技術革新と不平等の1000年史(ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン)
なぜこの本
先日10月14日、2024年のノーベル経済学賞の発表がありました。
受賞者はMITのDaron Acemoglu氏、Simon Johnson氏そしてシカゴ大学のJames A. Robinson氏。
受賞対象研究は「for studies of how institutions are formed and affect prosperity」、「社会制度がどのように形成され、繁栄に寄与するか」。
経済や政治、社会学においてウェブサイトのABテストのような対照実験は、倫理的な側面のみならず、気候環境、宗教、人種など変数が多すぎることもあり、実行不可能です。一方、歴史を振り返ると、(多くは不幸な意味で)制度的対照性を人為的に作られた過去があります。アフリカやアジア諸国の欧米諸国による植民地化は近似した条件の国家間で制度的な差異が設けられた事例です。こうした制度の差が各国の繁栄にどのように寄与したかを明らかにしたのが本研究。
本書は受賞者となったDaron Acemoglu氏、Simon Johnson氏の執筆。技術革新と格差の関係性を視座として約1000年の経済史を概観します。受賞テーマに通じる考察内容もあり、受賞を契機に読み直してみました。
どんな本
人類は有史以来、新たな技術を開発、発展させてきました。多くの技術は生産性を向上させています。農業の技術革新は増産をもたらしましたし、産業革命は大量生産を可能としました。昨今では生成AIの技術向上によって人類が画面上に作りだす画像、文章、データなどを人の手を介さずに作れるようになりました。
ではこういった技術は人を幸せにするか?というのが本書の本源的な問い。上下巻と2巻に分かれていますが、物語のような文章を読んでいるとあっという間にページが進みます。
経済学を学んでいると、生産性向上は金科玉条のように感じられるもの。生産性を高めると新たな雇用と物への需要を生み、賃金と生活水準を上昇させることを学びます。現に21世紀前半に暮らす私たちの生活は1000年前の平安時代の貴族よりも豊かと言えるでしょう。綺麗な水を飲むことができ、美味しい食事を摂ることができ、平均寿命も延びたのは豊かになったと言えます。それはひとえに技術革新がもたらした…と考えられますが、本書の数字は異なる事実も見せてくれます。技術によって、豊かに、幸せになれるかどうかは、技術の方向、技術を握った者の考え方次第であるということを。
本書では技術革新の例をいくつか挙げ、それらの技術が不平等を助長した歴史をメカニズムと共に解説してくれます。具体的にはレセップスの運河開発、長い農業史における技術革新、イギリスの産業革命と工業化、電力の普及など様々です。多くの興味深いエピソードが挙げられていますが、中でも第5章のなぜ最初にイギリスで産業革命が起きたのかは特に興味深いものでした。地理的要因、歴史的要因、政治的要因など、いくつかの仮説を丁寧に検証しながら辿り着く結論はノーベル経済学賞の研究テーマに通ずるもの。
考察していくと技術革新は無邪気な魔法の杖のような人に福音と災厄をもたらす概念のようにも感じられます。しかし、本書の幹となる主張は、そうではありません。
すべては使う人次第、ということに尽きます。
技術革新を運命めいたもののように捉えることなく、技術革新の向く先を(例えば平等性や倫理道徳の観点で)正しく導くことが肝要ということです。
それは最新のAIや情報技術の発展においても言えます。技術を効率化や監視の指向性ではなく、生産性の拡張に向けることでディストピアは避けられます。昨夏に公開された映画「ラストマイル」ではある種のディストピアが描かれていましたが、最終的に人々が救われるのは技術を正しく使おうとする人々の意思によってでした。
技術を使う人、恩恵を受ける人のそれぞれが見えづらくなっている技術とその陰に想像を働かせる。思いやりや優しさが世界を救う。技術論とはかけ離れた所に思考が着地して本書は締めくくられます。
誰に、どんな時におすすめ
未来を生きる若い方に特に読んでいただきたい一冊。
歴史を学ぶ価値は好奇心のみならず、時に輝かしく、時に愚かしい人類の行いの再来に思いを馳せ、未来を想像し、作る意思を涵養することにもあります。特に子ども達が自分たちを取り巻く技術が未来をどう作っていくかを考えるのではなく、自分たちが主体的に技術をどう発展させ、使っていくかを考えてもらえれば嬉しいです。中高生くらいの読解力があれば読み解くことは可能なので、将来のことを考える本としておすすめです。
ノーベル経済学賞を受賞された三氏に敬意と祝意を込めて。