ月経ったころにそう言ってきたのは、同じ下宿のひとつ学年が上のチカダさんだった。あいつ、というのは一年生の最初に花見に誘ってきたナカヤマさんのことだ。あおいは二年生に上がる前にはナカヤマさんに誘われて入部したフランス語会話部を辞めていたし、ナカヤマさんとは階が違っていたから、普段から下宿で毎日必ず顔を合わせるというわけではなかった。チカダさんはあおいと同じ階ではあったが、ナカヤマさんとは同じ学年だったし、それほど親しそうでもなかったように見えたが、もう丸二年同じ建物で暮らしているわけなので、そのあたりのことによく気が付いていたようだった。
あれ、そうですか?とあおいは返事をする。気が付かなかったです。
そうかあ、なんか三年になってからほとんど顔見んし、部屋からも出てないんちゃうか。
そうだったんか、とあおいは自分が周りをまったく見ていないことを恥じる。これからちょっと気を付けて観察しておこうと思う。
事態は思ったよりも早く進んだ。それはそれだけあおいがそのことに気付いていなかったことの証しなのだが、それから一月も経たずに彼の両親が下宿に来て、九州の実家へ連れ帰ってしまったのだ。たまたまその場に遭遇したあおいにナカヤマさんは「じゃあな、あおいくん、オレ、実家に帰るんだわ」とだけ言い残した。あおいは自分が何と返したか記憶にない。お元気で、くらい言えたのだろうか。
ナカヤマさんはフランス語会話部の中では陽気担当だった。先輩たちの言葉に冗談で返したり、いくつかの大学の同じ系統のクラブの連合の飲み会でも、あおいが入る前の年には他校の嫌な先輩の、だれか芸でもできんのかという無茶な要求に、率先して前に出たのだと聞いた。それもかなり勇気を出さないとできないような「芸」を。ナカヤマさんの高校時代以前がどうだったかは知らないが、大学に来て無理に陽気を振る舞っていたのかもしれない。根っからの、ではなく、振る舞い。だとしたら痛々しく辛い。自分はそうしなかった。
一度だけ、ナカヤマさんが皿に乗ったプリンを持っておおいの部屋に来た。ハウスのプリンの素で作ったらしい。おれこういうの好きなんよ、でもたくさんできたからあおいくんも食べてくれ。コンビニで買うものよりもあっさりした甘さを思い出す。ぼくもこういうの好きですよ。
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