さわけんの空想科学料理#3厚切りステーキを焼く
空想科学料理は最適な料理の作り方を想像で書いたレシピです。
実調理を伴わない虚空のエッセイですので、ご興味がある方は実験をしていただいて可能でしたら結果をフィードバックしていただけると幸いです。
#3 ステーキを焼く
お肉は良いですね~
なんといっても旨味が違いますよ!
中でも牛肉は格別ですね。
そして柔らかくジューシーに焼けたステーキなんてほんとステキ。
と言う訳で今回はちょっと厚めのステーキを完璧に焼くところを妄想しましょう。
今回は肉の写真を入れました。
空想なので絵で説明したかったのですが無理でした。
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ステーキとは
肉を好みの加減に焼いて食べるのがステーキだ。
肉を焼くと言う調理自体は単純だが、表面の色づき具合や中の焼き加減が違えば食感やジューシーさが違い、味わいは全く異なる。
さらに「肉質による味と固さの違い」と「厚みによる加熱ムラ」が起こりやすいので、肉選びも調理も割と難しい料理なのだ。
「肉の質による固さの違い」
まずは肉選びから。
ステーキにして美味しい肉の部位、すなわち表面から焼いてナイフとフォークで無理なく食べられる固さの肉はフィレ肉かロース肉だ。
特に赤身の肉の場合はこの2部位が固さにおいてステーキに向く。
フィレ肉がロース肉より柔らかく、脂が少なく淡白な印象で、ロース肉はフィレ肉よりは歯応えはあるが決して固くはない。
ロース肉は表面の筋さえ取れば柔らかく脂があるので満足度があるし、フィレ肉なら表面の筋さえ取れば柔らかさは折り紙つきなのである。
因みにもも肉でもイチボやシンタマは柔らかめでステーキにできるが、固さはフィレやロースよりも少々固い。
バベットもよくステーキにするが固さと香りの点で劣るので今回は除外するが、基本的な肉焼きの考え方は同じである。
その他の部位は焼くと固くなり、歯が立たない事もあるのでステーキではない料理におすすめする。
赤身肉と霜降り肉の違いも大きいので大雑把に言っておくと、霜降りは脂が身に細かく入っている。
脂は肉より柔らかく温度を上げると溶ける。
なので霜降り肉は赤身肉より格段に柔らかい。
赤身肉は筋肉の塊なので加熱により食感がかなり変わり、温度を上げすぎると固くなる。
黒毛和牛などは筋さえ丁寧に取り除けばもも肉でも肩ロース肉でもステーキにできる。
しかし赤身肉はフィレとロースは柔らかいステーキにできるが肩ロースやイチボでギリギリボーダーラインという感じだ。
霜降り肉は焼いても硬くならない失敗の少ない肉なので置いておこう。
今回の妄想は焼くのが難しい「赤身肉」で部位は成功すれば結構柔らかく、失敗してもそれなりに食べられる「ロース肉」にする。
味を考えると肥育期間の長い赤い肉が良いが話が長くなりそうなので、今回は味の面は考えない。
肉の厚みは1cmだと焼き加減は薄すぎて調整できない。
適度な厚みあれば中の焼き加減=好みに適した食感を自ら選べるので2cmの肉を焼くことにする。
美味しく焼くには
好みの加減が人によって違うので、先に理想を設定しておこう。
一般的な一番人気はミディアムレアだろう。
ミディアムレアは「ジューシーさがあり柔らかい」と表現されるので普通に選べばこれだろう。
「ミディアムが中間点で良さそう」という感じもするが、印象より実は結構焼かれているのがミディアムだ。
ちなみにステーキの焼き加減にはミディアムレアなどいくつか種類がある。
それらは厳密な決まりがある訳ではなく、経験と感じで焼いていると言うのが正直な所ではないだろうか。
ステーキをどう提供しているか、業種が違えば焼き加減の中心温度も変わってくるのだ。
ステーキハウス以外の店だと肉を焼く辺りのポジションで仕事をしても、そんなに牛肉のステーキばかりを焼く訳でも無いので「焼き加減の基準」がふらつくのも分からないでも無い。
だからお店に行って注文すると思ったより生っぽかったり良く焼けだったりする訳だ。
これは困る。
本コラムは「科学」を謳っているのでミディアムやレアなどの状態を正確に表せない名称ではなく、中心温度で語る事にする。
肉の中心温度
肉は温度が高くなるとタンパク質が変性し特徴が変わる。
その変化により歯切れが良くなったりジューシーさが出たりパサついたりするのだ。
以下、大まかに温度と肉の状態を示したが、肉の状態は1℃変われば結構変わる温度帯もあるのでその様に読んで欲しい。
肉のタンパク質は大きく分けて3種類あり、それぞれ個別の温度で変性し固まる。
生肉は柔らかいがグニャっとして噛むと歯切れは悪い。
温度を上げていくと40℃辺りから1つ目のタンパク質固まり始める。
50℃あたりでグニャッとした感じが減り、生より歯切れが良くなってくる。
水分が肉から染み出す様になりジューシーな感じでたべられるが、噛み切りにくいグニャっとした食感がまだ多少は残っている。
53℃になれば肉汁が浮き始めるので、生っぽいステーキがお好みの人は美味しく食べられるだろう。
さらに温度が上がって55℃を超えると別のタンパク質が固まり始めてさらに水分が出る。
58℃で噛み切りやすさは更に増し、噛んだ時のジューシー感も増す。
この辺りがステーキで一番いい状態と言える。
60℃を超えると固い3つ目のタンパク質が変性し、いわゆる筋があれば縮んでくる温度だ。
グニャッとした感じではなくしっかり固まっていて食感が固くなってくる。
切断面はまだ赤みがあるがジューシー感は減ってくる。
この辺りを好む人も結構いるので美味しいくない訳では無い。
上の写真の肉は固すぎずジューシーさも少々感じられておいしかった。
実際に薄い赤身肉を焼く場合はこの辺りの温度になってしまう事も多いだろう。
65℃を超えると肉全体が縮み、水分がどんどん減る。
食感は固く肉汁のジューシーさは減なくなり「パサッ」とした感じが出てくる。
それ以上の温度になると「一般的に美味しい」とは言えなくなってくるが、それを好む人もいるので好みは人それぞれ。
今回の温度設定は一般的な美味しいステーキであり、歯切れの良さとジューシーさを保っている状態にしたいので中心温度は58℃とする。
ジューシーさを考えるともう少し温度低めでも良いかもしれないが、歯切れはやはり58℃が良い。
そして中心温度の上げ方はゆっくりの方がいい状態に仕上がる。
温度を早く上げようとすると表面に65℃を超えた温度の高い層ができる。
温度が高い層は固くパサつくので、このパサつき層が厚いと美味しくなくなる。
低温で加熱し肉の温度をじっくり上げた方が中心の温度が58℃になった時に肉の周りにできているだろうパサつき層は薄く、もしくはほとんど無くできる。
なので中身の加熱は低めのオーブンや低温調理サーキュレーターでゆっくり行うのが良い。
表面の焼き色
ステーキの美味しさの一つに香ばしい焼き色がある。
肉や脂が焼けて出る香りと味わいはステーキには絶対に必要な要素だ。
肉に焼き色をつけるという事は肉の温度を上げて、熱によるメイラード反応で色がつくという事だ。
焼き色をつけるためには表面の温度を上げる必要があるのだ。
しかし時間をかけて焼いていてはパサつき層が厚くなり固くなってしまう。
美味しく焼き色をつけるということは表面だけを可能な限り早く焼いて中まで温度を伝えない、すなわち「パサつき層をできるだけ薄くする」事が求められる。
方法はいくつか考えられる
①どこかのタイミングで高温かつ油多めの強火で表面だけ焼き色をつける。
②高温のグリル板でグリルして模様の部分だけはっきりと焼き色をつける。
①が一番一般的な方法であろう。
焼き始めに周りを焼き固めてから中身の調理に移るのが定番だ。
やり方は厚手のフライパンを用意して美味しい和牛の牛脂をたっぷり溶かして高温(200℃以上。発火しない様に)に熱し、塩と胡椒で味付けした肉を入れて半分揚げる様に焼く。
焼き温度は高ければ高いほど焼き色は早く付くので、結果的に表面にできるパサつき層を薄くすることができる。
ただし高温の油に肉を入れると「揚げ鍋に水を入れた様な激しい反応」があるので心しておこう。
瞬間的な蒸気の発生と脂の飛び散り、飛び散った油の発火などかなり激しい。
あと温度を高くすると脂が酸化するのであまり健康的とは言えないかも知れない。
ま、焼いた油をメインに食べる訳では無いのでやはり高温で焼いておこう。
②のグリル板で焼くのは加熱面積を小さくし、なおかつ焼き色の香ばしさを得ようとする手法だ。
肉は主に線状の金属に触れた部分が加熱され色づく。
触れていない部分は加熱はゆっくりになる。
口に入った時の香ばしい香りや焼き色の旨味は色づいた線の部分から出て、線状の加熱で表面の温度が上がりすぎない様に焼けるのは肉焼きに都合のいい器具なのだ。
おまけに見た目がかっこいい!料理はビジュアル面も重要なのでグリル版はおすすめだ。
因みにグリル板の場合は使う油は熱耐性の高い油がよく、グリルではなく肉に直接油をまぶして焼く。
焼く温度はフライパン同様高温が求められる。
さらに焼くグリル板は溝が深く線がシャープで鋳鉄製のものが良い。
溝が浅いと肉から溶け出てきた油脂分が溝に溜まり肉全体に色がつき「加熱面積を少なくして線模様に色付ける」と言うことができなくなるのでフライパンと変わらない。
鋳鉄がいいのは重く蓄熱性が良くグリル板の端まで使えるからだ。
牛ロースステーキを焼く
では実際に牛ロースステーキを焼いてみよう。
まずは筋の掃除と室温に馴染ませることから始める。
ロース肉は大きな肉なのであまり筋がついていないが、大きな筋が1箇所だけ有る。
その筋は取らないといけないので、筋の上に乗った脂をはがしてから筋を取り除く。
ただし筋の所以外の脂は残しておく。
脂は焼いた時に熱をブロックしてゆっくり火が入るので、残しておくと便利なのだ。
さらに焼くと牛脂が溶けて肉に付着し、満足度が上がり香りも良くなる。
ちょっとお得な気分位なるので筋のみ取って脂は残そう。
掃除ができたらそのまま室温に放置して肉の温度を上げる。
これは目標の中心温度まで温度を上げる時に「無理なく短時間で温度を上げる」ための前調理の様なものだ。
冷蔵庫に保存されている肉の温度は5℃程度。
厚さ2cmもあると中心温度を上げるのにも時間がかかる。
焦って高い温度で加熱すると中心の温度はなかなか上がらず、周りばかり固くなる可能性も出てくる。
肉の温度があらかじめ15℃程度になっていると5℃スタートよりも加熱時間が短く、パサつき層が薄くできる可能性が上がる。
なのでステーキ肉は焼く前に室温に戻すという論理だ。
昔は「フライパンで強火で焼いて180℃のオーブンで中に火を入れて~~」みたいな焼き方が主流だったので肉の中が冷たい所からのスタートは特に問題があった。
低温調理が幅を利かせている現在でも室温戻しがテッパンの方法なのは面白いが、室温に戻す作業が調理時間に含まれないなら時短になっていいと思う。
味付け。
通常は塩・胡椒を直接肉に振ってまぶしつけ、塩味と胡椒の香りをつける。
塩は肉の旨味をはっきりさせるのに重要なので量がとても重要。
基本は厚み2cmの肉8cm×8cmくらいの広さに裏表各0.8gを振る。
やってみると結構な量だが焼いている途中に脱落する事もあるのでこの程度は必要だ。
裏表両面にこの量を塩を振ろう。
因みに厚さ2cmを超えると表面に塩をしただけでは中まで味が届かない。
ナイフでカットして食べるまでに表面の塩味は切断面に付かない=中は味が薄く感じる事になる。
これを解消するには
①焼く前に塩をして中まで塩味が入るまで待つ。
②カットしてから味をつける
の2つが考えられる。
①は厚さにもよるが時間がかかり食感が少々変わる可能性がある。
食感の変化も微細なのでそれほど気にするこ事も無いのかも知れないが、塩をして置いておくと食感が変化するのは確かだ。
保水性が良くなってプリッとした食感になっていき、パサつきを感じづらくなる。
しっとり感はうれしいのだが、やりすぎると肉と言うよりハムっぽい食感に近づいていくので要注意だ。
ステーキ感は減るがパサつきを抑えてやわらかくしたいなら、麹漬けや味噌漬けにすると良い。
もはやステーキとは言い難い気もするが、塩と水分ほかの働きにより食感は柔らかくなり塩味も入るので美味しく感じるのは確かだ。
因みに塩をしたら旨味が減るとか固くなるとか言うのは眉唾なので気にしなくても良い。
塩を振ると確かに肉の表面に水滴ができるが、それにより肉の旨味(遊離アミノ酸、脂肪酸組成など)が判別できるほど減る事はない。
肉は塩を添加する事でアクトミオシンをミオシンに変え、保水性が高まりしっとり柔らかい食感になるのだ。
もっとも塩鮭くらい塩を揉み込んで長時間漬け込むと固くなるだろうがステーキではありえないだろう。
②は定番で単純な手法だ。
調理時の肉への味付けとは別に食べる時に塩・胡椒を振ったりソースをかける事で塩分を補うのだ。
焼いた肉本来の食感と味を損なわないので、厚いステーキには後から味付けをする塩やソースを足して塩味を補うと良い。
ソースは通常は液体なので、ローストなどの場合はしっとり感を出す目的でも使える。
今回は厚み2cmなので調理時の塩振りのみで対処する。
塩以外の味付けは黒胡椒が一般的なので黒胡椒とする。
ステーキを焼く器具
ステーキを焼く=肉の温度を上げるという作業と表面に焼き色をつけるという作業に分けられる。
温度を上げるのは低温のオーブンか低温調理サーキュレーター、もしくは地道にフライパンで「コロコロ焼き」という手が考えられる。
低温調理サーキュレーター+肉用温度計が確実で簡単なので一番おすすめではあるが、サーキュレーターも肉用の温度計まだまだ一般的とは言い難い。
ここは低温のオーブン+肉用温度計の組み合わせが良いだろう。
肉用温度計というのは「焼きながら中心温度を測る温度計」で、針状のセンサーが本体とステンレスの扁平ケーブルでつながっている肉専用の温度計だ。
これがあると業務用のスチームコンベクションオーブンと同様に肉の中心温度を見ながら焼けるのである。
温度計がなければ経験で焼くしか方法はなく、焼けた目安が「耳たぶの固さ」だとか「手のひらの固さ」とか言う、分かった様な分からない表現になる。
厚さ2cmのロースステーキでも火通りはちょっと難しいので、本気でちゃんと焼きたければアマゾンで2000円程度で買える肉用温度計(サーモプロとか)を買って一度は測ってみると良い。
表面を焼くのはフライパンが身近なのでフライパンで焼く。
どんなフライパンがいいかというと高温の出せる厚めの重いフライパンだ。
高温を出すのは表面の焼き色を薄くつけるのには絶対必要だ。
「厚手の重い」は肉を置いた時に熱が肉に移りフライパンが冷める訳だが、厚手で重いと蓄熱性が良く、下がる温度幅が小さくて済む。
また厚手のフライパンは変形もしづらいので平な場所で焼ける可能性が高い。
平らなフライパンは油の偏りが少なく、思い通りに綺麗に焼ける可能性が高まる。
フライパンの素材は条件を満たしていればなんでも良いが「何でも良い」では困るだろうから、ここは条件をを満たせて一番安価な鉄の黒皮フライパンとしておこう。
ステーキを焼くまとめ
前置きが6000字を超えて大変な事になってきたので今までの話を踏まえて焼いていこう。
⓪オーブンを120℃に余熱し、肉に塩、胡椒をしておく。
①鉄の厚手のフライパンに和牛の牛脂をステーキ肉が半分揚げられるくらい入れて溶かし、強火で220℃以上に上げる。
②肉の面積の広い方を下にして入れて強火で動かさずに色がつくまで煙に負けずに焼く。
③肉の角のところにバッチリ色がついてきたら裏返し、裏もバッチリ焼き色をつける。
裏の方が表より短時間で焼けるので焼きすぎ注意。
④裏にも色がついたら網に乗せて肉用温度計を一番厚い温度の上がりにくい中心に刺し、120℃に余熱したのオーブンに入れて中身を温める。
⑤芯温計の温度が50℃になれば取り出し、ホイルに包んで休ませる。
しばらくすると中心温度がちょいと上がり58〜60℃辺りの完璧な火通りのステーキが食べられる。
(温度計は刺しっぱなしで58℃になったらホイルを開ける事!)
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これで完成な訳だが、せっかく焼いた焼き色をホイルに包んで湿らせるのは嫌だという事なら焼き色をつけるのを最後にする事も可能だ。
その場合は肉に油を塗って網に乗せてオーブンからスタートし、休ませてから焼き色をつけるという流れになる。
最後に焼くメリットは香ばしさと脂が焦げたサクサク感が出るところだ。
中心温度58℃目標で50℃で取り出すのは120℃のオーブンでも余熱があり、オーブンから出しても肉の温度は上がるからだ。
多分余熱は8℃で間に合うと思うが夏場などはもう少し余裕をみるか、ホイルで包まずに網に置いたままにしても良いだろう。
ちなみに「フライパンでコロコロ焼き」の具体的な方法は
①フライパンを110℃程度に温めて味をつけた肉を入れる。
②シュワシュワ音が聞こえるか聞こえないかの火加減で15秒に一回ひっくり返して裏・表・サイドと違う面を順番に焼くというものだ。
この「コロコロ焼き」という方法で焼くと、焼く面が6面くらい有るのでフライパンに触れていない時間も結構あり、ちょっとした低温調理っぽくなって良い感じに仕上がる。
理論的にはじっくり熱が入ればうまくいくはずなので色々と考えられる。
と言う訳で皆さんも2cm厚の本格ステーキ、焼いてみてはいかがだろうか。
科学する料理研究家・さわけん