14回目 税務調査の在り方について 12

「税務調査の在り方 6 税務の組織(環境)はどうあるべきか」の続き

(1)調査件数至上主義の弊害について
 現場では、調査計画件数がひとり歩きしている。適正な調査事務量の積算に基づく調査計画件数になっているのだろうか。これによって調査担当者の精神的な負担も増大しているのではないか。
 コストパフォーマンスや費用対効果をうたう者がいるが、これを税務調査に適用していいのだろうか。「無駄を省き、効率的に調査を行う」ことについては異論がないが、無駄かどうかやってみないと分からないのが調査である。目に見える無駄は省かなければならないが、見えないものは省きようがない。計画件数に達しても内容が伴っていなければ意味がない。内容(質)をおざなりにして、件数(量)に逃げる者が増えるだけである。
 税務調査官が意識すべきは、費用などではなく適正な税務調査である。必要な調査はすべてやる。適正な調査が行われたのであれば、費用(事務量など)は問題ないはずである。費用対効果という物差しで調査を評価することはできないのである。
 調査事務は引算できても、調査は足算であり、結果として無駄になることがあるものなのである。この足算が理解できない者に、いい仕事ができるはずがないのである。
 増差所得額の獲得や重加算税の賦課は、一生懸命やらなければ成し得ないが、処理件数は一生懸命やらなくてもできるし、手を抜いてもできるものである。調査件数や費用対効果がひとり歩きをすると、調べる側の言い訳になったり、調べられる側に付込まれたりするのである。
 組織として、このことは認識されているのだろうか。
 調査件数に追われた結果として発生した具体的な弊害としては、
①  納税者管理が十分にできない。
②  資料総合や調査選定が十分にできない。
③  深度ある実地調査ができない。
④  大口・悪質な事案や強権的な税理士が関与する事案が敬遠されることになる。
⑤  大口・悪質な事案が安易に処理されることになる。
などが挙げられる。
 これらの結果、税務調査官の指導・育成もままならず、調査能力が衰退して行くのである。
 私が思うに、査察でさえ組織が件数を求めるから、皆が忖度して対応していないだろうか。今見えているものが告発基準以上であれば、見えているものだけで処理をしていないか。結果の妥当性を考えているのか。真相の究明は二の次ではないのか。私には、一罰百戒が虚しく思えるのである。
 本来、計画件数は過去のデータを基に適正に算定された目標・目安であって、調査担当者の使命感や調査能力と署長等の組織のマネジメントの結果として、調査処理件数として表れるものである。計画件数ありきではなく、適正な調査をした上で、どれだけの件数を消化できたかではないだろうか。
 納税者との接触率を高めるにしても、中途半端な調査にならないようにすべきであるし、納税者にも足元を見られないようにすべきである。そのために、納税者との接触の方法を一般調査と簡易調査に明確に区別して、一般調査は深度ある調査とし、簡易調査は事業概況や記帳状況を確認するなど、納税者への牽制効果や実態把握のための調査とし、文書照会又は短時間の実地調査で対応すべきではないだろうか。事業規模が大きく相当数の人員が必要な調査事案であれば、特別調査(原則無予告現況調査)として対応してはどうか。
 
(2)調査官の背中を押さず、足を引っ張る組織の弊害
 税務の組織はトラブルや苦情を嫌っている。何かしらのトラブルが発生した時、組織はその原因を解明せずに断じていないだろうか。トラブルが発生した場合、まずは当事者双方の言い分を聞いた上で、事実関係を確認してから原因と責任の所在を判断すべきだと思うが、トラブルが発生した事実をもって一方的に調査担当者の責任にしていないだろうか。正義感が強い者ほど割を食う組織であり、正義感が組織にとってリスクになっているのではないか。
 調査は問題が起こらないように(目立たないように)やり、調査以外の仕事はそつなく(目立つように)やる。組織にとっては、上手に立ち回る人間が良い職員なのである。つまり、正義感やモチベーションの大きさと組織の評価は関係無かったのである。
 これは、組織の事なかれ主義の表われではないか。事なかれ主義が横行し、正義より組織防衛論が優先され、本末転倒になっている。これで税務調査官のモチベーションは一気に低下してしまうのである。
 『船の行先を決めるのは、風や波ではなく帆だ』と聞いたことがある。『税務調査の方法や方向性を決めるのは、納税者や税理士ではなく税務調査官だ』ということだろうか。
 税務調査の主体は税務調査官のはずである。それぞれの税務調査官のこれまでの調査実績や人格を勘案した上で、敬意やリスペクトを持って税務調査の指揮を執るべきではないだろうか。適正な税務調査を行っている中でトラブルが発生した場合は、調査担当者の背中を押して貰いたい。
 
(3)調査実績を無視した人事評価の弊害
 公務員だから、やってもやらなくても人事評価が同じなのは仕方ないと思って来たが、やった方が損をするのは我慢できなかった。
 税務調査事案の結果に対して、客観的に評価するのが難しいことは理解しているつもりである。税務調査には、調査選定から調査結果が出るまで色々な段階がある。それぞれの段階で適切な調査が行われなければ適正な調査結果は出せない。簡単な事案(うっかりミス)から難しい事案(巧妙な手口)まで様々な事案があり、それぞれ難易度が違う。過少申告額(増差額)の多寡もある。金額(事績)だけでは正当な評価はできない。新人からベテランまで調査経験年数や調査能力も様々である。統括官が調査官の調査能力に応じて適切な調査事案の指令(調査事案の割り振り)や指示を行わなければ、結果が伴わなくなる。調査には運不運もあるから長い目(実力差が出る程度の期間)で見る必要もある。
 このように評価は難しいのであるが、評価は適正でなければならない。十分な調査能力を備えた統括官が調査を指揮して評価も行うのである。つまり、評価者に調査能力をよりどころとした評価能力が備わっていなければ、正当な評価はできないのである。組織は、この点を認識した上で人事評価の仕組みを構築しているのだろうか。
 一般的に、労働実績に報いる方法は歩合制ということになるだろうか。公務員においても、かつての郵便局の職員が簡易生命保険契約の獲得高に応じて報酬を得ていた例はある。だが、税務当局としては、税務調査が歩合制になると、調査実績の獲得競争が過激になり、不祥事につながると懸念しているのであろう。これまでに、歩合制が議論されたという話を聞いたことがない。
 でも、税務調査も民間における営業と同じで、数字で評価するのが一番分かりやすいし、一番公平ではないだろうか。歩合制は極端だとしても、数字を根拠にして何らかの方法で実績や苦労に報いるべきではないだろうか。
 
私が思う実績評価のポイントを挙げてみたい。
① 調査実績を柱とした正当な評価を行う。
 調査実績を柱として、調査の難易度や調査経験年数や調査能力を考慮する。
 昇給や昇任・昇格などは、実績に応じて処遇し、ポストを与えてはどうだろうか。
② 内部事務系統の総合職と調査事務系統の専門職という編成にして、それぞれに昇進コースを構築する。
 総合職のトップは署長であるが、専門職のトップは調査を極めた者に相応なポストであり、署長に相当するようなポストを設置してはどうだろうか。
③ 警察などを参考にした栄誉・名誉ある賞を創設する。
 苦労に報いて、競争心を育てるような賞はどうだろうか。
 
 調査実績が正しく評価されれば、やりがいや競争力が高まり、調査能力が向上し、査察や料調への希望者が増え、更に調査実績が上がり、課税の公平につながるなど、好循環によって組織がより一層活性化されるはずである。
 
<続く> 次回は、「(4)現場を無視した机上の調査事務運営の弊害」からになります。


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