ただ自由にその人自身でいること-性的マイノリティの子どもを描いた絵本
ひとり親家庭、レインボーファミリー、ドナーチャイルドなど多様な家族のかたちが描かれる絵本が多い北欧。初期の頃はそれ自体がテーマの本が多かったのですが、最近では多様な家族や性のあり方が、ただ物語の背景となっている作品が増えています。多様性を認知することから一歩進み、それは登場人物の背景にすぎないという描かれ方へと変化しています。
性的マイノリティに属する人々が登場する絵本も、北欧ではもう珍しいことではありませんが、主人公の子ども自身がその立場として描かれる作品はまだ少ないかなと思います。そんな中でとてもすてきなデンマークの絵本を見つけたので紹介したいと思います。
すてきな石
『すてきな石』 "En fin sten"
Anne Sofie Allerman(文)Anna Margrethe Kjærgaard(絵)
Denmark, Jensen & Dalgaard (2020)
あらすじ
主人公のオーラは砂浜ですてきな石を見つけます。石はペンギンに似ていて、オーラはサーカスごっこをはじめます。そこに友達のオリヴィアがやってきました。
「サーカスごっこしてるの?」
「うん」
「きれいにつくったね。まんなかにはアザラシもいるんだ」
オリヴィアには、石がアザラシにみえるようです。ペンギンはアザラシになりました。
すると今度はオットーがやってきました。
オットーは、この石はサメだねといいます。そういわれると、オーラにも石がサメに見えてきます。
なんとふしぎな石でしょう。オーラはその石をサーカスの舞台のまん中におきました。お客さんがどこに座るかで、石の見え方も変わっていくのです。
その後、3人は泳ぎに行きます。なかなか飛び込めないオーラに、オットーは海の中から、
「サメになったと思えば良いんだよ、さっきの石みたいに」
と声をかけます。
オーラは、サメになった気がしてきました。
そうしてオーラは飛び込みます。でもその拍子に、海水パンツが少し脱げてしまいました。どうしよう!と恥ずかしさでいっぱいのオーラ。でもオリヴィアもオットーもそれを見てただ笑っています。そう、ただ笑えばよかったのです。
「オリヴィア、オットー、オルガ、お昼ごはんだよ」と、パパとママが呼んだので、3人はパラソルの方へと走ります。
「オルガって呼んでほしくない」とオーラは言います。
「でも名前で呼んでるだけだよ」と、パパ。
「ちがうよ、名前はオーラだよ」
そうこたえると、オーラは砂浜でみつけた石を、パパとママに見せるのでした。
(裏表紙)
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少しわかりにくいかもしれませんが、オーラは男の子の名前、オルガは女の子の名前です。そして、もう一度この本の表紙と裏表紙をよく見比べてみてください。何か伝わってくるでしょうか。
パパは主人公のオーラを、生まれた時につけた「オルガ」という名前で呼んでいます。それは裏表紙にも表れています。一方オーラは、自らオーラと名乗っています。お友だちと遊ぶときも、どんな水着を着るか自分で決めているようです。そしてオーラは、自分がどうありたいか、どう呼ばれたいかを両親にも伝えています。
人によって石の見え方が違うことを、子どもたちはただそのまま受け入れています。見え方は色々で良い、そこから唯一の正解を探さなくても良いことを、子どもたちは知っている。もっと自由に、自分らしくいても良いことを、わたしたちは知っている。それを改めて思い出させてくれる絵本です。
性的少数者が登場する絵本作品の大賞に
この作品は2019年にグルントヴィ・フォーラム児童文学賞を受賞しています。この文学賞は、このnoteでも何度か紹介しているデンマーク児童文学界を代表する作家キム・フォップス・オーカソンらが審査員を務めているもので、3歳から6歳を対象とした、性的少数者である人々が登場する作品が審査の対象です。「すてきな石」は出版される前の、まだ原稿の段階で受賞したのだそうです。
ご存知の方も多いデンマークのグルントヴィは19世紀の詩人、牧師、作家、哲学者であり、フォルケホイスコーレの創始者でもあります。彼の思想を広めるための団体、グルントヴィ・フォーラムの児童文学賞をこの作品は受賞しました。
団体代表のキアステン・アナセンは、良い児童文学とはどういうものかを以下のように語っています。