大人になったから楽しみ方がわかったフルーツケーキ 〈菓子四季録 vol.8〉
フルーツケーキ、お好きですか? わたしは苦手で、でも好きになりました。それはフルーツケーキの楽しみ方を知ったから。そんなお話。
noteでの連載「菓子四季録」では、毎月ひとつ、季節の素材を使ったレシピを紹介している。今回紹介する「ラム酒漬けフルーツのクグロフケーキ」は、簡単にいえばクグロフ型で焼いたフルーツケーキだ。クグロフ型、という言葉を初めて耳にする方に形状を説明をすると、ドーナツ型やシフォンケーキ型のように中央に穴が空いており、焼き上がりの背の高さでもある深さは比較的深めで、側面に波模様に見える斜めの溝が入っている型だ。王冠に似た形状と表現されることもある。フランスのアルザス地方で「クグロフ」といえば酵母を使った発酵菓子だが、今回紹介するレシピは発酵させないフルーツケーキ(ドライフルーツ入りのバターケーキ)である。
レシピのポイントは「スパイスを入れること」「ラム酒に漬け込んだフルーツをたっぷり入れること」「焼き上がった後に染み込ませるシロップにも仕上げのアイシングにもラム酒を使うこと」だ。スパイスはシナモン、カルダモン、クローブ、ジンジャー、オールスパイス、アニス、ナツメグなどから好みのスパイスを組み合わせて使う。これらは「クリスマススパイス」と呼ばれるクリスマスの代表的スパイスで(クリスマススパイスの定義を調べたけれど、はっきりと明確な定義は見つけることができなかった)、数種類揃えることが難しければ、シナモンだけ使ってもよい。
一口食べたとき、これは「詰まったケーキだ」と思った(菓子四季録では菓子研究家の淳子先生がレシピを作っており、私はレシピが確定するまで試作品を食べることもないので、実食当日まで味を知らない)。何が詰まっているかというと、物理的な事象としては、バターとアーモンドパウダーによりしっとりさが生み出されたケーキ生地、甘さが濃縮された数種類のドライフルーツ、ラム酒とスパイスが合わさった複雑な風味と香りが詰まっているのだが、結果「にぎやかさとあたたかさが詰まっている」という印象が生み出されていたのだ。それは、クリスマススパイスの香りも相まって、一年に思い出が詰まっていることとリンクしたように感じた。一年の締めくくりに食べたい味だなぁ、と思った。
そしてここから、冒頭の質問「フルーツケーキ、お好きですか? 」に戻り、フルーツケーキが苦手だったけれど楽しみ方を知って好きになった話をさせてほしい。
子どもの頃、苦手だったもの。
酢の物、パクチー、フルーツケーキ。
大人になって、どれも好きになった。酢の物、いまでは大好き。さっぱりしたい夏も、夏以外も食べたくなる。疲れている時に体から元気になれる感じも嬉しい。パクチーがいないエスニック料理は少し寂しい気持ちになるし、あの爽やかなパンチは定期的に摂取したくなる。
そして今回の話の主人公、フルーツケーキ。なぜ苦手だったのだろうと考えると、フルーツケーキのなかでも特に洋酒が使われているものが苦手だったので、まずはやっぱり「お酒の風味」。ぷんと漂う慣れないお酒の香りは、幼い自分には強すぎた。そして「食感の重さ」。お菓子といえば甘くてふわふわ、というイメージと、フルーツケーキはかけ離れている。甘いとか甘くないとか通り越して、荘厳な感じ。ドライフルーツのむっちりした食感も、日常的に触れるような食感ではないから苦手だったのだと思う。
そんなフルーツケーキも、いまは好きだ。お酒の風味やドライフルーツの美味しさに慣れてきたことは理由のひとつだが、それよりも大きな理由がある。「フルーツケーキの楽しみ方を知ったから」ということ。
過去のわたしは「お菓子という甘い食べものを味わう」という心構えでフルーツケーキを食べていたのではないか。それではフルーツケーキの魅力がわからないのも無理はない。でもいまのわたしは、フルーツケーキの目的は違う部分にあることを知っている。
フルーツケーキの真髄は「時間を味わうこと」にある。
どういうことか。味わうことのできる時間を3つに分解してみた。「フルーツをお酒に漬けている時間」「フォークで一口ずつ、ゆっくりと口に運ぶ時間」「少しずつカットして食べ進め、ケーキを熟成させていく時間」。この記事でレシピを紹介するクグロフケーキを例に挙げながら、味わい方を説明したいと思う。
1)フルーツをお酒に漬けている時間を味わう
すでにお酒に漬けられているラムレーズンなどを買ってきてケーキを作ってもよいけれど、自分でフルーツを漬けてケーキを焼くと、一層愛着を感じることができる。ドライフルーツを入れた瓶に、とぷ、とぷ、とぷ、とお酒を注いでいき、完成した瓶詰めの姿は何とも美しい。フルーツケーキを口に運べば、フルーツが浸かるのはまだかな、と楽しみに待つ時間が思い出される。なんでも「すぐ」にできてしまう現代だからこそ「時間をかけたいと思うことに、時間をかけること」の価値も忘れずにいたいと思うのだ。
2)ゆっくりと口に運ぶ時間を味わう
このケーキはドライフルーツがたっぷり入っているし、お酒も使われているから、味も食感もしっかりと重い。ぱくっと大きな口を開けてかぶりついて「ふわふわだ〜美味しい〜!!」と喜びながら食べるケーキではない。一気に食べようとしたら、お酒の香りに咳き込むかもしれない。
フォークで小さなひとかけらを口に運び、「おいし……」と呟きながら噛み締めるのが似合うケーキなのだ。味が濃いから、コーヒーや紅茶を間に挟みながら少しずつ口に運ぶといい。気の置けない誰かとのおしゃべりも挟むとさらに美味しい。フルーツケーキをちびちびと口に運んでいるとき、時間は、日常で流れる速度よりも、少しゆっくり流れているような気がする。
3)ケーキを熟成させていく時間を味わう
生地に詰まったフルーツにラム酒がたっぷり染み込んでいるし、焼き上がった生地にもラム酒入りのシロップを染み込ませているから、このケーキは冬ならば1ヶ月ほど保存しておくことができる。味が濃いので薄めに切って食べる方が美味しく、一度に食べる量もそれほど多くない。だから、今日食べる分のケーキをスライスして残りはラップでしっかりと包んで、明日も明後日も、その翌日も、少しずつ楽しむことができる。クリスマスまでの間に少しずつ食べ進めていくシュトレンと一緒だ。くれぐれも乾燥には注意。
出来上がり当日の華やかなラム酒の香りは、日が経つことによって、少し落ち着いた、円熟した香りに変わってくる。その変化がまた面白い。何かと慌ただしいけどわくわくする12月に、クリスマスを待ち侘びながら食べ進めていくのも季節感があって素敵。熟成されて変化していく姿を楽しむことができるのは、保存が効くフルーツケーキならではの魅力だ。
大人になって、こんなことを考えながらフルーツケーキを食べられるようになったから、わたしはフルーツケーキが好きになったのだ。食べものには「味」という側面以外の魅力がたくさんある。次に食べたものからは、どんな魅力が見えてくるだろうか。
たっぷりのドライフルーツとスパイス、お酒の味わいが、そしてにぎやかさとあたたかさが詰まったフルーツケーキを食べながら、思い出が詰まった一年を振り返る。そういうささやかな時間を大切にしていたい。大人になって食べるフルーツケーキは、時間を味わうために食べるのだ。
フルーツケーキが好きなあなたも苦手なあなたも、今度フルーツケーキを食べるとき、少しだけこの記事のことを思い出してもらえれば嬉しいと思う。よし、自分で作っちゃうぞーという方は、どうぞレシピもお楽しみください。
ラム酒漬けフルーツのクグロフケーキ
冬。街を歩けば、クリスマスの飾り付けが目に入る。気のせいか、鈴の音も聞こえてくる気がする。クリスマスを待つわくわくした気持ちも詰め込んでフルーツケーキを作るのはいかがでしょう。アイシングで飾ると、とびきり可愛く仕上がります。ぜひお試しを。
材料
作り方
作り方(全文)
菓子研究家 福田淳子先生のレシピ解説はこちらです。作り方や材料のポイントが掲載されています。フルーツを自分でラム酒に漬ける方法もこちらからどうぞ。
レシピの解説を読むのも楽しいですが、それ以上に着目してほしいのがクリスマスと冬の描写の美しさ。目に浮かべながら読んでみてください。12月のわくわくした気持ちが、一層高まると思います。
また、わたしが初めてこのケーキを食べたとき「あたたかい」と感じたことに大納得な理由がそこにはありました。ぜひ、記事の最後で確かめてみてくださいね。
フルーツケーキの菓子四季録、おしまい。