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東京文学フリマ

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#小説

ゆうれい女房と男(同人誌お試し版)

ゆうれい女房と男(同人誌お試し版)

【すき焼き】

 享年二十八歳。
妻の葉月は持病の心臓病で亡くなった。
そして二年後になっても、仙堂は生きている。

 ある詩人は言った。
愛するものが死んだ時には、自殺しなきゃあなりません。

 今日の夕食はすき焼きだった。
仙堂が作ったわけではない。ただなじみの居酒屋に寄ったとき、そこの奥さんが仙堂を見るなり驚いて。
「ちょっと! あんた痩せすぎじゃない!」
 そう言って、自分たち用のすき焼き

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「試し読み」雨と罪「小説」

 いきなり頭をさげられた。場所は普段近寄らない、ちょっとお高い喫茶店でだ。暗めの照明。香ばしいコーヒーの匂い、そして流れるクラシック……そこで俺は目の前の男に頭を下げられていた。
 困惑というか、なんでそんなことをされるのか分からない。俺は慌てて、声を出した。
「やめてくださいっ。何なんですか、いきなり」
 すると男は心底まいったような顔をした。眉間にしわを寄せ、唇を噛む。それからまた深々と頭を下

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カツ丼と花

カツ丼と花

 神経が耐えかねるということはないだろうか。
安純花(あずみはな)はバイト先で、顔を思わずしかめた。花はレストランの
くせに、喫茶タイムをもうけているという店で働いているのだが、今日の店の
混み具合はここ数日の中でも最高潮と言えるものだった。
 三月の終わり、もうすぐ桜は咲くだろう。つぼみはいよいよ膨らんで、天に
向いている、そんな時だった。
「いや、ここまで忙しいのは異常じゃね」
 花の仕事仲間

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名前

名前

 春になると憂鬱になる。
美幸は重いため息をつく。とてつもなくいやいやそうに。
 まず言っておこう。春という季節に罪はない。淡いピンクの桜が満開に咲いているところを自転車で駆けるのは爽快感があるし、暖かくなるのでついついお出かけしたくなる。町も春になると、どんどんとにぎわっていくのを感じるし、今日見かけたショーウインドウの春物のワンピースはとても可愛かった。それでも春は憂鬱だ。
 春は学年のはじま

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その手のひらの熱は

その手のひらの熱は

 僕に彼女が出来たことを、母親経由で聞いた姉がこう言った。
「はぁーあんた、頭が馬鹿になっちゃったの」
 姉は頭がいいけど、人の気持ちが分からない。でもめちゃくちゃ頭が良くて、とある製薬会社で研究職についている。定時に帰れないし、始終難しい本やデータとにらめっこしないといけない職だけど、姉は楽しそうにやっている。人としゃべらなくていいから気楽よと姉は言う。姉は人とのつながりを宛にしていなかった。

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そばが食いたい

「そばが食いたいなぁ、そばだよ。そば」
 そう夫が言い出したのは、大晦日の夜。
 大掃除もおせちづくりも終えて、二人でテレビを見ているときだった。私は歌唱する女性歌手を見て、それから時計を見た。後四時間で私たちは新年を迎えることになる。
 私は呆れながら言った。
「そばって、食べたじゃないですか」
「食ったけど、あれはそばじゃない。生をゆでるのが嫌だって、お前が買ってきたカップめんじゃないか」
 

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